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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第60話 厚かましい焼きそばのソムリエ

 新田と別れて、俺は再び屋台の並ぶ通りへと足を向けた。


 さっきまでいた河川敷の端とは違い、祭りの空気が満ちはじめ、人の密度も、一段上がっている。


 焼きそばの列は伸び、たこ焼きの鉄板は休む間もなく回り続けている。

 呼び込みの声も、さっきよりずっと大きい。


「……賑わってきたな」


 足を止めずに、周囲を見回す。


 人の流れは相変わらず自然だ。

 人だかりになるような、ちょっとしたハプニングもなく、陽気に穏やかに流れていく。


 これでまだ1時過ぎ。半分の出店のオープン前だ。

 岸辺のようにあからさまに強い視線を投げられなければ、この中で特定個人の不審な行動に気がつくというのは困難だろう。


 同じ屋台の前を何度も往復する人間。

 買うでもなく、立ち止まっている人間。


 ずっと同じだ。

 何人か目に留まるが、怪盗の疑いがあるというわけではない。


「……やっぱりこんなもんか。岸辺も新田もいるが、この人の多さではどうにもならないな」


 呟いて、歩き続ける。


 無理に探しても意味はない。

 こういうときは、流れの中で違和感を拾うしかない。


 屋台の列を抜け、少しだけ人の少ない通路へ出る。


 その時だった。


「……あ」


 聞き覚えのある声。


 反射的に顔を向ける。

 人混みの向こう。


 こちらを見て、気まずそうに立ち止まっている影が一つ。


「……何してるんだ、お前」


 七海だった。


 いつも事務所で我が物顔のくせに、妙におとなしい顔をしている。


 そして、周りを見れば__一人だ。


「……いや、その」


 七海は視線を泳がせる。


「まあ、いろいろあって……一人です」

「見たまんまだな」


 短く返す。

 わざわざ言われなくても分かる。


「お前、結局誰も捕まえられなかったのか」

「違います! わたしが選ばなかっただけです!」

「嘘つけ。まだ1時過ぎだぞ。あてが尽きたから諦めて来たんだろう」


 七海はむっとした顔をしたが、すぐに視線を逸らした。

 ほんの少しだけ、居心地が悪そうに見える。

 ……珍しいな。


「で?」


 俺は歩きながら、隣を通り過ぎる。


「どうするんだ。一人で回るのか?」


 一歩遅れて、足音がついてくる。


「……回りますけど」

「そうか」


 それ以上は何も言わない。

 七海も、少しだけ間を置いてから口を開いた。


「如月さんは?」

「仕事だ」

「ですよね」


 納得したように頷く。


 そのまま、並んで歩く形になる。

 屋台の喧騒の中、言葉は途切れる。


 だが、不思議と気まずさはない。

 人の流れに紛れながら、二人で同じ方向へ進む。

 ただ、それだけの時間。


「……」


 ふと、七海が足を止めた。


「なんだ」


「……あれ」


 指さした先。

 射的の屋台。

 子どもが景品を狙って、真剣な顔で銃を構えている。

 その横で、親が笑っている。


「……やります?」


 七海が、少しだけ遠慮がちに言った。

 ほんのわずかに、期待が混じっている声。


「やらん」

「こっちが気使って誘ったのになんですかその言い方は!」


 すぐに騒ぎ始める。

 ……やっぱり、こいつはこっちの方がいいな。


 そのまま、また歩き出す。

 人の流れは、さらに濃くなっていく。


「あんまり匂いがしてきませんね。東京だとこんな感じですか?」

「は? 匂い?」


 そしてまた、いつも通り訳の分からないことを言い出した。


「焼きそばとか、たこ焼きとか……そういう匂いです」

「どんな話題のチョイスかと思ったらそういうことか。奢らないぞ」

「違いますよ! 単純にちょっと不思議に思っただけです。東京だと香水付けてる人が多いからとか、そういうことなのかなと」


 一応、気にしてみるが、祭り特有のソースの匂いはする。

 何も不思議なことはない。


「気のせいじゃないか? それか、15時にオープンする店もある分、匂いの密度は低いのかもな」

「そう……ですかね? うーん、そうかも」


 首を傾げ、納得しきっていない様子の七海。


「お前がそう言うなら、ちょっと気にして嗅いでみるけどな」

「あれ? なんか素直ですね。射的のときにそれくらい素直だったら可愛げもあったんですけど」

「うるせえ。男は度胸だけあればいいんだよ」


 言ってすぐ、新田と同じセリフだと気がついて自己嫌悪に陥る。


 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないな。

 会場を周り始めて約2時間。なんの手がかりもないまま歩きまわっていただけだったのだ。

 どんな小さな違和感でも、仮に的外れだったとしても、何もないよりはありがたい。


 それに、だ。

 七海と初めて会った時を思い出す。

 たしか、こいつはプロを思わせるキッチンを自室に構えた料理好きだった。

 俺よりは嗅覚に信用を置ける。


「他に気になったところはないか? 七海」

「スーパーボール掬いのプールが大きかったです。あとで寄ります」

「そうじゃねえよ」

「あーはいはい、わかってますよ。仕事だって言ってましたもんね」

「お前の場合、素とボケの区別がつかないんだからやめてくれ」


 言いながら、チョコバナナ屋の前を通り過ぎ、ちょっと匂いに集中してみようかと思ったがやめた。

 もともと大した匂いのするものじゃないな。


「うーん……あとは、そうですね。フィーリングでいいですか?」

「最初からお前にロジカルは期待してない」

「失礼な! あーなんだったけなー、わたあめ食べたら思い出す気がするなー」


 ……こいつ。


 視界の端に、おおきなわたあめを子供に手渡している屋台が見えた。


 白く膨らんだそれを、子どもが両手で抱えるように受け取る。

 そのまま顔を埋めて、無邪気に笑った。


「ほら、あれですよ」


 七海が、さりげなく指を向ける。


「見てくださいよ。あれ食べながら考えたら、いいアイデア出る気がしません?」

「しない」


 即答する。


「冷たいですねえ」

「仕事中だからな」

「何にも手がかりないんじゃないんですか? 匂いを気にしてみるって言ってたあたり」

「……変なところで勘がいいな、お前は」


 七海は肩をすくめて、それ以上は食い下がってこなかった。

 だが、視線だけはしっかりわたあめ屋に残している。

 ……わかりやすいやつだ。


「一個だけだぞ」

「え?」


 ぱっと顔を上げる。


「話の続き、ちゃんとするならな」

「しますします! ちゃんとやります!」


 食いつきが早い。


 俺は軽くため息をついて、屋台に向かった。

 わたあめを一つ受け取る。

 七海はそれを受け取るなり、すぐには食べず、少しだけ匂いを確かめるように鼻先を近づけた。


 ……そこはちゃんとやるのか。


「で?」


 俺は横目で様子を見ながら促す。

 七海は一口だけ食べて、少しだけ考える顔になった。


「……やっぱり、変です」

「何がだ。匂いか?」

「匂いはちゃんとしましたよ。いいわたあめです。一口食べます?」

「いらんわ」


 わたあめを持ったまま、七海は周囲を見渡す。


「屋台の匂いが弱い気がするのもそうなんですけど、なんか嫌な空気を感じません?」

「嫌な空気?」

「はい、あっちの方から。すごく嫌な空気を感じます」


 七海が指さす先__それは先程岸辺と会ってきた方向だった。

 俺はもう視線を感じないが、七海が感じているのは恐らく岸辺の存在だ。


「お前、案外長生きするかもな」

「え、早死にしそうに見えてたんですか?」

「そうじゃないけどさ」


 怪盗として、な。

 岸辺は別格のオーラが出ていたとはいえ、やはり七海はいい勘をしている。

 普通の警察程度には捕まらなそうだな。


「なかなかいい情報だ、と言いたいところだがそっちはもう調べたんだ。怪盗じゃなかった」

「そうですか。けっこう寒気のする感じがあったんで、もしかしたらと思ったんですが」


 ……寒気か。

 APPと敵対する怪盗だからこその感覚なのだろうか。

 だとすれば、この会場での犯行をノーゴールドが諦めてくれるというオチも、少しは期待していいのかもな。


「じゃあ、次は焼きそば食べたいです」

「おい待て。それに見合うだけの気づきが、他にあるんだろうな?」

「……ギリ」

「ギリってなんだよ。あるかないかだろ」


 こいつ、さては単純に花火大会を俺の金で楽しみたいだけじゃないのか?

 俺の疑念が顔に出たのか、七海は早口で持論をまくしたて始める。


「いやいや、如月さん。屋台の匂いが薄いって話をしたじゃないですか。それを確かめるにはやっぱりソースの匂いが一番ですよ。そう、お祭りの定番焼きそばなら、そこを確かめるのにぴったりでしょう?」

「いや、別に買わなくても……」

「いいえ如月さん。味わわなければ、単にソースが薄いのか、それとも匂いだけが薄いのか分からない。それでは探偵として、情報収集として落第です。そうでしょう?」

「焼き方とかによるだろそれは」

「あー、わかってない。わかってないですよ如月さん。わたしがどこの出身だかお忘れですか、静岡です! そう、焼きそばの国、静岡出身のわたしが? 焼きそばの評価を? ミスるとでも?」

「…………」




 あまりにもうるさいので、買ってやった。

 俺も腹は減ってたし。


「で、どうなんだよ」

「おいしいです! 地元のには負けますけど」

「そんなこと聞いてねえ」


 花火大会用に特設されたであろう簡易ベンチに腰掛け、脚をプラプラさせながら七海は勢いよく麺を啜っていく。


「この味で、あんなに屋台から匂いがしてこないことは、やっぱり変です」

「……そうか」


 俺には正直言って理解できないが、ここは七海を信じるとしよう。

 こいつの言うことが正しくとも、怪盗ノーゴールドと関係があるかは別問題なのが難しいところだが。


「あー、あとそうですね」


 ふと空を見上げる七海。

 つられて見上げるが、新田も言っていたように少々曇ってきているな。


「りんご飴食べたら思い出すかも」

「…………もう面倒だから食いたいだけ食え。で、気がついたことは全部教えろ」



 打ち上げまで、あと4時間。


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