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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第四章 ダメ怪盗ノーゴールドの湿った逆恨み
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第55話 冷たい雨のリコレクション

 2月の冷たい雨が突き刺すように打ちつける。

 宵闇とどす黒い雲が、傘も持たずに歩く俺達二人を、今にも吞み込んでしまいそうに思えた。


「真守。お前、この街は好きか?」

「なんだよ急に。今はそんな話している場合じゃないだろ」

「大事なことなんだ。北園寺は、好きか?」


 予告状が事務所に届いてから、師匠はどこかずっとうわの空だ。

 死神モルスという名前は、日本一の名探偵をして、それほどの警戒対象なのだろうか。


「北園寺はまあ……そこそこ好きだよ。他所に住んだことないから、あんま分からないけど」

「そうか、そこそこか。真守らしいな」


 師匠は満足そうに微笑んだ。

 いつにも増して話が見えない。


「それより、モルスだ。予告状から考えて、蔵川上水の方にいるんだろ。さっさと行こうぜ」

「まあそう焦るな。ようやく怪盗の時代が終わるんだ。少しくらい鑑賞に浸ってもバチは当たらないさ」

「終わる? モルスを捕まえても、まだウーティスにフィクティオ、八大怪盗以外だっていくらでもいるだろ」


 終わってもらっては困る。

 俺達の仕事がなくなってしまう。


「真守にもそのうち分かるさ。怪盗もアーティファクトも、探偵も、終わらせなきゃいけないんだよ。そんなもの、この北園寺に本当は必要ないんだ」

「わかんねえよ。仕事なくなるだろ」

「真守は将来どんな仕事がしたい?」

「探偵だよ。なんのために2年も修行してると思ってんだ」


 カドクラ探偵事務所に引き取られて2年。1日たりとも休まず、一人前の探偵を目指して修行を重ねてきたのだ。

 今更ほかの道など考えられなかった。


「……まあ、しばらくはそれでいいか」


 だというのに、師匠の求める答えではなかったようだ。

 肩をすくめて困ったように眉尻を下げてみせる。

 こんな風に人を観察するようになったのも、この人の教えだというのに。


「それじゃあ、そこそこ北園寺が好きな探偵志望の真守よ。これは俺からの依頼だ」

「依頼? モルスを捕まえた後にしようぜ。けっこうヤバいんだろ」


 怪盗全盛の30年前、各地方を己の欲望のままに荒らしまわった八人の大怪盗の一人。それくらいのことは師匠の話で知っている。

 まさに目の前のこの男が、そのうち3人を捕まえているせいなのか、イマイチ俺にはその脅威が伝わってこなかった。南国の背教者スキエンティア、蝦夷蜘蛛カンドール、鶴翼ミラビリス……輝かしい門倉秀樹かどくらひできの戦歴へ、今日モルスが加わるだけだ。


「予告状はしっかり読んだか? 決闘の場に来なければ、この街のすべてをアーティファクトの実験場にすると」

「だから、今から決闘を受けて立ちに行くんだろ」


 いつもよりも数段面倒な言い回しをする師匠に、俺は少し苛立ち始めていた。

 雨が頭を冷やしてくれていなければ、もっと態度に出ていたかもしれない。


「ああ、そうだ。そしてその場所が蔵川上水、沼尻公園よりもずっと南だ。そこに違和感はないか?」

「違和感?」

「つまりだ。北園寺といえるか微妙なくらい遠いだろう。この街すべてを実験場にすると言いながら、本人は遠くに構えている。ここまで言えば、わかるか?」


 北園寺のずっと南での決闘。

 この街すべてを使った大規模なアーティファクト実験。


「……モルス本人がその実験に巻き込まれないようにしている?」

「正解だ」


 パチンと指を鳴らす師匠。

 濡れているせいで鈍い音にしかならない。


「しかし、むしろ好都合だ。街のすべてを覆い、蔵川上水まで届かないように円を描いてみろ。その中心はおおよそ、駅の北側ロータリー周辺に限られる」


 俺は黙って地図を思い浮かべる。

 まあ、おおよそその辺を中心とするのが自然だろう。


「だからお前には、そっちを頼む。アーティファクトを探しだし、それを止めてこい」

「それが依頼ってことか」

「そうだ」


 少し、不満はあった。

 八大怪盗とやらと名探偵・門倉秀樹の戦いを見るせっかくの機会だと思っていたから。


 街すべてに影響する規模のアーティファクトを、俺が一人でどうにかできるのかという不安もある。


「そんな顔するな。手付金代わりにこれをやるから」


 そう言って師匠は、いつも身に着けていた鹿撃帽を、俺のぐしょ濡れの頭に乗せた。


「いいのかよ。大事なものだって言ってなかったか」

「構わないさ。俺はいい歳だし、雨で禿げても気にしない。死ぬこと以外かすり傷だ」

「ハゲは気にしてねえよ」

「それからこいつもやる」


 トレードマークのインバネスコートを脱ぎ、俺の肩に掛ける師匠。


 意味が分からなかった。

 こいつも帽子も、師匠の切り札のはずだ。


「おい、マジでどうしたんだよ。これから決闘なのに、アーティファクトなしで行く気かよ」

「ああ、必要ないからな。真守にはあまり見せてやれてないが、俺は強いんだ」


 強いのは知っている。

 この街にステゴロで俺に勝てるやつなんて、師匠くらいのものだ。


「でもよ、モルスも強いんだろ」

「俺ほどじゃない。じゃ、アーティファクト実験を止めてこい」


 デカい手が俺の頭を乱暴に揺さぶった。


「チッ、わかったよ。おいしいとこ取りしやがって」

「そんなことしてないさ。お前にとって初めての依頼だろ? しかも、この街を守れ。そういう依頼だ。それなりにおいしいとこを任せたつもりだ」


 適当に丸め込みやがって。

 さっさと片づけて蔵川上水に合流してやる。


 そう決意した俺は、何も言葉を返さず、コートに袖を通し帽子を被り直してから駅の北側へ、一人向かった。




 事務所に直接予告状を送り付けてきた以外、モルスはまだ何もしていないようだった。

 まだ電車の動いている時間の北園寺駅前は、色とりどりの傘が揺れ並ぶ、いつもの平和な街並みでしかなかった。


「隠されたアーティファクトを探すといってもな……」


 なんの手がかりもなく、おおよそ駅前にあるはずのアーティファクトを探す。

 行きかう人の波を眺めていると、改めて途方もないことに思えた。


「源さん、何か不審物の通報とか、入ってない?」


 だからこそ俺は、源さんのいる交番へと来たのだ。

 僅かでも手がかりを求めて。


「なんだお前、門倉のとこのガキが、なんでその恰好してるんだ」

「貰ったんだよ。モルスが仕掛けたアーティファクトを探して止めろって依頼の、手付金として」

「はあ? ガキがそんな簡単に身につけていいもんじゃねえぞ。そいつは、この街の英雄の証なんだ」

「知ってるよ。源さんほどじゃないけど、俺も長いこと住んでるんだ」


 このおっさん、俺とはまともに会話すらしねえ。

 聞いたことに答えろってんだ。


「はあ……で、門倉はどこだよ」

「蔵川上水。モルスから決闘の申し込みがあったんだよ」

「あん? なんだそりゃ、俺はなんも聞いてねえぞ」

「知らねえよそんなこと。いいから、不審物の通報がなかったか教えろって」


 源さんは俺を無視し、目の前で煙草に火をつけた。

 煙を見つめ、何か考え込んでいるようだった。


「おいガキ」

「如月真守って名前があんだよ」

「黙って聞けガキ」


 より一層の鋭い口調が俺を制す。


「……本当はねえんじゃねえか。そんなアーティファクト」

「は? 予告状にも書いてあったし、師匠がこの辺りにあるはずだって__」

「門倉がそう言ったから、絶対あるってか? バカか、クソガキが。自分で考えろや」

「自分で……」


 ムカつく言い方ではあった。

 だけど、それ以上に、胸がざわついた。

 何かがおかしいと、直感で感じ始めていた。


「そんなアーティファクトがあんのに、門倉の指示は探して止めろなんだろ。しかも、俺は何も聞いてねえ。なんで住民の避難誘導をしろ、じゃねえんだよ。門倉が避難しろといえば、30分もかからず街中が従うだろ」

「それは……」

「騙されたんだよ、ガキ。モルスとの闘いに、半人前以下のお前は邪魔だってことだ」

「クソ__!」


 どいつもこいつも、俺をガキ扱いしやがって。

 一刻も早く蔵川上水へ。

 そう考えて踵を返し、脚が止まった。


「決闘場所は、蔵川上水……」


 それは、予告状に書いてあったことか?

 違う。

 師匠がそう読み解いて、言っていただけだ。


 俺は自力で考えていない。


 動けずにいる俺を、源さんが背中から詰る


「おう、自分で考えたか。で? 決闘の場所は、わかるのか?」

「……わからない」

「だろうな。おいガキ、よく覚えておけ__」


 自分の心音が耳の奥から聞こえ、目の前が霞みはじめる。


「__探偵も警察も関係ねえ。自分で考えないやつは一生三流だし、そういうやつをバカって言うんだよ」





「…………」


 事務所の天井だ。背中が濡れているのは、雨ではなく汗のせい。

 顔を傾ければシェルナが丸まって寝ている。


「……夢か」


 嫌なことを思い出させる夢だな。


 万年筆を打ち付ける蛇革のナイフ__モルスのサインが見つかって以降、この街は水面下で変化していた。

 前回同じサインが見つかった怪盗ステラ・エトワールの佐藤姉妹の自宅と違い、新田が見たそれは何人かの一般市民の目にも留まってしまったらしい。


 APP、Anti-Phantom thief Policeと思われる見知らぬ警察官と何度か街ですれ違った。

 対怪盗を専門とする特殊部隊である彼らのことだ。

 私服で紛れている者もいるだろう。


「けっこうトラウマになっているものだな。モルスの存在が示されただけでこれって」


 俺に現れた変化。

 仮面レオンを捕まえ、モルスのことを聞いたあの日以来、師匠が亡くなったあの日の夢を定期的に見る。


 なんとか気分を変えようと窓を開けると、あの日とは似ても似つかぬ綺麗な朝焼けだ。

 9月ともなると早朝くらいは風が涼しく、心地よい。


「いい天気だ。花火大会日和だな」


 ありさは、NEON RIOTのみんなで行くのだそうだ。

 キョウカから聞いた。

 いい天気で良かったな。


「俺も、一度くらい見に行ってみたいもんだな。本当に怪盗の時代が終わったら、ぜひとも」


 今はまだ、この街を離れるわけにはいかない。

 北園寺を守れという依頼は、終わっていないのだから。


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