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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第68話 飽くなき物欲のブリザード

 フィクティオが去った後、だんだんと晴れていく霧をほんの十数秒眺めていた。

 撃退できたわけではない。

 ただ奴が、自分の意思・自分の都合で去っていただけだ。


「今日はこれで終わりだといいんだけどな」


 狙いは北園寺に隠された最後の大秘宝、通称"戦慄のアーティファクト”。

 その名前を知っている人間は俺を含め8人のはずだった。奴が知っているということは、8人の中の誰かと接触したことになる。


 命名者の師匠、俺、そしてありさ本人でまず3人。

 師匠はもういない。俺は誰にも言っていないし、ありさ本人という線もないだろう。

 フィクティオは"戦慄のアーティファクト"がどこにあるのか知らない。これは事実で間違いないはずだ。

 だからこそ手がかりになり得る俺を殺さないように立ち回っていた。


「…………」


 祭りの喧騒が、少しずつ色を変えていくのを感じていた。

 上がり続ける花火の音に紛れ、少しずつ人々の悲鳴が聞こえ始める。

 おそらくは会場内に、爆発事故のことが伝わりつつあるのだろう。


「何ぼーっとしとるんや如月君。まさか、これで終わったと思うてるんか?」

「いや、少し考えごとをしていただけだ」

「フィクティオがどこ行ったか、ってとこやな。見当もつかんけど、とりあえず会場内を探すしかないやろ。そこにいなければ次は……」

「北園寺だろ。そういう気遣いはいらん」


 探偵不在の北園寺を狙いにいったという可能性も考えられる。

 だが、何か違和感が拭えない。


 APP捜査官が洗脳されていたのであれば、そちらに俺達が花火大会にいることを確認させ、自分はさっさと北園寺を襲撃すればいいはずだ。


「会場中の人を洗脳する……とかは、できないはずやんな? 過去の捜査資料を見る限り」

「ああ、それは俺も同意見だ」


 10年前の事件、七海の目撃証言がある。

 村の人達は、事件の数日前から味の好みや趣味に変化があったという。

 フィクティオの代名詞である洗脳アーティファクトについては、瞬時に他人を洗脳できるものではなく、いくつかの段階を踏む必要がある。そう考えていた。

 ついさっき、俺達と対峙していた時に洗脳アーティファクトを使ってこなかったのも、それを裏付ける。


 そうなると、"戦慄のアーティファクト"の名を奴がどこで知ったのかも絞り込まれる。 

 源さん、さくらママ、及川。

 この3人も候補ではあるが、裏切ることは考えづらいし、洗脳で情報を引き出されたのだとしたら、数日に一度は必ず会ってる俺が、その様子におかしな点を見つけているはずだ。

 怪盗アリスの一件があってから、周囲の人間の様子というのはそれまで以上によく観察している。


 すると、残るのは__


「御影のおっちゃんと、母さんか……」

「さっきの、戦慄のアーティファクトの話やな」

「ああ。奴がどこまで知っているか、そこが手がかりになりそうなんだが」

「考えながら、走り回って探せばええわ」

「そうだな。手分けして探そう。先に遭遇した方は雷落とされるんだ、その音と光で居場所は伝えられる」


 ここに来て行き当たりばったりというのも苦しいが、今はそれしかない。


「ほな、お互い長生きしよや」

「ああ」


 努めて軽く言いあって、それぞれ別方向へと走り出す。


 しばらくして人の多い通りに出るが、やはり爆発事故の話は伝わっているようだった。

 それでも避難を始める様子はない。

 肝心のところ、大怪盗フィクティオが元凶だというところが伝わっていないのだろう。パニックを起こされるよりは、この方がいいのかもしれない。


「そういえば……」


 笹塚さんとノーゴールド、ほったらかしだったな。

 気を失っているだけの様子だったし、大丈夫だとは思うが。


「ん?」


 フィクティオはなぜその二人に接触したんだ?

 戦慄のアーティファクトの情報を持っているとは、考えづらい二人のはずだ。


「他の目的があってってことだよな」


 立ち止まり、思考を巡らす。


 言っちゃ悪いが二人とも何かの重要人物という感じではない。

 それでもフィクティオがわざわざ何か話していたのだから、アーティファクト絡みなのだろう。


 ノーゴールドの、換気扇から煙を転送するアーティファクト、あるいは人に見られている間浮かんでいくアーティファクトに何か用が……。


「まさか……っ!?」


 霧も転送できるのか……?

 いや、試さなければ分からないが、霧で村一つ蒸し焼きにした"東海の黒い霧"が、同じように考えて興味を持ったとしてもおかしくない。


 すっかり陽が落ち、飛行物体のあった位置を見上げてももはや何も見えなかった。


 爆発事故騒ぎと、上がり続ける花火が、人々の気を逸らし、ノーゴールドは気絶中。

 飛行物体をもう誰も見ていないから落ちた……のか?


 とりあえず、昼間に七海と行った飛行物体の真下へ。

 そう考え、一歩目を踏み出した時だった。


 スマホが鳴動した。


「誰だこんな時に」


 新田からじゃなければ無視だ。

 そう決め込んで画面を確認し、すぐに通話ボタンを押した。


「ありさ! どうした、何かあったのか!? ケガはないか!?」

『ちょっ……落ち着いてよ。わたしは何もないって』


 ありさからだった。

 この状況でありさから、というのは心臓に氷柱が刺さった思いだったが、とりあえず無事なようだ。


「すまん。それで、どうした? こっちはもうちょっと時間がかかりそうなんだが」

『あ、うん。さっき警備の人の無線から聞こえてきたから、なんとなくわかるよ。フィクティオが出たんでしょ』

「……ああ。でも、ありさとは関係ない。大丈夫だ」


 半分は事実だ。

 今のところ、ありさと"戦慄のアーティファクト"が奴の中で結びついていないことは明らかだ。

 大丈夫は、願望だが。


『そうじゃなくて。七海さんが急にいなくなっちゃって。フィクティオって、聞いた途端に』

「七海が?」


 まずい。

 独自にフィクティオを探しに動いたに違いない。

 あいつが北園寺に来たのも、フィクティオの逮捕が目的なのだから。


「わかった、七海も探しておく。ありさは……周りに合わせて行動してくれ」

『うん……。真守もあんま無理しないでよ』

「おう、任せておけって」


 気の利いたことも言えず、電話を切る。

 ありさ達だけ先に避難を、とも考えたが、フィクティオ本人に加え、洗脳された人間が捜査員一人だけとは限らない今、目立つ行動をとって目を付けられるこのリスクもあった。


「俺がさっさと捕まえれば、それでいい話だしな」


 自分に言い聞かせ、屋台街の方へと足を向け直した。




 屋台街を抜け、少しずつ人の流れが変わっていく。

 さっきまでは、ただの雑踏だったが、今は違う。


 こちらへ向かってくる人間が、明らかに増えている。

 しかもその顔は、揃って同じ方向を振り返っていた。


「……なんだ?」


 すれ違う男が、誰にともなく叫ぶ。


「やばい、あっち……!」


 言葉にならないまま、足早に去っていく。

 別の女は、泣きそうな顔で友人の腕を引いていた。


「寒いの……急に……!」

「意味わかんないって、何あれ……!」


 寒い?

 この熱気の中でか。


 足を止める理由にはならない。

 そのまま人の流れに逆らって進む。


 進めば進むほど、人は減っていく。


 代わりに増えるのは、逃げてくる人間だけだ。

 そして__


「……っ」


 空気が変わった。

 肌に触れる感触が、一瞬で切り替わる。


 熱気が消え、代わりに、刺すような冷気がまとわりつく。

 白いものが、視界の端を横切る。


 雪だ。


 あり得ない。

 9月の東京だぞ。


 だが、確かに降っている。

 それも__局所的に。


 あと数歩。


 その境界を越えた瞬間、世界が一変した。

 吹雪だった。


 半径にして、およそ十メートル。

 その円の内側だけ、暴力的な風と雪が渦を巻いている。

 視界は白に塗り潰され、数メートル先も見えない。

 風が唸り、雪が叩きつけられる。

 肌が痛いほどの冷気。


 だが。


「……」


 その中心に、影があった。


 白の中で、黒だけが浮いている。

 黒いマント。

 銀の仮面。


 フィクティオ。


 吹雪の中、ただ一人。

 微動だにせず、そこに立っていた。

 まるで、最初からそこにいるのが当然であるかのように。


 風も雪も、奴を避けているようにすら見える。


「……随分と、趣味の悪い演出だな」


 吐き捨てるように言う。

 風に掻き消されるだろうと思っていたが、その声は届いていた。


 フィクティオの仮面が、わずかにこちらを向く。


「遅かったな。北園寺の探偵といえど、こんなものか」

「お前こそ、瞬間移動の割には遅いじゃねえか」


 そう。

 逃げ惑う人々とすれ違ったということは、俺達の目の前から姿を消してから、しばらく間があってこの場所に現れているということだ。

 怪盗アリスのように、飛べる距離に制限があるのか、そもそも瞬間移動ではなかったのか。


「しかし、君のことは評価しているよ。どういうわけか、アーティファクトが落ちてこない。君の策にしろ、単に豪運であったにしろ。我が今目的を果たせていないことは事実だ」

「そいつはどうも」


 言いながらパイプを取り出し、武器として振るいやすい鉄パイプへと変形させる。


「だが__」

「あ?」

「その辺の探偵であればの話だ。北園寺のがその程度では、我も張り合いがない」


 ……この野郎。


「俺に勝ってから言いな。お前程度に、門倉秀樹かどくらひできは出張ってこねえって、教えてやるよ」


 拳に、足に、全身に、痛いほど力が籠っていく。


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