第63話 止まない視線のアブダクション
「……ちょっと実験してみようか」
アーティファクトと思われる飛行物体に関する仮説が立った。
七海が見失ったり、見つけなおしたりすることへの、いくつかあり得る答えの1つ。
「実験、ですか?」
「ああ、うまくいけば怪盗を捕まえることなくアーティファクトに対処できる」
「とりあえずソースが降ってこないなら今日のところはそれでってことですね!」
「だからソースは降ってないっての。まあ、気分的にはソースだけど」
あの飛行物体、俺には曖昧にしかその姿が見えないのは純粋に視力の差だとしよう。
目はともかく、七海の身体能力が規格外なのはよく知っている。
その七海がたまに見失うという現象、最初は怪盗ノーゴールドがこちらの探りに気がついて、姿を隠したのかと思ったがそれは明確に違う。
だったら最初からずっと隠しておけばいい。
「で、実験って何するんです?」
「困った時の、及川だ」
言いながらスマホを取り出す。
周囲の邪魔にならぬよう、人の少ない方へと移動を始めながら電話をかけると、いつもより気持ち長めのコールの後、ヤツに繋がった。
「……なんでござるか。ご主人様の寛大さと、相手が真守殿だから特別に出てあげたでござるよ」
「あー……今ティミーか、悪いことしたな」
「まったくでござる」
ティミーというのは北園寺のメイドカフェ&バーにして、ネカフェ以外に及川が姿を現す数少ないスポットだ。
それですら月に数回だが。
「花火大会に来ないか? 角川の」
「真守殿……そんな陽キャの詰め合わせみたいなところに某が行ったら爆発するでござる」
「花火でもリア充でもなくお前が爆発するのか……見たくないな」
「きゅい」
「……素直に汚え花火だって言え。一瞬分からなかったぞ。ってか、そうじゃなくて、ユーフォーが空に浮いてるんだが、見に来ないかって話だ」
雲を作り、雨を降らせるために、換気扇という換気扇から煙を盗むアーティファクトを空へ浮かべている。ここまでの推理は十中八九合っているはずだ。
そして、さっきも考えた通り、その姿を自在に隠せるのなら最初からそうしている。
だから、七海が見えたり見えなかったりするのは単純に見える限界の高度にいるからと、まずは考えてみるべきだ。
それも、目的からして高度が安定しないのは怪盗ノーゴールドの望んだ動きではないはず。
「ほう、ユーフォーでござるか。それは見たいでござるな」
「だろう? オカルト掲示板の仲間にも教えてやっていいぜ」
「ふむ……真守殿こそ、素直に情報をばら撒けというべきでござるな」
「ははっ、まあお互い様ってことで頼むぜ」
では、なぜ高度が安定しないか。
ここからは推理だけでなく経験則も合わせた妄想に近い仮説だ。
飛行アーティファクトは人に見られている間高度を上げ続け浮いていき、誰にも見られなくなれば物理法則に従って自重で落ちてくる。
それが俺の考えだ。
だからこそ、七海の視力の及ぶうちは上昇を続け、高度が上がり過ぎると野生児の七海にも見えなくなる。そうなると誰にも見られていない状態となって高度が下がりはじめ、七海が捕捉できる高度まで落ちてくる。
こう考えると全ての辻褄が合う。
飛行物体の真下に来てはじめてこの現象に気がついたのも、最短距離で見る七海でようやく、どこかで双眼鏡か何かをつかって見ている怪盗ノーゴールドより、捕捉可能な高度が上回った。そういう解釈が可能だ。
「おっ、さっそく映像が来たでござる! 確かに何か浮いて、動いているでござるな」
「早いな、どんな速度で見つけてんだよ……」
「たまたま現地に同士が何名かおったゆえ」
まあ、角川花火大会は東京でもそこそこの規模の花火大会だからな。
何人かオカルト好きが来ててもおかしくはない。
「それにしたって、俺はまだどの辺にユーフォーがいるとかも言ってないぞ」
「真守殿なら真下かと思い、携帯のGPSを見たでござる」
「なんで俺の位置情報をお前が見れるんだよ……。許可した覚えないぞ」
「それくらいお茶の子のこのこ虎視眈々でござる」
「ああ……そうかい」
せめて普通に喋ってくれ、怖い。
「で、どうだ? どんどん高度を上げてたりするか?」
「よくわかったでござるね。映像ではどんどん上がってるでござる」
「成層圏まで追えるか?」
「ご冗談を」
まあ、それはさすがにだな。
宇宙まで飛んでってくれればそれで一件落着なんだが。
「そのまま、誰かしらがユーフォーを追ってるくらいには、話題になるようにしててくれ」
「はあ、最近人使いが荒いでござるな」
デカいため息が通話越しに聞こえてくる。
あきれ顔も、肩をすくめるアクションもすべて見える気がするほどのため息だ。
「悪いとは思ってるよ。あっさり解決したら、マユミさんの浴衣姿でも撮影して送ってやるよ」
「キョウカ様もお願いするでござる」
「……わかったよ。いい趣味してるよ、お前」
電話を切り、振り向くと七海が不思議そうに見上げていた。
「えっと、つまり?」
「人に見られてるとどんどん浮いていくアーティファクトっぽいってことだ。狙った高度に留まれない以上、これ以上雲は大きくならない」
「ノーゴールドはどう見つけるんでしょうか?」
「作戦が失敗したわけだからな。何か動いてくるのを待つしかないな」
多少頭の回る怪盗なら、誰かが倍率の高いズームでアーティファクトを見続けていることに気がつくだろう。
うまく行けば、この会場でカメラや双眼鏡を使っているやつをドタバタと探し回ってくれるかもしれない。
「つまり……しばらく遊んでていいわけですね!」
「なんか癪だが、そういうことだ」
言った瞬間だった。
「じゃあ射的行きましょう!」
「なんで最初に戻るんだよ」
間髪入れずに来るあたり、最初からそのつもりだったな。
「さっきは仕事って言われたから引いたんですけど、今はいいんですよね?」
「まあ……そうだが」
「じゃあ決まりです!」
返事を待たずに歩き出す七海。
人混みの中を器用にすり抜けていく背中を見て、ため息を一つつく。
……仕方ない。
七海を前にして、とりあえず待つだけなんて言えばこうなるのは目に見えていた。
怪盗を捕まえたわけではないが、ノーゴールドが何かしないことにはこちらも何もできない。
それならこの祭りに自然に溶け込むことが、今できる最善だ。
そう自分に言い聞かせて、あとを追う。
「ほら、ここです!」
連れてこられたのは、さっきも見かけた射的の屋台だった。
木製の台の上に、菓子や小物が整然と並べられている、どこにでもある射的屋。
子どもが一人、真剣な顔でコルク銃を構えていた。
「で、何発だ?」
「え?」
「やるんだろ。金払うから」
言うと、七海は一瞬だけきょとんとして、それからにやりと笑った。
「いいんですか? さっきはやらないって言ってたのに」
「条件付きだ」
「条件?」
「外しても騒ぐな」
「そこですか!? わたし子供じゃないんですよ!」
しょうもないやり取りを聞いていた店主が、苦笑しながらコルク銃を差し出してくる。
七海はそれを受け取り、軽く重さを確かめた。
「……ふふ」
小さく笑う。
いつもの調子だ。
「何狙うんだ?」
「決まってるじゃないですか」
銃口がゆっくりと上がる。
狙いは、一番奥。
少しだけ大きめの箱菓子。
「こういうのは、一番いいやつ狙うに決まってます」
「欲張りすぎて全部外すパターンだな」
「見ててくださいよ。これでも静岡の射的キングと呼ばれてたんですから」
「キングなのか、クイーンじゃなくて」
「いいんですよ細かいことは!」
これは絶対そんなあだ名で呼ばれたことないな、と眺めていたが、銃を構え息を止めた七海は思いのほか様になっていた。
__パン。
軽い音がして、コルクが飛ぶ。
だが。
「……あ」
わずかにそれた。
景品の手前をかすめて、コルクが転がる。
「ほら、どうした射的キング」
「まだ一発目です!」
すぐに二発目を装填する。
さっきよりもわずかに真剣な顔。
__パン。
今度は、当たった。
だが、倒れない。
「軽いな」
「軽いですね……!」
七海が悔しそうに歯を食いしばる。
そして三発目。
__パン。
今度は、わずかにずれて外れた。
「……」
「……」
沈黙。
「騒ぐなって言ったよな?」
「だから静かにしてるじゃないですか」
だからじゃなくて、普通に静かにしていて欲しかったが。
七海は銃を返しながら、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。
「……もう一回やります」
「おい」
「今のは調整です!」
「年相応の振る舞いへの調整は、いつやってくれるんだ?」
七海は俺の問いかけを無視し、店主は笑いながら、追加のコルクを用意する。
やれやれ、と息をつく。
空を見上げるが、今度は完全に飛行物体の影は見えなかった。
ユーフォー作戦がうまくいっているのだろう。
「……」
今は、これでいいか。
なんだかんだ言って、俺もこの時間を楽しんでいる。それは認めるしかなかった。
「ほら、次は外すなよ。射的プリンス」
「プレッシャーかけないでください! あと降格もやめてください!」
ふとスマホを確認すると、時刻は17時をまわっていた。
打ち上げまで、あと1時間。




