別荘にて
量が少なかったため、後書きのほうにクリストハルトの母視点のショ-トスト-リ-を掲載しています。よろしければ、そちらもお楽しみください。
はらりと赤みを帯びた葉が風に舞って、足元に落ちる。
クリストハルトが亡くなってから、そろそろ一年になろうとしていた。
少し冷えた指先を手のひらで温めながら、そっと扉を開けると、部屋にいた二人の女性が揃って顔を上げた。
「あらエヴァンさん、お帰りなさい」
「エヴァンにい……エヴァン様。寒くはありませんでした?」
「ただいま戻りました。ちょっと寒いから、外に出るときは羽織るものを持って行くといいよ」
前半は、二人に向けて。後半はアイリスに向けたものだ。
アイリスの隣に腰かけて編み物をしていた婦人は、セルスター侯爵夫人。クリストハルトの母親だ。その隣でジェイソンが無言で片手を上げる。
どうしてこんな奇妙な組み合わせになっているのかというと、エヴァンがある提案をしたことが発端だった。
『僕達とクリストハルトのご家族で集まって、静養に行かない?ずっと王都にいたら気が詰まるから、一度人の少ないところでゆっくりしたらいいと思うんだ』
我ながらかなり無茶な発言だったと思うが、アイリスはあっさりと頷いて、あっという間にセルスター侯爵夫人に話を通してしまった。セルスター侯爵は仕事が忙しく、次男は気が乗らないから、三男は学校があるからという理由で、夫人のみが参加することになった。ジェイソンとアイリスとエヴァンは夫人の付き添いという名目もつけてもらい、侯爵のはからいで、ヘインズ家が所有する別荘の一つを借りてしばらく滞在することになったのだ。行動が早いのは、さすがジェイソンの妹だと感心する一方で、最近、アイリスがジェイソンに似てきていることに、頼もしいと思いつつかなりの不安を覚えてもいる。
(そのうち、破天荒ぶりもそっくりになったらどうしよう……)
エヴァン一人だと抑止力としては心もとなさすぎる。クリストハルトの偉大さをその点でも痛感しつつ、空いている椅子に腰かけた。控えていた使用人が、すぐにお茶を淹れてくれる。さすが、ヘインズ家の使用人は優秀だ。
「ちょうどよかったわ。皆で、クリストハルトとの思い出を話していたの」
そう言った夫人の端正な美しさに、彼女の息子の面影を見つけて、懐かしさと恋しさで息が詰まりそうになる。
「あなたが一番、息子のことを知っていると聞いたわ。不思議なものね、お二人から聞く話はどれも私の知らないあの子の話なの」
静かな声だった。
透明な悲しみを湛えた青い瞳で、それでも彼女は柔らかく笑うのだ。
「だから今度は、エヴァンさんからお話を聞きたいわ。……いいかしら?」
そう首を傾げた彼女に、つとめて穏やかに微笑んで、エヴァンは静かに頷いた。
「僕の話で良ければ、是非」
どれほどクリストハルトが恋しくても、もう悲嘆に溺れるような真似はすまい。
幸福だった頃の思い出は、今はその残酷なほどの美しさで心を突き刺すけれど。
何度も語るうちに、いつか棘は丸くすり減って、懐かしい情景のひとつとして心に残るようになるのだろう。
十年とちょっとの付き合いの中で、共に過ごしてきた時間はあまりにも濃密だった。
その全てを語り尽くせるほど、何もかもを覚えていられたわけではない。
(……ただ、それでも)
こうして思い出を共有し、浸り、そうすることで共に傷ついた心を癒せるのなら。
少しくらいは、クリストハルトへの手向けにはなるのだろうかと、そう思うのだ。
(ショ-トスト-リ-:クリストハルトの母視点)
クリストハルトは、よくできた息子だった。
幼い頃から、一度叱ったことは二度とやらなかったし、癇癪を起こしたり悪戯をしたりすることもなかった。ありていに言えば、手のかからない子。
強いて心配の種を挙げるのなら、一日中本を読みふけり、同年代の子どもと遊びたがらないことくらいで、それも学園で多くの友人と楽しく過ごしているという報告を聞けば杞憂に終わった。母や姉から、子どもがどれだけ思い通りにならない存在で、子育てがいかに苦労するものなのかを散々聞かされてきた私は、拍子抜けしてしまったくらいだ。末の息子のルイスが泣いたり喚いたりしているのを見て、ああやっぱり子どもってこういうものよねと安心してしまったくらいに子供らしさが見当たらなかったクリストハルトを、今思えば敬遠していた部分もあったかもしれない。いつだってあの子は、私の前では微笑んで、言葉少なに私の質問に答えるばかりだったから。
(でも、この子たちの前では、ちゃんと笑ったり怒ったりしていたんだわ……)
彼らの記憶の中のクリストハルトは、信じられないくらいに人間らしかった。突飛な行動に振り回されて怒ったり、喧嘩をしたり、冗談を言って笑ったり。あの物静かな子がするとは到底思えない行動の数々に、ただ目を丸くすることしかできなかった。
もっと、あの子を見てあげればよかった。
そんな後悔が、胸を浸す。
放っておいても大丈夫だからと、その優秀さを言い訳にして目を背けるのではなく、きちんとクリストハルトと向き合ってあげるべきだった。本当は、もっと早くそのことに気づかなくてはいけなかったのに。
(至らない母で、ごめんなさい……)
天国にいる息子を思い、そっと目を閉じる。
瞼の裏に、微笑んでいるクリストハルトが見えたような気がした。




