第53話 トレンドの誘引と隠し味
不慣れながらも、俺の持てる最大限の人脈を活かしたバズり工作から、数日。
「北園寺おっさん猫選手権」は、ゆっくりと、だが確実に広がっていった。
最初は、どうも知り合いのアカウントなんじゃないかと思える投稿ばかりだった。
さくらママの店の常連。飲み屋街の連中。
沼尻公園で猫に餌をやっているような人たち。
だが、それが一日、二日と経つにつれて、少しずつ変わっていく。
他の投稿を見る限り、知らないアカウント。知らない猫。
そして――知らないノリ。
「……伸びてますね」
ソファの上でスマホを覗き込んでいた七海が、感心したように呟いた。
画面には、タグ付きの投稿がずらりと並んでいる。
どれも似たようで、どれも微妙に違う。
しかめ面の猫。
寝転がって腹を出している猫。
やたら貫禄のある猫。
そして、そのどれにも共通しているのは――
「おっさんっぽいな」
俺は椅子にもたれたまま、短く言った。
「ですよね。なんなんでしょう、この絶妙な感じ」
「人間が勝手にそう見てるだけだろ」
「でも、これは確かにおっさんです」
七海は真剣な顔で頷いた。
何を基準に判断してるんだ。
スマホを取り出し、自分でもタグを開く。
投稿数は、もう初日の比じゃない。
いいねの数も、明らかに伸びている。
コメント欄も賑やかだ。
及川の言っていた「盛る」というやつも、うまく機能しているらしい。
「……悪くないな」
裏事情を知っている俺からみれば出来すぎている。
だが、不自然さはない。
あくまで「たまたま盛り上がった」範囲に収まっている気がする。
この規模なら――
「釣れるか」
小さく呟く。
「何がですか?」
七海が顔を上げた。
「猫だよ」
「いや、それはもう十分釣れてません?」
「そういう意味じゃない」
俺はスマホをテーブルに置いた。
「……目立ちたがりの猫が、そろそろ来るかなって話だ」
七海が、ぴくりと反応する。
「……ああ」
理解した顔。
「またわたしにネコミミを付けろと」
「違えよ」
「でも残念、わたしおっさんじゃなくて美少女です」
「馬と鹿の耳が似合うと思うぞ、お前には」
七海はそれには答えず、少しだけ顔を引き締め続けた。
「冗談ですよ。仮面レオン、ですよね」
「分かってるなら最初からそう言ってくれ」
あいつの性格なら、この流れを見逃すはずがない。
自分が一番目立てる場所に、必ず出てくる。
「でも、おっさん猫に変身したとして、結局またペンギンとかモルモットみたいに、どれが偽物か見抜かなきゃいけないですよ」
「そこは考えてある。カドクラ探偵事務所の総力をあげて解き明かしてみせるさ」
「如月さんしかいないでしょ」
七海が首を傾げる。
俺は、ゆっくり首を振った。
「失礼だな。そこに副所長がいるだろ」
窓際に座り、凛々しく外を監視するシェルナを顎で示す。
スマホの画面をもう一度見ると、このやり取りの間にも投稿は増え続けている。
反応も、じわじわと上がっている。
「こうなると、人は競い始める」
七海が目を細める。
「競う?」
「誰が一番面白いか、誰が一番いいおっさん猫かってな」
承認欲求のゲーム。
ルールは単純で、報酬は曖昧。
だからこそ、燃える。
「……なるほど。そういうものですかね」
七海はあまり納得していないようだった。
考えてみれば、こいつにはそういう欲はなさそうだな。
「分かりやすいのが、二匹以上同時におっさん猫を捉えた写真とかだな」
「何枚かありますね、そういう写真も。たぶん、沼尻公園のどこかだと思いますけど」
「よくわかったな、沼尻公園だって」
「他にこんな背景が自然で溢れてる場所、北園寺にあります?」
七海くらいの北園寺知識でも場所が絞り込めた。これも狙い通りだ
事実、俺が協力者達に提供したもの以外にも、ちらほら集会所の猫達の写真が投稿されているのも確認済だ。
「お前にしては上出来だ。野良猫が集まる場所は限られてるし、その場所はもうすぐ、ちょっとした人気撮影スポットになる」
俺は椅子から少しだけ体を起こす。
「そしたら、きっと仮面レオンはそこに現れるさ」
あいつは、そういうタイプだ。
ペンギンカフェ、動物園。人に注目される場所と動物をわざわざ選んで出没している。
動物の姿で、バレずに人前にいることに快感を覚えるような人間なのだろう。
虎にもなれるやつがモルモットになる理由は、それくらいしか説明がつかない。
「……じゃあ」
七海が、少し楽しそうに言った。
「そこを待ち伏せて、仮面レオンを捕まえるんですね」
「そうだが、お前は留守番な。ずっと言ってるが、一般人はおとなしくしてろ」
「え! じゃあなんで教えたんですか!? そこまで作戦知ったら、うまく行くか見たくなるでしょ!」
「そういうリアクションが面白いから」
「本当にいい性格してますよね、如月さんって」
俺も、少しだけ口元を緩めた。
本当にからかい甲斐があるやつだ。
「あと問題は、偽物の猫を見抜いたあと、鳥になって逃亡する仮面レオンをどう取り押さえるかだが……」
「いいです! 聞きたくないです! どうせわたし置いていかれて見られないんでしょう?」
「なんだ察しがいいな。ま、見たければ猫の集会所が沼尻公園のどこにあるか、自力で探すんだな」
「……意地悪」
「なんとでも言え。ま、上から見たらすぐなんじゃないか? いくらお前が木登りがうまくても、あれくらいのレベルじゃどうにもならないと思うがな」
わざと嫌味たらしく言い放つ。
すると七海の碧い瞳に、メラメラと炎が燃え始めていた。
「言いましたね。絶対見つけますから」
「おう、せいぜいがんばれ」
七海を煽りながら、ハッシュタグの検索を再開する。
猫の集会所の写真に、何匹か知らない柄の猫が混ざっていた。
そろそろだな。
七海も隣で猫の集会所の写真を見ながら、ふうと息をついた。
「……なんか、楽しそうですね」
「まさか。あんなのでも相手は怪盗だぞ」
俺はスマホをテーブルに置いた。
「まあでも、作戦がうまく行くのは悪い気分じゃない」
「そういうの、顔に出てます」
「気をつける。ともかく仕掛けは全部打った。あとは勝手に回る」
七海は少しだけ考えるように視線を落とした。
「……それって」
「なんだ」
「如月さん、やることなくなるんじゃないですか?」
思わず、少しだけ笑う。
「そうだな」
「えっ」
「しばらくは暇だ」
七海が、ぱちぱちと瞬きをした。
「珍しいですね。最近はいつもバタバタしてたのに」
「いつもはな」
椅子に背を預ける。
「いつも忙しくちゃいけないんだよ。何かあった時、対応できないってことだからな」
七海はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……じゃあ」
「ん?」
「今日も、遊びに行けたりします?」
顔はそっぽを向いたまま。
「断る」
「早っ」
即答した。
「なんでですか。暇なんでしょ」
「暇なのと遊ぶのは別だ」
「ひどくないですか?」
七海がこちらを見る。
その目は、少しだけ不満そうで。
少しだけ――期待している。
……面倒だな。
「今日は今から出かけるんだよ」
「え? 暇なんですよね」
「まあそうなんだが、先約があってな」
帽子を手に取る。
「まだ何かやることあるんですか?」
「ある」
短く答える。
「家族サービスだ」
シェルナが机の上から軽やかに飛び降りる。
そのまま、当然のように俺の肩へ――来るかと思ったが。
ひょい、と頭に乗った。
「……おい」
軽く眉をひそめる。
七海が、それを見て吹き出した。
「ははっ……それ、完全に馴染んでますね」
「やめろ」
「似合ってますよ」
「似合ってねえよ」
帽子をかぶるわけにもいかず、仕方なくそのまま立ち上がる。
「じゃあ、行ってくる」
ドアへ向かう。
七海が、後ろから声をかけた。
「……如月さん」
足を止める。
「なんだ」
振り返らずに答える。
少しだけ、間があって。
「……気をつけてくださいね」
静かな声だった。
何か察したようにも、いつもと変わらないようにも感じられる。
ほんの少しだけ、言葉に詰まる。
「……ああ」
短く返して、ドアを開けた。
外の空気は、相変わらずの熱気を帯びている。
背後で、ドアが閉まる音がする。
――さて。
今回もいい仕事を頼むぞ、怪盗マリンランタン。




