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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<IFル-ト>
35/56

クリストハルトの死

この話は、「もしクリストハルトとエヴァンが結ばれる未来であったら」というもしものル-トのスト-リ-です。基本、エヴァン視点で進みます。サブタイトルが初っ端から不穏ですが、バッドエンドではありませんので、ご安心ください。

 カ-ン、カ-ンと打ち鳴らされる教会の鐘の音が、まるで突き刺さるようだった。

 雨に濡れる薔薇の花弁が地面に落ち、黒い靴に踏みにじられて、無残に土に塗れていく。


 草の間からちらりと見えたその欠片は、血のように紅い色をしていた。




 クリストハルト・ヘインズが死んだ。

 冷たい雨に打たれながら、その言葉を胸の裡で反芻する。

「……はは」

 あまりにも現実味のない響きに、口から虚ろな笑い声が漏れた。


 葬儀のことは、よく覚えていない。

 ここ数日の記憶はひどく断片的で、はっきりと脳裏に焼きついているのもあれば、つい最近のことのはずなのに靄がかかったかのように朧げなこともあった。

 思い浮かぶのは、なにげなく新聞を開いてすぐに目に飛び込んできた紙面の見出し。大きな馬車の事故と火事があったことを報じるその記事に記された犠牲者の名が、親友であり恋人のそれと同じであった衝撃を、どう表現したものか。

 取り落とした新聞を拾い上げ、何度も何度も震える指で綴りを確認し、貴族名鑑を引っ張り出して、彼と同姓同名の人物を探した。ヘインズ家にクリストハルトは一人しかいないと知っていたけれど、それでも探さずにはいられなかった。

 目的を果たせないまま早々に役目を終えた貴族名鑑を乱暴に放り出し、馬車を出させてヘインズ家に急行した。いつものようにクリストハルトが出迎えてくれて、あの報道は間違いだったんだと困ったように笑う―そんな希望に縋って。

 けれど辿り着いてみれば、クリストハルトはどこにもいなくて、彼の両親も弟たちも、喪服を着て悲しみに沈んでいた。酷い姿で、とか、民家に激突したそうだ、とか、そんな囁きがどこからともなく聞こえてきていた。エヴァンと同じように、事の真偽を確かめに来た人々だろう。

(そうだ、ジェイソンとアイリスもいた……)

 ふたりともひどく憔悴した様子で、けれどもしきりにエヴァンのことを心配していた。そんな二人に大丈夫だよと微笑んだことは覚えている。

 それから先の記憶は曖昧で、ヘインズ家の庭園に咲いていた花々の色彩だとか、霊柩馬車の闇のような漆黒だとか、そういったものばかりが印象に残っていた。


 社交界で、クリストハルトの死は大きな話題になった。


 彼の死には、不審な点があるそうなのだと、誰かが言った。

 殺された可能性もあると、別の誰かが囁く。

『これは御者の話だそうだがね―ああ、彼は軽傷で済んだようだ』

 曰く、クリストハルトは、馬車に乗った際、ずいぶんと酔っぱらっていたらしい。

 クラブでしこたま酒を飲んだクリストハルトは日頃類を見ない泥酔ぶりだったようで、付き添っていた店員も苦笑していたという。馬車に乗ってからはきっと寝ていたのだろう、もしかしたら死に際も何も気づかなかったのかもしれない、だとすれば少しは救いがあるじゃないか―そんなふうに話は締めくくられた。

『それのどこが不審なんだ?』

『おいおい、分からないのか?あの品行方正で知られるセルスター侯爵の嫡男が、泥酔して馬車に乗ってたんだぞ。それを狙ったように馬が暴走して民家に激突したんだ。客車が横転して彼は圧死した、というのが警察の見解だそうだが、ランプの火が燃え移ったのか―いや、暖炉か?とにかく火事になって、瓦礫の中から救出されたときには誰だか判別できないくらいに焼け焦げていたらしい。辛うじてわかる服装と、遺体が持っていた懐中時計で身元を特定したくらいだ。実際の死因なんて、誰にもわからんさ。……な、ここまでくるとかなり怪しいだろう?』

 盛り上がる招待客たちをそれ以上見ていられなくて、エヴァンはそっと踵を返した。


 確かに、偶然の一致でないとは言い切れない。


 彼は名門貴族の跡取りで、穏やかな性格とその優秀さから、多くの人望を集めた人だった。

 学生時代から礼儀正しく、常に模範的なおこないをしていたけれど、他の生徒のちょっとした悪戯に乗るような茶目っ気もあったから、倦厭されることもなかった。嫌味なくらい、よくできた人。完璧すぎて嫌になる、とはジェイソンの言だが、エヴァンも全くの同感だった。

 その上彼には、さる侯爵令嬢との縁談も持ち上がっていたらしい。それが結ばれれば、議会のテーブルの上に積まれたままになっている、あらゆる交渉事や事業が一気に進んでいくほどの結びつきが両者の間で得られる予定だったのだとか。

 だから、そう―殺される理由なんて、いくらでもあったのだ。


 でも、そんなことはもう、どうだってよかった。


 クリストハルトがいない。


 その事実以上のことを受け止める心の余裕を、エヴァンはもう持っていなかった。


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