表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<番外編>
28/56

クリストハルトの憂鬱(4)

 使用人全員が、食堂に集まっていた。

 フランチェスカとエルシ-が、それぞれ花束を手に、クリストハルトに歩み寄る。そうして、二人で声を揃えてこう言った。

「お父さま。お誕生日、おめでとうございます」

「おめでとうございます、旦那様!」

 使用人たちが唱和する中、戸惑いつつ花束を受け取る。

「……気持ちは嬉しいが、おまえたち。お父様はもう、誕生日のパ-ティ-は済ませたよ。この前うちで開いたの、知っているだろう?」

「あれは社交でしょう?それに、わたしは子どもだからって参加もさせてもらえなかったのよ。おめでとうは言ったけど、それじゃ足りないもの。だから、お姉さまやセイラ-に頼んで、パ-ティ-を開いたの!」

「フランチェスカ、口調を直しなさい。はしたないわ」

 そう妹をたしなめたエルシ-は、クリストハルトを見上げた。

「……フランチェスカの言う通りですわ。身内だけでお父さまのお誕生日をお祝いしたいとフランチェスカが提案して、わたくしもそれに賛同しました。お父さまに相談しなかったのは、お父さまに驚いて欲しかったからなんです。それに、今年は節目の年ですから、わたくしたち子どもも、なにかして差し上げたいと思って……」

「……そうか。二人とも、ありがとう」

 花束を後ろに控えていた執事に預けて、そっと娘たちを抱きしめる。先日のパ-ティ-で言われた祝福の言葉より、娘たちのそれのほうが、何倍も心に沁みた。

 そろそろ食事を、と促されて、席につく。運ばれてきた料理は、どれもクリストハルトの好物ばかりだった。おそらく、妻と料理人で考えてくれたのだろう。

(……ああ、幸せだな)

 息子たちがいないのは残念だが、可愛い娘たちと妻が、こうして自分のために祝ってくれている。それは、この上なく幸福なことだった。

「クリストハルト様。このあと、皆で集まって、お話しませんこと?」

 妻がそう口を開いたのは、食事もあらかた終わったころだった。

「そうだな。談話室を使うのか?」

「ええ。もうすでに、話は通しております。それに、そろそろこの部屋は彼らに譲るべきですわ」

 アイリスの視線を追うと、そわそわしている使用人たちの姿が目に入り、苦笑する。今日の夜遅くまで、食堂は彼らのダンス会場に変貌するらしい。

「では、俺たちはそろそろ行こう。エルシ-、フランチェスカ、用意はいいか?」

「はい、お父さま」

「もちろんです!」

 元気のいい末娘の返事に微笑んで、クリストハルトは立ち上がった。隅のほうで小さく歓声が上がり、はしゃぐ声と注意する声で食堂はにわかに騒がしくなる。

「……申し訳ありません、旦那様。あとから叱っておきます」

「いや、構わない。こんなときくらい、羽目を外させてやればいい」

 苦々しい顔をする執事に手を振って、食堂を後にする。ひんやりしているはずの廊下も、家族と一緒に歩いていると、不思議と暖かかった。


 暖炉の前にある長椅子に四人で腰かける。とはいっても、フランチェスカが入ると少し狭いので、彼女は特別にクリストハルトの膝の上だ。

 エルシ-は、「また甘やかすんですから……」と苦い顔をしていたが、両親に挟まれる格好で座れるのが嬉しいようで、口元が緩んでいた。

「そうだ。これ、ヴィンセントとジュリアンからですわ。パーティ-に参加できないから、せめてお手紙だけでもって」

 渡された手紙の封を開け、読み進める。ヴィンセントの手紙は、彼らしい几帳面な字で、型通りの祝いの言葉と、参加できないことへの詫びが綴られていた。そっけなく見えるが、十五年も一緒の過ごしてきたクリストハルトには、これが彼なりの精一杯だと分かっている。不器用ながらも思いやりのうかがえる文面に、胸が温かくなった。

 一方、ジュリアンの手紙は、年相応の無邪気さにあふれたものだった。拙さの残る、丸みを帯びた字で、祝いの言葉が書き連ねてある。洗練されているとは言えないが、一生懸命書いたことがわかる文面に、今後の成長を期待するとしよう。

「ジュリアンったら下手な字ね。帰ってきたら指導しないといけないわ」

「ヴィンセントお兄さまは難しい言葉ばっかり使うのね、全然わからないわ」

「フランチェスカ、これくらい分かるようになりなさい。じゃないと、将来恥をかくことになるじゃない。明日からわたくしと特訓よ。いいわね?」

「ふぇ!?」

 そんなやり取りをする娘たちに手を伸ばし、痛くないよう加減しながら抱きしめる。

「ありがとう、エルシ-。フランチェスカ。……こんなに幸せな誕生日パ-ティ-は、初めてだ。嬉しいよ」

 この光景が、温もりが、愛おしくてたまらない。

「アイリス。君には、たくさんお礼を言わなければいけないな。君のおかげで、俺はこんなにも幸せだ。……きっと、どんな道を選んでいても、今以上に幸福になれることはなかっただろう。君がいてくれたからこそ、俺はここに、こうしていられる」

 娘たちの前だから、あまり具体的には言えなかったが、彼女はクリストハルトの言わんとしたことを察したのだろう。目を丸くした彼女は、それから泣きそうな顔で頷いて、ふわりと笑みをこぼした。

「……わたくしもですわ、クリストハルト様。あなたがわたくしを選んでくださったから、こうして笑っていられるのです」

 ―ああ、そうか。

 その言葉で、不意に、納得した。

(俺は、怖かったのか)

 かつてクリストハルトは、エヴァンとともに生きる未来を捨てた。

 それが間違っていたら―いや、その選択を後悔することが、怖くて仕方がなかったのだ。

 そのくせ、エヴァンを差し置いて、自分だけ幸せになることも許せなくて、自分で自分に枷をつけた。自分が幸せになっていいはずがない、そんなふうに思い込んでいた。

 けれど、アイリスの言葉で、視界が開けたような気がした。幸せでいていいのだと、言われた気がした。

「……不思議だな。君はいつだって、俺を変えてしまう」

「……?」

 きょとんと首を傾げた妻に微笑みかけて、そっと頬を撫でる。クリストハルトの胸元で、「またいちゃつきだしたわ」「邪魔したらだめなのよね?」などと娘たちが囁いているが、気にせず妻の腰を引き寄せて、抱きしめた。



 窓の外は、まだ霧雨が降っている。

 けれど、憂鬱な気分は、いつの間にか幸福の色に塗り替えられてしまっていた。

 家族のぬくもりを感じながら、クリストハルトは少し笑って、ゆっくりと目を閉じた。


これで、「クリストハルトの憂鬱」は終わりです。またアイデアが浮かんだら、新しい番外編を投稿してみたいと思います。ご要望、感想などありましたら、ぜひ教えていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ