第64話 浅ましい待宵のスナイパー
「もう一回! もう一回だけやらせてもらえれば、必ず落とせますから!」
「いい加減にしろ」
七海は意地になって射的を繰り返し、次でもう4回目になる。
その間、狙っているお菓子の大箱は微動だにしていない。
「いや、本当に最後の一回ですから!」
「お前なんかいろいろ危ういよな。将来ギャンブルとか、絶対やめておけよ」
源さんみたいになるぞ、とはさすがに言わないでおいた。
根負けして、もう一回分の料金を店主に渡し、スマホを開く。
不在着信が4件、いずれも同じ番号だが、知らない番号だ。
今日一日少しだけ気になっていた。
一番に考えられるのは、俺の番号をどこかで知った人からの仕事の依頼だ。
今出てもどうせすぐには動けない。今日一日は怪盗ノーゴールドで手一杯だ。
そう思っていったん放置したのだが、それにしても4件となるとなかなかしつこい相手だ。
「なんか忘れてる気もするんだよな……」
あまり人を疑い過ぎるのもよくないが、仕事柄イタズラ電話もたまにある。
絶対に電話に出るまであきらめないメンタリティのイタズラはあったことがないが。
「おっと。……新田からか」
ぼんやり画面を眺めていると、新田から着信が入る。
そういえば、煙泥棒のアーティファクトのことも、飛行物体のことも何も共有していなかったな。
忘れていたといえば忘れていたが、俺と新田の二人でかかるような話でもあるまいと思っていたという方が正しい。
「よう、どうした? やっぱり一緒に花火見ようなんて気色悪い話じゃねえだろうな?」
一応、怪盗捜査中なので着信拒否はしないでやったが、先にこちらから嫌味をぶつけてやることにした。
「うわ、なんやいきなり。東京風のもしもしはそない刺々しいんかい」
「埼玉もそんな変わんねえだろ。で、何の用だ?」
エセ関西弁の埼玉県民を制し、要件だけ聞き出そうと試みる。
「ま、ええわ。なんや河川敷をキョロキョロしながら走り回ってる兄ちゃんがおるんやけど、どう思う?」
「もうすぐ打ち上げだし、場所取り……ってわけじゃなさそうなんだな? お前が電話してくるってことは」
「他に人が集まってへんから、ここで場所取りはないやろな。ついでに、訓練されてる感じもないからAPPの覆面捜査官でもなさそうや」
辺りを見回しながら走る不審者……か。
望遠鏡のようなもので空を見ている人間がいないか探している怪盗ノーゴールド、そう考えても矛盾はないな。
「念のため見失わないように後をつけてくれ。そいつがノーゴールドの可能性もゼロじゃない」
「ほう、なんや心当たりがあるんやな。教えてくれてもよかったのに」
「それに関しては悪かったよ」
「ほな、追いながら場所を送るわ。如月君も来るやろ?」
「ああ、他に手がかりもないしな」
一度電話を切り、七海には適当な場所で待ってるよう伝えようと、向き直ると、すぐ目の前に膨れっつらをして立っていた。
その腕に、大きなお菓子の箱を抱えて。
「見てなかったでしょ」
「いや仕方ないだろ。仕事の電話だったんだから」
つい言い訳口調になってしまうが、冷静に考えて俺は別に悪くないはずだ。
そう思い直し、毅然と伝える。
「どっか、花火がよく見えそうな場所を探しといてくれ。さくっと怪盗を捕まえてくるから」
「え、間に合います?」
「俺が戻らなそうならネオンライオットにでも連絡して合流しろ。まあ、俺も実物見たからあの高そうな浴衣の中に混ざるのが気後れするのはわかるけど……あいつらも喜ぶと思うぞ」
特に、七海が一人で合流したなら、傷心中のリオは確実に喜ぶだろう。
「……わかりました。じゃ、如月さんも合流できるように急いでください。待ってますから」
「おう、さくっと片付けてくる」
軽く右手を上げ、七海に背を向ける。
新田から送られてきた位置情報に向かい、足早に人の波を縫って進んだ。
さっきまでよりも明らかに人が増していた。
打ち上げ直前__その空気が、会場全体を包みはじめている。
立ち止まる人間も増え、
空を見上げる視線も、ちらほらと混ざりはじめていた。
だが、今となってはそれを気にする必要はない。
この時刻まで至ってしまえば、それは単なる花火の観客の振る舞いだし、何より新田が目を付けた人間がいる。
もちろんそいつが怪盗ノーゴールドである保証はどこにもない。
だが、もし違うならこの勝負、怪盗の勝ちだ。この状況で他の候補を見つけ出すことなどできはしない。
「……こっちか」
スマホに表示された位置を頼りに、屋台の列を外れ、河川敷の開けた方へ出る。
人混みが、だんだんと少なくなっていく。
その先に__いた。
「お、来たか。如月君」
手をひらりと上げる新田。
その視線の先。
少し離れた場所で、二人の男が向かい合っていた。
「だから、そのカメラを下ろせって言ってるだろうが」
低く、苛立った声。
痩せこけた男だ。
頬はこけ、目だけが妙にぎらついている。
一方で。
「いや、だから空を撮ってただけなんですけど……」
困ったように返す、小太りの男。
手にはカメラ。
レンズは、まだ上を向いており、素人目にも高級感があり、おそらく高性能なのだろうと思わせる大きなカメラだ。
「空なんか撮る必要ねえだろうが」
「いや、ありますよ。普通に撮るでしょ、空」
「だから下ろせって言ってるんだよ!」
会話になっていない。
まだ打ち上げ前とはいえ、花火大会で空を撮影しているのは何も不自然なことではない。
小太りの主張は真っ当なものだ。
執拗にカメラを下ろさせたがっているガリガリの方が意味の分からない言動を繰り返していると言える。
「……」
俺は、わずかに目を細めた。
カメラを下ろさせたい理由は単純だ。
空を見ている人間に対して、異常なほど執着せざるを得ないのは、痩せこけた方が怪盗ノーゴールドだから。
よく見ればレンズの向きは飛行物体が見えていた方を向いている。
そして、肉眼で見えない高度まで飛んでも追える性能があると、そうノーゴールドが思っても不思議はないほどに、大きくゴテゴテしたカメラだ。
彼が及川の仲間のオカルトマニアで、本当に飛行物体を撮っていたのか、運悪くそう見えてしまった一般客なのかは、この際関係ない。
状況証拠は十分だ。
新田の横に並び、わずかに顔を寄せる。
「……あっちだ」
小声で告げる。
視線は動かさない。
「痩せてる方か?」
「ああ。ほぼ間違いない」
新田が、短く鼻を鳴らした。
「まあ、せやろな。おかしいこと言っとるんはあっちやし」
それ以上は何も言わずとも、新田には通じているだろう。
だが__
「……」
問題は、別のところにあった。
現状、あの男は何もしていない。
ただ言いがかりをつけているだけだ。
それだけで取り押さえる理由にはならない。
「……どうする?」
新田が、小さく問う。
「待つしかないな」
短く答える。
視線は、痩せこけた男から外さない。
あの様子だ。
時間の問題だろう。
そして――
「だから下ろせって言ってんだろうが!」
声が、一段上がった。
小太りの男が、わずかに後ずさる。
「いや、ちょっと……なんなんですか急に」
「いいから寄越せ!」
次の瞬間だった。
痩せこけた男が、腕を伸ばす。
カメラを掴みにいった。
「__今だ」
「せやな」
二人同時に、地面を蹴る。
距離は、数歩。
一気に詰める。
「なっ__」
男が反応するよりも早く、その腕を押さえ込む。
反対側から新田が体勢を崩し、地面に叩きつける。
「ぐっ……!」
短い抵抗。
だが、その程度だ。
力任せに押さえつける。
「はい、そこまでですよ。えっと……とりあえずはひったくり犯さん」
低く告げる。
男の動きが、止まった。
観念したように、力が抜ける。
周囲の視線が、一斉に集まる。
ざわめきが、遅れて広がった。
その中から、一人見知った顔がこちらに駆け寄ってきていた。
「……あ、沢渡さん」
「佐々木です」
「あ、いや……すいません、佐々木さん。ひったくりの現行犯です」
そういえば、源さんが言ってたな。
非番の佐々木さんが午後から来るって。
不在着信の主もおそらく彼だろう。
完全に忘れていた。
男を佐々木さんに引き渡すと、さすが北園寺の警官。
非番で私服でも手錠は携帯していた。
「くそ! 花火大会なんか雨で中止になればいいんだ! 金持ちどもがのんきに遊びやがって!!」
男はわめきながら佐々木さんに引きずられていく。
「もしかして、ノーマネーって意味か? ノーゴールドって」
「如月君がそう思うんなら、そうなんやないか? こっちのネーミングセンスは、そんな感じなんやろ?」
新田が興味なさげに頷く。
「え!? 彼が怪盗ノーゴールドなんですか? アーティファクトは?」
事態についていけていない佐々木さんだけが、慌てた様子で矢継ぎ早に疑問を投げかけた。
「まあ、十中八九そいつです。アーティファクトの方は……ちょっと回収が面倒な状況にありまして……」
花火大会が終わって人がいなくなれば、偶然飛行物体を目にする人が誰もいなくなれば、浮遊する力を失って勝手に落ちてくるとは思うが、今はどうしようもないな。
「ほな、あとはゆっくり花火を待つだけ__っ!?」
「っ!!」
新田が突然地面に転がる。
一拍遅れて、俺も地面に伏せた。
「……洒落にならんで、ほんま」
「最初にお前を狙うあたり、よくこちらをご存知なんだろうよ。認めたくないが、お前の方が厄介だからな」
新田の立っていた地面には、穴と焦げ跡。
すなわち、弾痕。
どこかから、銃撃を受けた証。
打ち上げまでは、あと10分を切っていた。




