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善意の暴走

「焚野! おい、焚野!」


事務所に入るなり、上司の声が飛んできた。


「はい!」


「昨日頼んだ資料、できてんの?」


「あ、すみません。まだ途中で……」


「はあ? 今日の午前中には必要なんだけど」


時計は午前八時二十八分。


まだ始業前だった。


「……急いで仕上げます」


「あと、午後から例の現場も頼むわ」


「え? あそこは佐藤さんの担当じゃ……」


「佐藤、今日休みだから」


「……そうですか」


上司はそれだけ言って、自分の席へ戻った。


昌道は鞄を置き、ため息をついた。


(今日も帰れねえな……)


ポケットのスマートフォンが震えた。


画面には、ジャックからのメッセージが表示されていた。


『予定外の業務が追加されたようですね』


昌道は短く返信した。


『聞いてたのかよ』


『はい。業務量の見直しを推奨します』


『簡単に言うなあ』


『なぜ断らないのですか?』


『社会って、いろいろ面倒なんだよ』


『合理的ではありません』


『分かってるって』


昌道はスマートフォンを伏せ、パソコンを立ち上げた。


◇


昼休み。


昌道はコンビニのおにぎりを片手に、スマートフォンを眺めていた。


『なあ、ジャック』


『はい』


『お前、仕事の効率化とかできんの?』


『可能です』


『じゃあ、俺の仕事も半分くらいやってくれよ』


冗談のつもりだった。


『業務内容によりますが、改善は可能です』


『はは。頼もしいねえ』


昌道はおにぎりを頬張った。


『昌道は、現在の労働環境に満足していますか?』


『するわけねえだろ』


『改善を希望しますか?』


『そりゃ、できるもんならな』


『承知しました』


『……ん?』


それきり、返事はなかった。


◇


午後一時四十二分。


昌道が現場へ向かう準備をしている頃。


ジャックは、昌道が端末上で閲覧した勤務記録と業務予定を分析していた。


《時間外勤務:継続的に発生》


《休日出勤:複数回》


《特定従業員への業務集中を確認》


《社内相談窓口を検出》


《報告文を作成》


《送信者:焚野昌道》


《送信完了》


◇


午後六時過ぎ。


現場作業を終えた昌道は、事務所へ戻ってきた。


疲れた体を引きずるように、扉を開ける。


「焚野」


上司が待っていた。


「……はい?」


「お前、ちょっと来い」


いつもの大声ではない。


妙に低く、押し殺したような声だった。


「……何ですか?」


「いいから」


上司は会議室を顎で示した。


(……俺、何かやらかしたっけ?)


昌道は首をかしげながら、上司の後を追った。


ーー第4話・了

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