【番外編3】ランドセルな姫に親愛をこめて
時系列は番外編2の後、「ランドセルな私に前世の騎士が付きまとってきます」の番外編1と同じくらいで、冬の初めあたりです。
なんだか最近、若槻が上の空だ。
時折何かを思い返したように紅くなったり、そうかと思えば溜息を付いている。
今日は授業が終わってもう皆が帰ってしまったのに、席に座ったままぼーっとしていた。
大方、秋吉の事で悩んでいるんだろうと、簡単に予想がつく。
備品を取りにいく用事があったので、若槻を一緒に連れて行くことにした。
帰りの車内で、秋吉と付き合ったことを祝福すれば驚いた顔になる。
わかってはいたのだけれど、少し複雑な気持ちになった。
「秋吉さんに困ってるってわけじゃないんです。秋吉さんがあんなに言葉や態度に出して好いてくれてるのに、照れて何も返せない自分が嫌なだけで」
「……なんだ。秋吉が重くなったってわけでもないのか。つまりがこっちもただの惚気ってことだな」
そんな風に若槻に思われている秋吉が、うらやましい。
「珍しく秋吉のフォローしてやろうと思ったのに、全くいらなかったな」
少し支援してやろうかと思っていたのだけれど、そんな気も失せた。
「秋吉さんのフォローしようと思ってたんですか?」
「まぁ一応可愛い後輩だからな。それで落ち込んだ若槻を慰めて、あわよくば俺に振り向かせようかなって」
半分くらい冗談でそういえば、若槻は笑う。
「瀬尾先生って、結構素直じゃないですよね」
どうやら、少しは気分が晴れたみたいだ。
――素直じゃない、か。
その言葉を聞いて、俺は前世のやり取りを思い出していた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
エリシアの故郷であるヴェルテでは、親しい間柄で頬にキスをする習慣があった。
十二歳で婚約して、二年近く一緒に住んでいたのだけれど、エリシアとの関係は手を繋ぐあたりまでしか進んでなくて。
俺は結構コレが不満だった。
婚約者である俺とは手を握るくらいなのに、同郷のルドルフやテオには親愛のキスをしている。
その事実をある日知った俺は、相当に落ち込んだ。
結構仲良くなったと思っていたのに、親愛のキスも貰えていない。
割と根暗だった俺は、うじうじしていたのだ。
「あのさ、そんなに落ち込むくらいなら、キスしてほしいって自分からエリシア様に言えばいいじゃん」
「……そんな事できるわけないだろう!」
呆れたように親友であるテオはそう言ってきたけれど、そんな事口にできるはずもなかった。
「前も言ったけど、言わなきゃ何も伝わんないぞ?」
「……けど、言わなくてもわかって欲しいことだってある」
言ってからキスされたのなら、それは強要したようなものだ。俺が欲しかったのは、エリシアから進んでやってくれるキスだった。
「そうはいうけどさ。それってエリシア様も一緒じゃないの?」
「どういう意味だ」
「言わなくてもわかって欲しいって、思ってるってこと。大体、お前からエリシア様に好きってちゃんと伝えたことあるのか?」
テオに言われて、はっとした。
俺は好いてほしいと思うだけで、何もエリシアに伝えていなかった。
「……言ってないかもしれない」
「だろ? こういうのは態度や言葉で表すのが大切なんだ。好かれたい相手なら、好きだって伝えなきゃな。そうすれば、いつかは同じくらいの好きが返ってくるかもしれないだろ。何もしないで待ってるより、ずっといい」
ぽつりと口にすれば、テオがお兄さんぶったような調子で、そんな事を言う。
「だからテオは色んな女の子に、好きだと言っているんだな」
「まぁな。数打てば、一人くらいは返ってくるかもしれないし!」
なるほどと納得すれば、テオがおうよと言った調子で頷いた。
今思えばアホな会話だ。
けれど、あの頃の俺は感銘を受けていた。
どうしてこんな俺になったんだろうなと思うほどに、当時の俺は純粋だったのだ。
「よし、そうと決まればさっそくエリシア様に好きだと言いに行こう!」
「無理だ」
テンション高く宣言したテオに、間髪いれずに答える。
「即答かよ。今そういう流れだっただろうが」
「……そんな事、恥ずかしくて言えない」
ぼそりと紅くなって呟けば、テオがやれやれというように溜息を付いた。
「別に恥ずかしくなんてないだろ。オレなんて女の子に毎回言ってるんだぜ?」
「それはテオだからだ。テオみたいに、恥を捨てるなんて僕には無理だ!」
無理やりエリシアの元へ引き連れていこうとするテオに抗う。
「なんかそれ、オレが恥知らずみたいな言い方だな」
テオは不服そうだったけれど、事実だったからしかたない。
抵抗していたら、しかたないなぁとテオが俺の首根っこから手を離した。
「よし、じゃあ素直になれないアレンに、オレがとっておきの必殺技を教えよう。好きって言葉にしなくても、相手に気持ちが伝わるすばらしい技があるんだ」
「本当にそんな技があるのか?」
自信満々でそう言ったテオに、俺は食いついた。
「まぁな。教えてやるから、もっとこっちにこい」
悪戯っぽい笑みがテオの顔にはあったけれど、それを警戒する事を思いつかないくらいには、俺はその方法に縋りたかった。
言う通りにテオの側にいけば、頬にちゅっと軽くキスされる。
「なっ、お前また!」
「これなら言葉がなくてもお前の気持ちがエリシア様に伝わるし、キスも返してもらえるだろ?」
飛びのけば、面白そうにテオが笑う。
「何をしているのですか? ふたりとも」
そうやって会話をしていたら、エリシアが私も混ぜてというようにやってきて。
テオが俺に目配せをしてきた。
「……エリシア」
「はい、何ですかアレン様?」
覚悟を決め近づき、名前を呼ぶと、エリシアがほんのりと首を傾げる。
少しだけ背伸びをして、エリシアの頬に触れるか触れないかくらいのキスをする。
顔を離せば、エリシアは驚いたように目を見開いていた。
「……親しい者同士は、ヴェルテではこうやって挨拶するのだと、テオから聞いた」
言い訳するようにそう告げたら、エリシアはぎゅっと俺を抱きしめてきて。
「アレン様、可愛い!」
頬にキスを返しながら、そんな事を言う。
柔らかな胸が押し付けられて、軽くパニックになった。
「あっ、ごめんなさい!」
「アレン真っ赤」
慌てた様子でエリシアが俺を解放すれば、テオがからかってくる。
「テオ、うるさい」
そんな事、言われなくてもわかっていた。
表情が乏しい俺のせいで、エリシアは少し不安に思っていたようだ。
元より政略結婚だということもあって、距離を測りかねていたらしい。失礼のないようにと、遠慮していたところもあるようだった。
そうやって俺が好意を示せば、エリシアもすぐに好意を返してくれるようになった。
なんだかんだで、あの親愛のキスは、結構効果があったような気がする。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
車が若槻の家に着く。
横を見れば、まだ悩んだ様子の若槻がいた。
「素直じゃない若槻に、素直じゃない俺からとっておきの必殺技を教えようか。好きって言葉にしなくても、相手に気持ちが伝わるすばらしい技があるんだ」
にっと笑って、あの時のテオのマネをする。
「そんな技があるんですか?」
「まぁね。教えてやるから、もっとこっちにきてよ」
興味を引かれた様子の若槻に、からかいとほんの少しのエールと。
何よりもたくさんの親愛をこめて、その技を伝授してやった。
これにて「王子」の更新ラッシュは終了です。楽しんでいただけたなら嬉しいです。