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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第62話 香ばしい雨雲のフェアリーテイル

「それで、何を話せばいいんでしたっけ」


 俺達は屋台の喧騒を離れ、メイン会場を外れた河川敷に座っていた。

 もちろん七海の要望するチョコバナナとりんご飴を買った後でだ。


「屋台の匂いが薄いって話だ」

「その話なら、別に続きとかありませんよ? 言った通りです。なんか味の割に、お祭りっぽい匂いがしないなってだけで」


 右の頬をたこ焼きでパンパンにしながら器用に喋る七海。

 戦利品の食べ物がまだまだ詰まった袋が、その手首で揺れる。


「チョコバナナとりんご飴はどうだった? もともとソースの匂いほどじゃないのは分かるが、何か違いはあったか?」

「えー……そう言われましても。たぶん、普通だったと思いますけど、わたし犬じゃないですから」

「犬ほど賢くないのは知ってる」

「そこじゃないです」


 そう、問題はそこじゃない。

 七海の冗談に付き合ってるヒマはないのだ。


「たこ焼きはどうだ?」

「あ、たこ焼きは匂い薄かったです。なんですかね、ソースが変なんですかね」

「その可能性もないではないが、おそらくポイントは、換気扇だ」

「換気扇?」


 たこ焼き屋の店主が故障を疑っていた換気扇。

 煙を店から排出すること自体はうまくいっていた。

 問題はその先だ。煙は忽然とどこかへ消えていた。


「味は薄くないんだろ?」

「はい、おいしいです!」

「うまいかどうかは聞いてない」

「如月さんの奢りなのでおいしいです!」

「もっと聞いてない」


 やはりだ。

 おそらく匂いが薄いと七海が感じる理由は、換気扇によって吸われた煙や湯気がどこかへ消えているから。

 そして、どこに消えたかもおあつらえ向きの候補がある__上にな。


「周囲の換気扇が吸い込んだ煙を転送するアーティファクト。それが怪盗ノーゴールドが使ってるブツだ。そしてその転送先が上空、お前が見えると言ってた飛行物体だ」

「そんな名前の怪盗だったんですね、今回」

「あっ」


 しまった。

 ついいつもの癖で七海も知っているものとして話してしまった。

 ……最近たるんでるな、俺。


「でも、煙なんか盗んで何する気なんです?」

「……まあいい。ここまで来たら全部話す。怪盗ノーゴールドは予告状で、角川花火大会をいただくと言っていた。煙や湯気を吸いこんで、あの飛行物体に飛ばしてるのだとすれば、目的はおそらく__雲」

「雲……?」

「つまり、雨を降らせて花火大会を中止にするってことだ」


 我ながら、相当バカなことを言っている自覚はある。

 今回は怪盗自らバカを晒しているわけではないのに、北園寺の怪盗どもに毒されているとも思う。


「いろいろ分からないんですけど、まずそもそも、屋台の煙を集めて雨なんて降らせられるんですか?」

「まあ、普通に考えたら無理だ。失敗すると思う。ただアーティファクトを相手に普通に考えるのは愚策だ」


 仮に飛行物体の位置にある雲が、全面的にアーティファクトで作ったものだとしても、時間経過でサイズがあまり変わっていない。

 このままだと打ち上げ開始に間に合わない。


「今のところは無理そうだが、ついさっき、午後3時からオープンする屋台も多いからな。その煙も合わせれば間に合うのかもしれないな」

「換気扇の煙で、空を飛んでるんですよね? アレ」

「いや、集めた煙は上向きに噴射してるはずなんだ。雨雲を作ろうとしているなら。だから飛んでいる理屈は、また別のアーティファクトだと考えている」

「怪盗アリスみたいな、二台持ちってことですね」


 仮にもアーティファクトを、そんなスマホみたいに言わないでほしいが、まあそういうことだ。

 面倒なのでただ頷く。


「あとこれ大事なことなんですけど、雨が降ると花火大会って中止になるんです?」

「よく気がついたな。よほどの豪雨でシンプルに観客の安全に関わるとか、前日までの雨で川の水位が上がっているとか、そういうことでもなければ、雨で中止にはならない」

「え……じゃあ、これ、今何してるんですか? その怪盗ノーゴールドって」

「……何してるんだろうな」


 七海に言われるようじゃおしまいだな。

 まあ、何も成せないならそれは喜ばしいことということにしておこう。


「じゃあ、雲が急にものすごく育つとかじゃなければ、放っておいていいってことですか?」

「怪盗を名乗ること自体が犯罪なのと、飛行物体の理屈が分からない以上、落ちて来る危険性を考えると放置はさすがにまずいな」


 逆に言えば、その程度の脅威ってことになるが。


「あと……わたしバカだからよく分からないんですけど」

「本当は賢いやつが鋭いこと言うとき専用のフレーズだぞそれ。お前が使っていい言葉じゃない」

「だからわたしが使ってるんです。焼きそば屋さんとかたこ焼きさんの煙を集めて、雲を作ってるんですよね?」

「ああ、予想だけどな。他に煙泥棒をする動機が思いつかないし」

「じゃああの雲からは、ソースが降ってくるんですか?」

「やっぱりバカじゃねえか」


 日本は平和だな。

 こんなのでも17年は生きられるらしい。


 ……いや、待て。


「理屈的にはないはずだが……アーティファクトだから可能性はゼロじゃない」

「なーんだ、ソースもマヨネーズも普通は降ってこないんですね。安心しました」

「ただ、なあ……」

「なんです?」

「いや、気分的に……なんか嫌だよな。その雨浴びるの」

「あー……まあ、たしかに」


 仕方ない。

 これでも怪盗逮捕の仕事で来ているんだ。


 重い腰を上げ、立ち上がりながら呟く。


「一応、探すか」

「……そうですね」


 戦利品を完食した七海もゆっくり頷いた。




 再び屋台の並ぶ通りへと戻る。


 さっきよりも人は増え、通路はさらに狭く感じられた。

 肩が触れ合う距離で、客同士が行き交っている。

 視界のほとんどが、人で埋まる。


「……さっきより探しにくいな」


 小さく呟く。


「ですよね。さっきはまだ余裕ありましたもんね」


 七海も同じように周囲を見回している。


「いいか、さっきの続きだ」

「空見てる人、ですよね」

「そうだ」


 


 俺は歩きながら、意識的に人の顔を追う。


 上を見上げている人間。

 立ち止まっている人間。

 周囲から浮いている人間。


 そうやって、行き交う人々の様子を観察しながら歩いていく。

 

 だが__


「……いないな」


 思わず口に出る。


 誰も空なんか見ていない。

 皆、屋台を見るか、連れを見るか、手元の食べ物を見るか。


 まあ、当然だ。

 打ち上げはまだなんだから上を見る理由がない。


「どうです?」

「ゼロだな。それっぽいのは一人もいない」


 七海も少しだけ首を傾げた。


「わたし、ちゃんと見えてるんですけどね。あれ」

「俺にも、なんとなくは分かるが……」


 視線を上げる。


 雲の下。

 確かに何かあるような、ないような。

 はっきりとは見えない小さな点だが、一度意識してしまえば確かにそこに何かある。


「でも、それを見てる人が他に見当たらないですね」

「ああ」


 短く答える。


 正直、仮説に仮説を重ねた上での行動だ。

 あてが外れて当然、ダメで元々だ。


 あれを操作している人間がいるなら、どこかで見ているはず。

 そこからして仮説だ。

 普通は自分がしかけたアーティファクトが気になって、見てしまうと思うが、そうしない性格の怪盗ということももちろんあり得るし、何か別のことをしていて見ていないことだって考えられる。


「……」


 もう一度、周囲を見渡す。


 だが、結果は同じだった。

 誰も空など見てはいない。


「ダメみたいですね」


 七海が、素直に言った。


「見てる人、いないです」

「ああ」


 頷く。

 収穫はない。


 怪盗がアーティファクトを持参し、もし飛行物体がただ空に浮かぶだけのアーティファクトなら、少なくとも真下から上げたはず。

 そう考えて真下付近まで来て見たが、もう移動したのか。本来もっと自在に飛ばせられるのか。


「常にあの位置を視認できる場所……」

「じゃあ、土手の上とか?」

「それか、もう少し離れた場所だな」


 七海は少しだけ考えて、ぽんと手を打った。


「じゃあ、さっきいた河川敷の端とか!」

「可能性はある」


 だが__


「それなら俺達がさっき見た時に、それっぽい奴がいてもいいはずなんだがな」

「……あ」


 七海の顔が、少しだけ曇る。


「たしかに……いませんでしたね」


 他にも、岸辺と新田がいたあの場所。

 記憶を辿るが、あそこにも、それらしい動きをしている人間はいなかった。


「……じゃあ、どこにいるんですかね」


 七海が首を傾げる。

 俺は、少しだけ目を細めた。


 やはり俺には、見えているような、見えていないような……正直後者の気分だ。


「あ、消えた」

「は? 消えた……?」


 となりで空を見上げる七海が、不意に不穏すぎることを呟いた。


「はい。全然見えなく……あ、戻ってきた」

「適当だな」

「いやでも本当なんですよ。あ、ほらまた消えて……ないです。いました」

「ほらって言われても」


 いや、待て。

 本当に、姿を点滅させるように出現と消失を繰り返しているのなら、いくつかまた考えられるな。


「……ちょっと実験してみようか」


 打ち上げまで、あと2時間。

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