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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第57話 果てない警戒網のサーベイランス

 スマホの画面に表示された名前を見て、少しだけ眉をひそめる。

 源さん。

 嫌なタイミングでかけてくるおっさんだ。


 通話ボタンを押す。


「……なんだ」

『なんだじゃねえよ。てめえ、今ヒマか』

「嫌な聞き方するよな。用事によるんだが」

『新しい怪盗の予告状がきた。その話だ。ヒマになっただろ』


 断言される。

 まあ。怪盗関係の依頼なら報酬もいいだろうしな。


「で、まず何ていう怪盗なんだ? モルスじゃないんだろ」

『怪盗ノーゴールド。聞いたことあるか』

「ないな」


 正直に答える。


 現代の怪盗というのは、活動開始からそう間を置かずに逮捕されるものだ。

 名前が通っているのは、昔の怪盗ばかりだ。


 ちなみに、過去の大怪盗の名前を勝手に名乗ると殺されるというジンクスが広まっており、名前の同じ別の怪盗というケースもこの業界ではほとんどない。


『だろうな。俺も初耳だ』


 源さんが煙草でもくゆらせていそうな間。


『今回はなかなか洒落た予告状だぞ』

「ノーゴールドって名乗るセンスのやつなのにか?」

『ああ。――「今夜、角川花火大会をいただく」』


 短い。

 だが、それゆえにバカっぽいと感じさせる部分はない。

 ステラ・エトワールやアリス、仮面レオンなんかに毒されて基準が下がってる気もするが。


「……いただく、か」


 花火大会って、個人で頂いていけるものなのか?

 何かの比喩……なんだろうな。


「それ以外に何か書いてないのか? それだけじゃ、何していいかわからない」

『ねえな。具体的な時間もないし、今言ったので全部だ』

「雑だな」

『雑すぎて、警察も動きづらいんだよ』


 源さんがぼやく。


 確かに警察は対処に困るだろう。

 角川花火大会となれば、通常通りの警備は出るはずだ。

 それに追加で何か対処すべき話なのかというのは、難しいところだ。

 北園寺名物バカ怪盗のたわごとというオチも十分にあり得るわけだし。


「……」


 頭の中で、いくつかの可能性を並べる。


「で、結局例年通りの警備が出るだけか?」

『まあ、その雰囲気だ。APPの方は、俺じゃわからん』

「だろうな」


 APP、Anti-Phantom thief Policeは警視庁直轄の特別舞台だ。

 源さんは数十年前の怪盗逮捕実績で、現場では一目置かれているものの、交番の駐在に過ぎない。


「ま、現地に行ってみればわかるな」

『お、行ってくれるか。正直APPって胡散臭くて嫌いなんだよ。探偵見習いの方がまだ信用できる』

「そいつはどうも」


 そう言うなら見習いは外してほしいものだけどな。


『俺は行けないから、よろしく頼むぞ。あとから非番の佐々木がそっち合流する』

「佐々木……あー、あの人か。了解」


 そういえばそんな名前だったな。 


『何事もないといいな。そしたら花火大会を楽しむだけだ』

「周りを警戒しながら爆発物を見るのは、楽しいか微妙だけどな」


 軽口を交わして通話を切る。

 事務所の静寂が、一段と侘しく見えた。


「……怪盗ノーゴールド、か」


 鹿撃帽しかうちぼうを手に取る。

 コートは――暑いけど一応着ておこう。


 外は、快晴。

 花火日和だな。


「行くか」


 小さく呟いて、事務所を出る。

 向かう先は角川花火大会の会場。

 久しぶりの外仕事だ。




 角川河川敷に着いたのは、十一時を少し回った頃だった。

 川沿いに広がる土手は、すでに人の気配で満ちている。

 とはいえ、まだ本番前だ。


 客という雰囲気の人はいない。

 出店の準備をするスタッフが慌ただしく作業を進めている。


「……思ったより早いな」


 足を止めて、全体を見渡す。

 屋台の骨組みが並び、テントが張られ、机が運び込まれていく。

 コンロに火を入れている店もあれば、まだ段ボールを開けている最中の店もある。

 煙の匂いが、すでに少しだけ漂っていた。


 焼きそば。たこ焼き。

 油とソースの匂いが混ざり始めている。


「……腹減るな」


 まだ営業前のはずなのに、準備中の匂いだけで十分にそれらしい。

 通りをゆっくり歩く。

 店は大きく二種類に分かれていた。


 すでに火を入れて、今にも売り始めそうな店。

 まだ準備途中で、開店は先だと分かる店。


 おそらく前者が正午オープン組。

 後者が十五時組だろう。


 差は歴然だ。

 正午組は、もう商売モードに入っている。

 手際もいい。声も出ている。


 一方で、後ろの連中はまだ緩い。

 仲間内で談笑しながら、のんびりと準備している。


「時間差で回すってわけか」


 人の流れを考えれば当然だ。

 昼から夜まで、客足は長く続く。


 全部同時に開ける必要はない。

 むしろ、分けた方が効率がいい。


 視線を少し上げる。

 河川敷の上段。


 観覧スペースになるはずの場所には、まだ余裕がある。


 ブルーシートを広げている家族。

 場所取りを終えて、すでにくつろいでいる連中。

 だが、密度はまだ低い。

 ピークはもっと後だ。


「……18時、か」


 打ち上げ開始が18時。そこから演目が約1時間

 それまでは、ただの夏祭りに過ぎない。


 川の方に目をやる。

 対岸にも、同じように準備が進んでいるのが見えた。


 設営の車両が行き来し、スタッフが指示を飛ばしている。

 規模が大きい。

 この一帯全部が、会場だ。


「これをいただくねえ……」


 ぽつりと呟く。

 今のところ、不審なものはない。

 警備の数も、特別多いわけじゃない。


 制服の警官がちらほら。

 普段の花火大会と、大差はない。

 APPの気配も――少なくとも表には見えない。


「……本当に来るのか?」


 怪盗ノーゴールド。

 名前も、やり口も、何も分からない。

 予告状一枚だけ置いていった相手だ。


「単なるいたずらの可能性も十分にあるわけだが……」


 判断がつかない。

 屋台の列を抜け、少しだけ人の少ない場所へ出る。


 土手の端。

 川の流れがよく見える位置。

 ここなら、全体も見渡せる。


「……とにかく、今のうちに会場をおおまかに把握しておかないとな」


 腰を落ち着けるわけにはいかないが、立ち止まる。


 好きに計画し、好きなタイミングと秘蔵のアーティファクトで犯行を進める怪盗に対し、待ち受ける探偵は基本的に不利だ。

 その差を埋めるのが経験と知識になるわけで、だからこそ探偵というのはホームタウンを徹底的に熟知している。

 少しでもこの会場を頭に入れておくことが、今できる最善の準備だ。


 まだ時間はある。

 ここから、ゆっくり見ていけばいい。


「――さて」


 軽く首を鳴らす。


 風が、川の方から吹き上げてきた。

 熱を帯びた空気を、少しだけ押し流す。


「早速見えてきたものもあるな」


 各々準備をする人々の中、俺のように何をするでもなく歩き廻る人間もちらほらいる。

 なるべく顔や服装を覚えるようにはしているが、午後になれば人込みに埋め尽くされて意味を為さないだろう。


「これだけいるってことは、大半はAPPの覆面調査……いや、全員そうだな。怪盗が紛れられる余地はない」


 怪しい人物がいないか見回りをしている調査員が、確認できるだけで4人。

 彼らが情報共有しながらチェックをしているとなると、今ここに怪盗ノーゴールドが紛れられるとすれば、出店の従業員としての潜伏に限られるだろう。


「俺も、怪しい人物として一瞬くらいは目を付けられたかもな」


 とはいえ、一瞬のはずだ。

 ただでさえ特徴的な上に季節感までおかしい鹿撃帽とインバネスコートだ。

 対怪盗に特化したAPPが近隣の探偵を把握していないはずもない。


「で、お前はがっつり目を付けられたから俺のとこに来たってわけだ」


 視線は動かさず、背後に寄ってきた人物へ声を掛ける。


「ご名答。ほんま堪忍してほしいわ。源田のおっちゃん、オレのこと話してへんの?」

「APPとは仲悪いらしいぞ、源さんは」


 鼻につくエセ関西弁。

 大阪・祠島ほこらじまの探偵、新田成秀にったなるひでだ。

 モルスの操り人形騒動は先月以来起きていないが、新田はしつこく北園寺に滞在し続けている。


「この竜の法被も、お祭りとなると妙に馴染んでまうからかな。それともオレ、知名度足らん?」

「大阪の探偵がここにいるって発想が、普通ないってだけだろ」


 新田の方は、一瞬で終わらず、がっつり不審者としてマークされ、既にマークが外されている俺の関係者であるとAPPに示すため、話しかけてきた。そんなところだろう。


「それにしてもお前、よくここに辿り着いたな。誰から聞いたんだ」


 源さんが怪盗の情報をこいつに流すとは思えない。

 何か別ルートで怪盗ノーゴールドの情報を手に入れたのだろう。そう思っていたのだが……


「なーんも聞いてへんで。APPっぽいのが最近北園寺におったやん。そいつらが街を離れるから、変やなって思って尾行したらここや」

「お前……それは警戒されるだろ」


 どの段階で向こうの捜査員にバレたのか知らんが、少なくともこの会場までは尾行に成功したのだ。

 手練れの不審者と思われるに決まっている。


「ほんで、どうなん?」

「何が」

「今回は八大怪盗なんかっちゅう話。モルスが来とるんか?」

「いや、怪盗ノーゴールドってのが、花火大会をいただくって予告状を出したんだ。今分かってるのはそれだけ」


 ノーゴールドの正体がモルス、そういう可能性もないわけではないが。


「今回は好きにさせてもらうで。北園寺とちゃうから、縄張りの話にはならんやろ」

「ああ、別に構わん。人であふれる花火大会だ。人手は多い方がいいだろ」

「ほな一緒に回ろか?」

「絶対にごめんだ。もう捜査員からの警戒も解けたろ。どっかいけ」

「なんや、つれないなあ如月君」


 戦略的にも、どこで何をするか分からない怪盗を相手にするのに、俺と新田が固まって動いたら対応範囲が狭まる。

 あいつ、それを分かった上でわざと気色悪いこと言いやがった。


 川向うへ渡る橋へと歩を進める新田を見送りながら、聞こえるように舌打ちをしてやった。


 打ち上げまで、あと7時間。



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