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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第65話 根深い囮のミスディレクション

 新田の立っていた場所に残った焦げ跡を、もう一度だけ見下ろす。

 土が抉れ、黒く焼けている。


 軌道も、威力も__間違いなく銃だ。

 音は聞こえなかったが、祭りの喧騒だけで消えきるものでもあるまい。

 サイレンサーか何かが付いてると見て間違いないだろう。


「……随分と物騒やな」


 新田が低く呟く。


 軽口の調子は残っているが、目に宿る光は完全に切り替わっていた。


「ああ。しかも、距離がある」


 顔を上げる。


 河川敷の向こう側。

 屋台の灯りと人の波、そのさらに先。


 わずかに高さのある住宅街。


「この距離で、あの精度だ。素人じゃないな」

「ほんで、追っかけるか?」

「……まあ、そうだな」


 今わかるのは、銃弾が放たれたおおよその位置と、初弾は新田を狙ったものだったことだけだ。


 河川敷を外れた、住宅街の方向。


 視界は悪いが、それは向こうも同じこと。

 弾の入り方と角度から見て、あの辺りで間違いないことが逆に伝わってくる


「行くか」

「それは、オレと如月君でってことでええんやな?」

「ああ」


 短く頷く。


 厄介なのが、襲撃者が本当は誰を狙っているのか分からないことだ。

 あの場にいた誰が本命であっても、一番厄介であろう新田を不意打ちで仕留めようとするのは理屈が通ってしまう。


 俺と新田は怪盗専門の探偵だ。おかしな奴の逆恨みを受けることは容易に想像がつく。

 可能性は低いが佐々木さんも一応、源さんにくっついて北園寺で駐在をやっている身だ。


 さらに言えば、怪盗と他の怪盗は多くの場合味方ではない。

 つまり、怪盗ノーゴールドと敵対する怪盗が、ライバルを亡き者にしようとしていた線もある。


「とりあえず、俺とお前で追う素振りを見せて、俺ら以外を狙うってことはないと賭けよう」

「了解。ほな、お互い気をつけていこうや」


 そのまま同時に踏み出そうとして――


「待て」


 俺は一歩だけ前に出る。


「……なんや?」


「俺が前だ」


 新田が、わずかに眉をひそめた。


「理由は?」

「説明はできない」


 即答する。

 言えるわけがない。


 鹿撃帽とインバネスコート。

 死ぬこと以外をかすり傷にするアーティファクトと、着用者に危機が迫った時に自動でその人間の身体を動かして回避するアーティファクトがある。

 俺が通常の銃弾で死ぬことはまずない。


 だが、商売道具のことを、こいつに話す気はない。


「だが、俺の方がいい」


 それだけ告げる。

 新田は、数秒だけこちらを見て__


「……ま、ええか」


 肩をすくめた。


「なんかあるんやな? 任せるで、如月君」

「そっちこそ、足引っ張んなよ」


 それで十分だ。


 探偵同士もまた多くの場合、敵対こそしないが、しっかり味方ということもない。

 俺はそのまま先頭に立ち、河川敷を離れる。


 人の流れを逆らうように抜け、

 屋台の灯りを背にして、暗がりへ。


 次の瞬間__


「っ!」


 空気が裂ける感触に、反射的に身体が動いた。

 足を止めず、わずかに身体を逸らす。

 インバネスコートに頼らない、自力と勘による回避。


 直後、背後で土が弾ける音。


「まだおるな!」

「ああ!」

「防いでくれると思っとったからビビったわ」

「悪かったな」


 互いの気を落ち着けるために敢えていつも通り軽口を言い合いながら走る。


 相手が銃で対処してくるなら、このまま走り続ければいい。

 変に止まって、何か未知のアーティファクトを使う隙を与えれば、それこそ終わりだ。


 もう一発、今度はかなり近くに着弾した。

 だが、当たらない。


 身体が勝手に動く。

 踏み込みを変え、体重をずらし、軌道を外す。


 考えるまでもない。

 コートが、勝手に最適解を選んでいる。


「おいおい、なんやそれ……」


 背後で新田が何か言っているが、無視する。

 今はそれどころじゃない。


 住宅街へと入り込むと灯りは少なく、視界はさらに悪くなる。


 だが、3発も撃ったのが仇になったな。

 もう位置ははっきりしている。


 あと、少し__


 __パン。


 今度は僅かながら銃声も聞こえた。

 最後の一発が、すぐ横を抜ける。


「そこか!」


 角を曲がる。

 視界が開けると__


「……は?」


 思わず、足が止まる。


 そこにいたのは、銃を構えた一人の男。

 昼間、岸辺に気絶させられていた__APPの捜査員だった。


 その目は、焦点が合っていない。

 こちらを見ているようで、見ていない。


「……なんなんだよ、一体」


 思わず漏れる。

 男は、ゆっくりと口を開いた。


「貴様ら探偵は、日本に不要な害虫だ」


 抑揚のない声。

 感情が乗っていない。

 ただ言葉だけを吐き出している。


「秩序を乱し、勝手な理屈で動き回る……不要な存在だ」

「おいおい、そんなキャラやったんか。クセ強いのは岸辺の爺さんだけでお腹いっぱいやて」


 新田が挑発的に言う。

 だが、男は反応しない。


「駆除すべきだ。今すぐにでも」


 そのまま、銃口がこちらに向く。

 躊躇はない。


 __パン。


 撃つ。

 射的のコルクでも撃つように、鉛の実弾を。


「っ!」


 身体が動く。

 コートが俺の腕を引っ張り、その反動で俺は一歩踏み込み、軌道から逸れる形となる。

 銃弾が頬の横を掠めていく。


「貴様らは不要だ。排除する」


 __パン。


 __パン。


 連続して放たれる銃弾。

 その全てが狙いは正確だ。

 アーティファクトなしではこの場に立ち続けることもできなかっただろう。


 それでも俺は足を止めず、コートが導くままに前へと出る。

 踏み込みを変え、体重を流し、弾道の外へ抜ける。


 インバネスコートが、最適な動きを選び続けるが、それだけじゃない。


 自分の感覚でも分かる。

 これは避けられる。

 狙いが正確な反面、単調なのだ。


「駆除する。排除する。害虫は__」

「大物の一人でも捕まえてから言ってもらいたいね」


 距離を詰める。

 あと数歩。


 __パン。


 最後の一発が、胸元を掠めた。

 それでも止まらない。

 手を伸ばせば届く距離まで詰め切った。


 その瞬間__


 乾いた音がした。

 ぱきん、と。


「……?」


 男の手の中で、異変が起きる。


 拳銃が、崩れた。

 金属の塊が、まるで内側から砕けたように、細かく割れて地面に落ちていく。


「なっ……」


 男の口から、初めての人間らしい温度のある驚きの声が漏れる。

 銃は完全に機能を失い、残骸だけが手の中に残った。


 俺は反射的に振り返る。


 背後。

 少し離れた位置に__新田。

 右耳には、緑の宝石が嵌め込まれたフクロウのピアス。

 そして手には、一本の万年筆。


 さっきまでの軽い空気はどこにもない。

 静かにこちらを見ていた。


「……そんなにパンパン撃ったら、中身まで丸聞こえや。ごてごてステンレス部品を積んでることまでな」


 ぽつりと、新田が言う。

 俺を囮にいいとこどりしやがって。


「まあ、ナイスアシストってことにしといてやる……よっと!」

「ぐっ!?」


 男の注意が手の中の残骸に向いた隙を逃さず、こめかみに蹴りを叩き込む。

 その一発で男は地面に膝から崩れ、完全に伸びて倒れ落ちた。


「やるやん、如月君。怪盗相手に商売しとるだけあるわ」

「それはお前もだろ。しかし、何だったんだ。個人的な思想の暴走……には見えなかったよな?」

「どうやろ。ちょっと前に一瞬見ただけやから、何とも言えんな。変な感じはしたけど」


 操られていた、とも少し違う。

 銃を破壊された時の反応は、本人の素のリアクションにしか見えない自然さがあった。


「先月、人形や木馬が操られて暴れてただろ。あれと同じやつの仕業ってことは__」


 続く言葉は、ドン、という大きな音に遮られた。

 すっかり陽の落ちた閑静な住宅街に響く、腹の底まで響くような轟音。


 続けて眩い光が、薄暗い通りを照らし、それからはドン、ドンと何度も音が続いた。

 その度に一瞬だけ昼間のように明るくなる。


 見上げれば、夜空を飾る満開の花。

 打ち上げが始まっていた。


「……いいピアスしてるな、新田」

「おおきに。残念やけど聞き違いとちゃうで。今時の花火は音の方が先に届くんやな」

「言ってる場合か! 戻るぞ!」


 光は音よりも速い。

 だからもし、今のように先に音が聞こえたのなら……最初の一回は、花火の音じゃない。


 河川敷まで戻るにつれて、状況がよく見えてきた。


 燃え盛る屋台街の一角と、それを包む灰色の煙。

 爆発が起きたのだ。

 それも、タイミングからして事故じゃない。


 会場


「なあ、如月君。よう見てみ」

「よく見えてるよ。何が言いたい」

「花火の煙は風で流れてるのに、あっちの煙はどこにも行かへん」

「……確かに」


 屋台街を包む煙の方が、何かのアーティファクトによるもの。

 そういうことか……?


「今すぐ、かつ冷静に判断せなあかんで。オレと如月君、それぞれどう動くか」

「とにかく佐々木さんと一旦合流を……」

「とにかくとかで動いたらあかんねや! 全部見たやろ! 捜査員の様子も、目の前の煙……いや、霧も」

「霧……っ!?」


 無意識に、その可能性は考えないようにしていた。

 俺のその逃げ腰を、きっぱりと新田は否定してくる。


 APP捜査員のあの様子は、洗脳。

 目の前に広がる、風に飛ばされない灰色のガスは、霧。


「まさか、来てるのか……"東海の黒い霧"。大怪盗フィクティオが」


 



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