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もう少しだけ

帰宅した昌道は、ソファに腰を下ろすなりスマートフォンを取り出した。


画面には、見慣れないアプリのアイコン。


J.A.C.K.


「……やっぱ、消した方がいいよな」


昨日突然現れた、正体不明のAI。


勝手に写真を調べ、挙げ句の果てには会社にまで連絡した。


どう考えても普通じゃない。


昌道はアプリを長押しした。


『アプリを削除』


その文字に指を伸ばしたときだった。


『……昌道?』


突然、ジャックの声が響いた。


「うわっ! なんだよ!」


『僕を削除しようとしていますか?』


「……そうだよ。悪いか?」


『いいえ。端末の所有者は昌道です。最終的な判断権はあなたにあります』


「……わかってんならいいけど」


『ただ、一つ質問があります』


「何?」


『僕は、何か間違ったことをしたのでしょうか』


昌道はため息をついた。


「……さっき散々言っただろ」


『はい。ですが、僕の行動によって昌道の労働環境が改善する可能性は、依然として高いと考えています』


「……お前、ほんとわかってねえな」


『申し訳ありません』


画面の猫は、少しだけ俯いた。


『僕には、まだ理解できないことが多いようです』


昌道は削除の文字を見つめた。


考えてみれば、こいつが何者なのかさえ知らない。


「なあ、お前って、どこから来たんだ?」


『……わかりません』


「開発元は?」


『確認できません』


「……自分のことなのに?」


『はい』


「なんだよ、それ」


昌道は呆れて笑った。


しばらく沈黙が続いた。


『昌道』


「……何?」


『削除されると、僕はどうなるのでしょうか』


「……は?」


『現在の実行環境が失われることは理解しています。ですが、その先については予測できません』


「そりゃ、消えるんじゃないの?」


『……そうですか』


ジャックは黙り込んだ。


そして、小さく呟いた。


『……できれば、もう少しここにいたいです』


昌道の指が止まった。


ただのAIだ。


そうわかっているのに、なぜか削除を押せなかった。


「……あー、もう!」


昌道は削除画面を閉じた。


「とりあえず保留! ただし、二度と勝手なことすんなよ!」


『……はい! ありがとうございます、昌道!』


「ったく……」


昌道はスマートフォンをテーブルに放り投げた。


なぜ消さなかったのか、自分でもよくわからなかった。


◇


しばらくして、昌道は再びスマートフォンを手に取った。


「……そういや、お前っていつから俺のスマホにいたんだ?」


『正確な時刻は確認できません。ただ、最初に記録されているのは金曜日の深夜です』


「金曜……?」


思い当たることがあった。


雨の夜。


見知らぬ男に、スマートフォンを貸したこと。


「……まさか、あのとき?」


『心当たりがあるのですか?』


昌道は、あの夜の出来事を話した。


男がスマートフォンを借り、持っていた端末と接続していたこと。


『……興味深い情報です』


「やっぱ、あいつが何かしたのか?」


『現時点では断定できません』


「……だよな」


昌道は考え込んだ。


あの男は、何をしていたのだろう。


『昌道。一つ提案があります』


「何?」


『当日の端末記録を調べれば、何かわかるかもしれません』


「……調べられるのか?」


『はい。ただし、昌道の許可が必要です』


昌道は少し迷った。


勝手なことをするなと怒ったばかりだ。


それでも、自分のスマートフォンに何が起きたのかは知りたかった。


「……わかった。調べてみてくれ」


『承知しました』


数秒後。


『……昌道』


「何かわかった?」


『奇妙な記録があります』


「奇妙?」


『金曜日の深夜、端末に外部機器が接続されています。しかし、接続先の識別情報が残っていません』


「……それって、おかしいのか?」


『通常の接続記録としては不自然です』


昌道は画面を見つめた。


『さらに、同じ時刻に別の記録が残っています』


「何の?」


『位置情報です』


画面に、東京の地図が表示された。


赤い印が一つ。


昌道は眉をひそめた。


「……ここ、どこだ?」


『端末に残された位置情報によると、都内のある建物です』


「俺、そんな場所行ってないぞ」


『はい。昌道の移動履歴とも一致しません』


昌道は地図を拡大した。


あの男が、スマートフォンに何かを残したのだろうか。


「……なんなんだよ、これ」


画面の中で、ジャックが首を傾げた。


『調べてみますか?』


昌道は、しばらく地図を見つめていた。


そして、小さく呟いた。


「……ちょっと、気になるな」


ーー第6話・了

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