交錯
午後十時過ぎ。
一度帰宅した昌道は、スマートフォンの地図を頼りに夜道を歩いていた。
「……こんな時間に来るんじゃなかったかな」
『昌道が行くと決めたのでは?』
「そうだけどさ。疲れてるんだよ、こっちは」
画面の中で、白衣姿の猫が首をかしげる。
『でしたら、明日に変更してもよかったのでは?』
「……それはそう」
昌道は小さくため息をついた。
あの雨の夜、スマホを貸した男。
突然現れたジャック。
そして、身に覚えのない位置情報。
何かがわかるかもしれない。そう思うと、明日まで待てなかった。
『昌道、一つお願いがあります』
「ん?」
『周囲の状況を確認したいので、カメラを使用してもよろしいでしょうか?』
「カメラ? ……ああ、いいよ」
『ありがとうございます。これで私も周囲の様子を確認できます』
昌道はスマホを前に向けた。
『目的地まで、あと百メートルです』
駅から離れた、古い倉庫が並ぶ一角。
街灯はまばらで、道を歩く人の姿もない。
『到着しました』
「……ここ?」
昌道は足を止めた。
目の前にあるのは、何の変哲もない路地だった。
古びたフェンスと、閉じたシャッター。
それだけだ。
「……何もないじゃん」
『映像を確認しましたが、特筆すべきものは見当たりません』
「いや、それ俺にもわかるから」
昌道は肩を落とした。
「……無駄足だったかな」
『申し訳ありません』
「お前が謝ることじゃないだろ」
そのときだった。
「……チッ。あれだけ探して何も出なかったんだ。今さら見つかるわけねえか」
少し先の路地から、男の声が聞こえた。
黒いハイネックのインナーに、暗色のロングコート。手には薄い革手袋をはめている。
男は周囲を探るように視線を巡らせながら、苛立たしげに舌打ちした。
昌道をちらりと見たが、すぐに視線を外して歩き去ろうとする。
「……今の人、誰か探してるのかな」
『その可能性はあります。ただし、偶然の一致とも考えられます』
「だよな……」
昌道が男の背中を見送っていると、路地の向こうから別の声が響いた。
「そこの男。少しいいか」
ダークグレーのスーツに身を包んだ若い男が、道を塞ぐように立っていた。
男が足を止める。
「……誰だよ、あんた」
「少し話を聞きたい。時間をもらえるか」
「警察か?」
若い男は懐から身分証を取り出した。
「内閣府特別事象対策局、オルディアだ」
その言葉を聞いた瞬間、男の表情が変わった。
昌道も思わず息をのむ。
オルディア。
数日前、ニュースで耳にした名前だった。
「……チッ」
男が、ゆっくりと右手を上着の内側へ滑り込ませる。
若い男の目が細くなった。
「やめとけ」
短い警告。
「それ以上、手を動かすな」
静まり返った路地に、張り詰めた空気が流れる。
昌道は、その場から動けなかった。
『昌道』
ジャックの声が、いつになく低かった。
『……ここを離れた方がいいです』
その直後。
乾いた金属音が、路地に響いた。
ーー第7話・了




