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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<番外編>
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クリストハルトの憂鬱(3)

 ひんやりした外気に身を浸しながら、クリストハルトはゆっくりと目を閉じた。

 そうすれば、意識はいともたやすく学生の頃に引き戻される。教室の窓辺で、エヴァンと街を眺めた日。静かな表情で外を見ていたエヴァンの姿に、ジュリアンの制服姿が重なった。

「本当に、エヴァンに良く似ていた……」

「そうですわね、わたくしも驚きましたわ」

 横から聞こえた妻の声に、肩が跳ねる。誰にも聞かれていないと思っていたので、驚いた。どうして彼女が、ここにいるのだろう。

「アイリス、いつ来たんだ」

「たった今。あなたが外でぼうっとしていると聞いて、慌てて参りましたのよ」

 風邪を引きますから中へ入りましょう、と袖を引かれたが、クリストハルトは首を振った。

「もう少しだけ、このままでいさせてくれ。頭を冷やしたいんだ」

「何か、ありましたの?」

 心配そうな妻に、今朝の長女とのやり取りを話す。それを聞くうちに、だんだんと彼女の顔は曇っていった。

「エルシ-の、言う通りですわね……」

 ため息をつくようにして押し出されたその言葉には、深い苦悩が交じっていた。

「あの子には……ジュリアンには、どうしても強く出られないんですの。あの子はエヴァン様とは違うのに、重ねてしまう……」

「ああ。よく見れば顔立ちだって全然違うのに、なぜか似ていると思ってしまうんだ」

 クリストハルトもアイリスも、ジュリアンはエヴァンの代わりになどなりようがないと分かっている。ジュリアンをどれだけ大事にしても、自分達のやったことは、消せないのだ。

 庭を眺めているアイリスを見下ろす。彼女も、エヴァンとクリストハルトに罪悪感を抱いている。おおかた、彼女のせいで、二人の仲を引き裂く原因になってしまったなどと思っているのだろう。

(……そんなことを、気にする必要はないのに)

 そもそも彼女の提案がなければ、もっと早くにエヴァンと別れていたはずだったのだ。二年間という貴重な時間をくれたアイリスに、感謝こそすれ恨んだことなど一度もない。

(それに、あんなにも穏やかな終わり方ができた)

 自分達の関係の終わりは、もっと唐突なものか、もしくは悲惨なものかと思っていた。どちらの心にも傷を残すような、救いのない結末。

 けれど、蓋を開けてみれば、想定していたよりもずっと優しい終わりだった。

 未練はある。後悔だって数えきれないほど。でも、納得してさようならを言えた。笑顔で別れを告げられた。それだけで、十分だったのだ。

 そう伝えたいけれど、彼女には届かないような気がして、結局は何も言えないままだ。

 アイリスに負担をかけることなくこの気持ちを伝えられるすべを持っていないのが口惜しい。口下手な自分にもどかしさを覚えるクリストハルトをよそに、アイリスがぽつりと呟いた。

「ジェイソン兄さまも、そうおっしゃっていましたわ。髪と目の色は確かに似ていると言えなくもありませんけれど、よくある色ですもの。やっぱり、雰囲気かしら……」

「そうかもしれないな。それか、性格か」

「でも、親として見ると、こんなに不安になるような性格でしたかしら、エヴァン様って」

 クリストハルトは首を傾げた。

「どうだろうな……。エルシ-の言うように、俺たちが心配し過ぎなのかもしれない」

 エヴァンはもう少ししっかりしていたはずだが、親の目線から見るとこんなものだったのかもしれない。今となっては、確かめるすべはないが。

 そうしてしばらく二人で佇んでいたが、アイリスがふるりと震えたのを見て、はっとする。さすがに長居しすぎたようだ。

「そろそろ戻ろうか。付きあってくれて、ありがとう」

 妻の手を取って、握り込む。小さな手は、氷のように冷えていた。

 戻ったら、温かいお茶を用意させよう、と思いながら、クリストハルトはアイリスとともに、屋敷へと足を向けた。


 部屋に戻り、湿った髪を拭いていると、執事が着替えを持ってきてくれた。服が水分を含んでいて、正直気持ち悪かったので、ありがたい。

「……セイラ-。今日は、パーティ-の予定はなかったはずだが」

 執事に渡されたのは、なぜかパーティ-用の礼服だった。晩餐会などで着るものほど格式ばったものではないようだが、どう見ても普段着ではない。

「パーティ-なら、ひとつ予定が」

 そう言って、執事が取り出したのは、一通の招待状だった。

「……聞いていない。なぜもっと早くに言わなかった?」

 招待状を受け取って、手早く封を切る。現れた手紙に目を落として、クリストハルトは眉根を寄せた。正式な招待状にしては、ずいぶんと拙い字だ。

「……エルシ-と、フランチェスカの連名?どういうことだ」

 末尾に記された署名に、ますます不可解になって執事を見る。

「旦那様には内緒で、お嬢様方が企画されたものでございます。その服を着て、奥様と一緒に食堂へと向かわれますよう」

 お叱りは後でいくらでも受けますので、どうかお嬢様方のために、と懇願され、服を受け取る。娘たちが何を考えているのかはわからないが、この執事がここまで言うのなら、仕方がない。

 指定された時間は午後一時。それまで、あと一時間ほどだった。

 礼服に着替えると、アイリスの身支度が終わった頃を見計らって、彼女の部屋に向かう。華やかに装った妻は、クリストハルトの顔を見て、くすくすと笑った。

「その様子だと、何もご存知ないのね。良かったですわ」

「……君は、知っていたのか」

「ええ。セイラ-から報告を受けて、許可したのはわたくしです。……ですからどうか、お咎めならわたくしに」

「まず、あの二人が何をしようとしているのか、見てからだ。咎めるかどうかは、そのときに決める」

 不安げに瞳を揺らしたアイリスの腕に自分のそれを絡め、歩き出す。食堂の前に着くと、扉の前で待っていた使用人が扉を開け、賓客の到着を伝えた。

 ―いったい、何が始まるのだろう。

 期待と、一抹の不安を胸に、クリストハルトは食堂に足を踏み入れた。


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