舞踏会(1)-sideアイリス-
このお話は、アイリス視点でお送りします。
かつん、と靴がタラップを踏んで、硬質な音を響かせた。
およそ一年ぶりの故郷を前に、男はゆるく口角を上げる。
「……ようやく、か」
噛みしめるように呟かれた言葉は、雑踏に紛れて、消えた。
わずか一月の静養を終えて王都に戻ってきたアイリスは、兄とともにある子爵家のパ-ティ-に参加していた。
パ-ティ-といっても私的なものだが、子爵は人脈が広く、名のある音楽家や有力な商人達も大勢集まっていて、会場はかなりにぎわっていた。
豊かな亜麻色の髪を揺らして、目の前に立つ女性が優雅に礼をする。
名をリビ-・グレイと言い、今非常に人気が出ている女優だという彼女は、確かにとても魅力的な女性だった。
明るい茶色の瞳はきらきらと輝き、その屈託のない言動は不作法にならない範疇で、人々の興味を引く。
くるくると変わる表情と巧みな話術で、するりと相手の懐に入ってしまうのだ。
そんなリビ-のエスコ-トをしているのはモ-トン商会会長の三番目の息子で、リビ-が身に着けているドレスや装飾品のすべてはモ-トン商会が扱っているものだという。要するに、これは宣伝なのだ。
とろりとした極上の艶を放つ希少な絹で作られた象牙色のドレスは、優しい光沢を帯びてしっとりとリビ-の肌に馴染んでいる。装飾品といえば胸元を可憐に彩る首飾りと、小さな真珠を連ねた髪飾りだけだが、そのぶんドレスの素晴らしさを引き立てていて、他の参加者たちと遜色ない優美さと艶やかさを演出していた。
そんな彼女に声をかけられて、アイリスは表情にこそ出さないものの、ひどく困惑していた。
「……まあ。この髪飾りの真珠、少しずつ色が違うんですのね」
「ええ。特に、この金色味を帯びたものが素敵でしょう?モ-トン商会だけが扱う、とても貴重な真珠なんですよ」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべて、リビ-のエスコ-ト役であるラッセル・モ-トンが説明する。
「貴女なら、そうですね……翡翠の首飾りがよくお似合いになりそうだ。吸い込まれそうな神秘的な緑こそ、貴女の胸元にふさわしい」
「まあ、お上手」
ふふっと笑って受け流す。宣伝文句をいちいち真に受けてはいられない。
「おっと、本心なのですがね。……そうだ、ではこれはいかがです」
「あら。これは?」
ポケットから取り出された石は、淡い緑色をしている。綺麗ではあるが、取り立てて美しいとは思えなかった。
「これは、暗闇で光る不思議な石でしてね。……ああ、ここでは明るすぎてわかりにくい。もう少しあちらに行きませんか」
示されたのは、光が届きにくい広間の隅のほう。
「でも……」
「大丈夫ですわ。この方、ただ単にご自分の商品を自慢なさりたいだけなのです」
逡巡したアイリスに、軽やかな声がかかる。リビ-だ。
「わたくしもついておりますから、危ないことなどありませんわ。それに、この石の美しさは格別ですのよ。是非、貴女にも知って頂きたいのです」
重ねて言われて、どうして断れようか。
「……ええ。でしたら、お言葉に甘えて」
躊躇いがちに頷いたアイリスに、ラッセルは満足気に目を細めた。
少なくなったので、もう一話投稿します。




