茶会
お茶が注がれる音とともに、ふわりと甘い匂いが立ち上る。
「いい香りだね」
呟くと、ぱっと目の前の少女が笑みを浮かべた。このところほぼ毎日一緒にお茶をしているアイリスだ。
「そうでしょう?わたくしの一番好きなお茶ですのよ」
最近発売された新作で……と話し出す彼女に、相槌を打ちながらお茶を啜る。苦みも少なくて、まろやかな舌触りだ。
「本当だ、美味しい。今度姉のところに送ろうかな」
三番目の姉が、こういうものが好きだったはずだ。二人目の娘が生まれたというから、お祝いに送るのもいいだろう。
そんなことを話すと、アイリスは目を輝かせた。
「まあ!おめでたいですわね。エヴァンにいさまは、もうお会いになったの?」
「ううん、まだだよ。今度帰ってきたときに見られるんじゃないかな」
「ふふ、そうなんですのね。わたくしの一番上の兄のところにも、この前男の子が生まれましたの。見に行ったけれど、とっても可愛らしかったわ!」
(……子ども、か)
ため息をお茶を飲むことで誤魔化して、エヴァンは目を伏せた。
いつかは結婚し、子どもをつくる―幼い頃は当たり前に思っていた未来が、今ではひどく遠いものに思えるようになってしまった。今はあらゆる意味で、子どもは望めなさそうだ。
昔は憧れていたなあ、とぼんやり思う。笑顔が素敵な奥さんと、可愛い子どもがいて、犬を飼って……そんな風に思い描けていたのは、いったいいつまでだっただろう。
そういえば、と思う。
一年前、少年に扮装したアイリスが自分達に持ちかけたあの提案を、エヴァンが拒絶していなかったら。
もしもクリストハルトがアイリスと結婚していたら、いつか二人の間には子どもが産まれていたのだろうか。
アイリスを巻き込むことはできない、というのが、最終的に自分達が出した結論だった。
アイリスの提案に飛びついてしまいたい気持ちはもちろんあったけれど、それ以上に彼女を苦しめてしまう結果になることが嫌で、エヴァンが頑なに反対したのだ。
けれどそれは建前で、本当はアイリスとクリストハルトの子どもを見たくなかったからなのかもしれない。
もしも二人が結婚してしまったら、たとえクリストハルトがエヴァンのことを一番に愛してくれていたとしても、跡継ぎの問題がある以上、いつかはクリストハルトはアイリスと子をなすだろう。エヴァンとクリストハルトが男同士である以上、決して子どもは望めないし、彼はその責務を、身勝手に放棄するような男ではなかったから。
なぜか乗り気だったクリストハルトは少し残念そうだったけれど、エヴァンの気持ちを尊重すると言ってくれて、その話はそこで終わりになった。途中、何か言いたげだったのが今さらながらに気にかかったけれど、彼はあのとき、何を言おうとしていたのだろう。
「エヴァンにいさま?」
心配そうな声に、はっと顔を上げる。
「ああ……ごめんね、考え事をしてて」
「それは構いませんわ。考え事というのは……クリスにいさまのこと、ですの?」
おずおずと問いかけたアイリスに、ゆっくりと頷く。
「うん。どうしても、思い出してしまって」
カップをことんとソ-サ-に置く。水面が、エヴァンの情けない顔を映して、ゆらゆらと揺れた。
「クリストハルトと結婚していたら、いつか君には彼との子どもがいたのかもしれない」
「っ」
かちゃり、とアイリスの持つカップが、ソ-サ-の上で小さく暴れた。
「そう思って、五つも年下の君に嫉妬してしまったんだと言ったら、君は僕を軽蔑する?」
「……いいえ」
そう呟くように言ったアイリスは、一拍置いて、今度ははっきりといいえ、と言った。
「わたくしは……それを、狙っていたのですもの。軽蔑されるとしたら、わたくしのほうでしてよ」
「……えっ」
狙っていたのか。
動揺して思わず声を上げると、アイリスが目を丸くした。直後、ぷっと彼女が噴き出す。
「エヴァンにいさまが思ってらっしゃるほど、わたくしは善良じゃないんですのよ。計算くらいするに決まってるでしょう?」
でなければわざわざ好きな人と恋敵の仲を助けるような真似はしませんわ、と言われて、複雑な気分になる。確かに言われてみればそうなのだが。
「でも君は、善良だよ。君が思っているよりも」
「そう信じたいだけじゃないんですの?」
呆れたような響きに、胸が苦しくなった。
「……だって君は、僕達を助けようとしてくれただろう?」
この前も、それに今だって。
そう言うと、彼女は困ったように翡翠の瞳を揺らした。




