提案
クリストハルトとエヴァンが恋人であるということを理解してもなお、アイリスの態度は変わらなかったし、応援したいとまで言ってくれた。
アイリスが、彼女の言う通り善良でないのだとすれば、エヴァンを糾弾し、社交界から追いやることだって、場合によってはできたかもしれない。そもそも自分達の関係を知った時点で、情など吹き飛ぶ気がするが。
そこに打算があったのだとしても、この秘密を共有するというのは覚悟がいることだし、クリストハルトとエヴァンに対して何かを求めることもなかった。少なくとも、あの場では。
それに、クリストハルトが亡くなってからだって、アイリスは頻繁にエヴァンに会いに来てくれる。流行りのお菓子や本を持って、エヴァンの反応を見つつ様々な話をしては、次の約束をして帰るのだ。
『ねえエヴァンにいさま、わたくし、今誰かと話したくてたまらないの』
半年前、クリストハルトの葬儀が終わった翌日、彼女はそう言ってノ-ランド家を訪れた。
『エヴァンにいさまはきっと退屈でしょうけど、我慢していただけると嬉しいですわ。ほら、お好きなお菓子を用意してきましたから』
泣き腫らして真っ赤になった目で綺麗に笑った彼女のその言葉は、建前に過ぎないとすぐに分かった。
葬儀の場で放心していたエヴァンがどんな行動に出るか分からず、様子を見に来てくれたのだろう。一緒に話すのは、悲しみを紛らわせるため。次の約束をして帰るのは、エヴァンがクリストハルトの後を追って、命を投げ出さないように。
アイリスだって、恋していた人を亡くしたのだ。喪失の痛みはエヴァンと変わりないはずなのに、こうして気にかけてくれる彼女の優しさと強さに、何度救われたことだろう。
(……思えば、僕は与えられてばかりだな)
アイリスもクリストハルトも、ジェイソンだってエヴァンを何度も助けてくれた。物理的にも、心理的にも、いろいろなものを与えてくれたのだ。
自分も何か、彼らに返せないだろうか。
クリストハルトには何も返せないままに、彼を失ってしまったことを思ってまた悲しくなってしまったが、アイリスやジェイソンにはできることがまだあるはずだ。彼らは生きているのだから。
そう考えて、ふと思いついたことがあった。
「そうだアイリス、突然だけど……」
「どうなさいましたの?」
「——」
エヴァンの案を聞いたアイリスが、目を瞠って。
「素敵ですわね!」
ぱっと鮮やかに笑ったのにつられて、エヴァンもほっと表情を緩めた。
「あなた、最近だいぶ表情が良くなってきたわね」
晩餐が終わって、自室に戻ろうと席を立ったときのことだった。
突然母にそう話しかけられて、エヴァンは目を瞬いた。
「そうですか?母上」
「ええ。アイリスさんや、ジェイソンさんと話したあとは、特に」
エヴァンと同じ若葉色の瞳を和ませて、母は微笑した。
「メイストホ-ン伯爵……いえ、クリストハルトさんが亡くなったときのあなたは、今にも後を追って死んでしまいそうな顔をしていて、皆で冷や冷やしたもの」
「それは……ご心配を、おかけしました」
「まったくだわ、この馬鹿息子!」
「……えっ、母上!?」
驚いたのは、罵られたことではない。
ぎゅっと抱きしめられて、エヴァンは目を白黒させた。こんなの、子どものとき以来だ。
「心配したのよ、本当に!いつか部屋で冷たくなってるんじゃないかって、どれだけ不安になったと思っているの」
母の肩が小刻みに震えているのを見て、息を呑んだ。母の肩越しに、父と目が合う。重々しく頷かれて、エヴァンはそっと母の背に腕を回した。
「……申し訳ありません。置いていくような真似は、しませんから」
「当たり前よ。そんなことをしたら、呪ってやるわ」
果たして生者は死者を呪えるのだろうか、と思ったけれど、さすがにそれを口にするような愚行は犯すまい、と口をつぐんだ。代わりに抱きしめる力を少し、強くする。
細い背中だった。幼い頃は力の限り抱き着いていたけれど、今そんなことをすればあっさり折れてしまうだろう。
年をとったのだな、と思った。母も、自分も。
母を安心させるためにも、そろそろ前を向くべきだろうか。




