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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第52話 インフルエンサーの包囲網と猫かぶり

 翌朝。


 カドクラ探偵事務所にいるのは、俺一人だった。


 窓の外は、もうすっかり夏の光だ。

 朝だというのに気温は高く、蝉の声が遠くから聞こえてくる。


 ……まあ、今日は静かでいい。


 机の上に置いたスマホを、もう一度手に取る。


 昨夜、さくらママが投稿した写真。

 及川の仕掛けもあってか、じわじわと反応は伸びている。


 だが――


「まだ足りないな」


 自然発火としては上出来。

 だが、狙っている規模には届かない。


 仮面レオンを引っ張り出すには、もう一段階上の熱がいる。


 昨日危惧した通り、年齢層も偏っているのかもしれない。

 さすがにさくらママの人脈もあって、じわじわ広がっているが、そんなに悠長なこともしていられない。


「若い層にも火をつける必要があるか……」


 俺は小さく呟いた。

 そこで思い浮かぶ顔は、限られている。


 NEON RIOT。

 北園寺では既に不動の若者人気を獲得し、それでいて俺が声を掛けられる存在はそこくらいだ。

 言ってて悲しくなるな。七海に言われた通り、本当に精神的老化がはじまっているのかもしれない。


 ともかく、そのNEON RIOTのメンバーとなると__


「……あの人だな」


 連絡先を開く。

 少しだけ迷ってから、通話ボタンを押した。


 コール音が数回。

 やがて、明るい声が返ってくる。


『はい、マユミです。珍しいですね、如月さんから連絡なんて。どうしました?』

「朝からすいません。おはようございます」

『おはようございます。かまいませんけど、ありさのことか何かですか?』


 柔らかい声色は、それだけでこの人にして良かったと思える。


「ちょっと頼みがありまして」

『頼み、ですか? わたしで良ければ……』

「SNSの話なんですけど」

『如月さん、SNSやってたんですか? わたし探しましたし、ありさにも訊いて、たぶんやってないって』

「あー。まあ、やってないんですけど」


 なんだろう。

 興味がなくて今まで触れてこなかったが、同年代にSNSやってなさそうと思われるのはちょっと嫌だな。これを機に少しくらいやってみるか?


『やってないんでしたら、いったい……?』

「ちょっとバズらせたいものがありまして、協力していただけないかと」

『はあ……変なのじゃなければ、いいですけど』


 困惑の声。

 それはそうだろうな。さくらママが何でもすぐ受け入れすぎなだけで、普通はこうなる。


「おっさんみたいな猫を、バズらせたいんですけど」

『……はい?』


 一拍。


『ごめんなさい、もう一度』

「おっさんみたいな猫の写真を集めて、タグで回してます。北園寺おっさん猫選手権ってタグです」

『あー……あ、これを。かわいいですね』


 電話しながら早速調べてくれたようだ。


「ちょっと仕事で、必要でして」


 全部は説明できないが、協力を頼む相手に嘘もつきたくはなかった。


 電話の向こうで、少しの沈黙。

 やがて、吹き出すような声がした。


『あー、なるほど。面白そうですね。この前のペンギンカフェの続きですか?』


 察しがいいな。

 マユミさんも、仮面レオンがペンギンやヨウムに化けるのは見ていたとはいえ、猫でそこまで結びつくか。


「ええ、昨日からタグを動かしてて」


 マユミさんが何かを考える気配。


『それで、わたしはこれに参加すればいいんですよね?』

「ええ、お願いします。この街の若い層にも広げたくて、そしたらやはりNEON RIOTかなと」

『ちょっと買い被りすぎですけど、やれるだけやってみます』


 少しだけ、間。


『……ところで、どうしてわたしなんですか?』

「……何がです」

『いや、うれしいんですけどね』


 少し笑いを含んだ声。


『キョウカとかの方が如月さんと仲いいのかと思ってたので。この前も息ぴったりでしたし』


 ……キョウカは、まあ。

 思考が似てるのは否定しないが。


 俺は椅子に背を預けた。


「それはそうなんですけど」

『けど?』

「キョウカに頼むと、なんかいろいろ、からかわれたりしそうで」

『あー』


 一瞬で納得した声。


『なんか、うちのメンバーがごめんなさい』

「いえ、まあ仲良くしていただいているからこそです」

『すみません。ふふっ、でもキョウカも楽しそうに真守さんのこと話しますよ』


 笑い声。

 俺もそんなに頻繁に会うわけじゃないんだけどな。


「ありさには頼みました?」


 俺は小さく息を吐いた。


「ありさは……まあ。頼んでないです」

『妹だから?』

「ええ、なんとなく頼みづらいです」


 少しだけ間が空いたあと。


『如月さんって、ちゃんとしてますよね。変な意味じゃなくて』

「そうですかね」

『はい。ありさからたまに聞く話だと、けっこう荒れた感じの人かと思ってたので』


 くすっと笑う気配。


「まあ、話半分に聞いておいてください」

『はーい。そしたら、北園寺おっさん猫選手権、参加しておきますね』


 本当にありがたい。

 俺が本来、島崎学園のお嬢様と知り合えるような人種じゃないだけに余計にありがたみを感じる。


『ちょうどウチのメンバーも、好きそうなネタですし、それとなく声かけてみます』

「ありがとうございます。助かります」


 マユミさんは軽く笑った。


『また時間があればライブ、来てくださいね』

「ええ、必ず行きます」


 及川の要求する報酬次第では、あるいはすぐにでも。


 さて、これで導線は、揃った。

 ここから先、俺が何かしたところで役には立たない。


 さくらママとNEON RIOT、そして無理やり盛り上げるよう工作する及川。

 北園寺ローカルの流行であれば、これ以上の布陣はないはずだ。


 __だからこそ。

 俺は、次の準備に移る。


 事務所の奥で丸くなっていたシェルナに目を向ける。


「行くぞ」


 声をかけると、シェルナがゆっくりと顔を上げた。

 琥珀色の瞳が、じっとこちらを見る。


 ……相変わらず、妙に賢そうな顔をしてるな。


 手を差し出す。

 シェルナは軽く伸びをすると、そのままひょいと腕に乗ってきた。


「よし」


 肩に乗せる。

 いつもの定位置__のはずだったが。


 次の瞬間。

 す、と軽い感触が頭の上に移動する。


「……おい」


 視線だけ上に向ける。

 シェルナは、当然のような顔で俺の頭の上に収まっていた。


「そこじゃないだろ」


 軽く頭を振るが、動じない。

 むしろ安定している。


 ……まあ、いいか。

 このまま外に出る。


 向かった先は、沼尻公園。


 昨日は動物園と遊歩道、2カ所で騒ぎが起きた場所とは思えぬほどに、いつも通りの空気に戻っていた。


 芝生で遊ぶ子ども。

 ベンチで休む人。

 犬の散歩をしている老人。


 何もかもがいつも通り。

 さすがは北園寺だ、騒ぎ慣れしている。良いことではないが。


 その中を、俺は歩く。

 頭に猫を乗せたまま。


 ……視線が痛いな。


 だが気にしても仕方ない。


 目的地は決まっている。


 公園の奥。

 木陰にある、古いベンチ。


 人の出入りは多いが、常に同じ連中がいる場所。

 野良猫の集会所みたいなものだ。

 昔、シェルナを探していたときに見つけた。


「……いるな」


 ベンチの周りに、何匹か。


 思い思いに寝転がっている。

 日陰で伸びきっているやつもいれば、だらしなく腹を見せているやつもいる。


 ……いい感じだ。


 ポケットから、用意していたささみを取り出す。

 小さく裂いて、地面に置いた。


 すぐに反応があった。

 数匹が、のそのそと近づいてくる。

 警戒心は薄い。


 この辺りの人間に慣れている証拠だ。


「ほら」


 もう一つ、置く。

 猫たちはそれぞれ好き勝手に食べ始める。

 争う様子もない。


 こちらも完全にいつも通りの光景。


「シェルナも、相変わらずここの連中とは顔見知りなんだな」


 集会所の猫たちと頭上のシェルナは、互いに威嚇も警戒すらもせず、穏やかに同じ木漏れ日を浴びている。

 確認のため連れてきたが、大丈夫そうだな。ここが仲悪いと仮面レオン逮捕計画が破綻する。


 俺はその様子を見届けてからゆっくりスマホを取り出し、カメラを構えた。


 だらしなく寝転がるやつ。

 半目でこちらを見ているやつ。

 腹を出して動かないやつ。


 ……どれもいい。


 何枚か撮る。

 角度を変え、距離を変え。


 意識しておっさんっぽく見える瞬間を拾う。


「……こんなもんか」


 撮った写真を軽く確認する。

 悪くない。

 これも十分火種になる。


 バズだけなら皆に任せておけばいいが、この場所をちょっとした撮影スポットに仕立て上げたい。


 そのまま数枚を選び、送信する。


 さくらママ。

 マユミさん。

 あとは、及川にも一応。


 これで、さらに回り始めるはずだ。

 スマホをしまう。


 ふと、影が差した。


「如月さん」


 ……今日は静かに過ごせる日だと思ったのに。

 聞きなれた声は、大してボリュームもないのにもううるさく感じさせる。


「……お前か」


 七海が、呆れた顔で立っていた。


 視線は__上。


「……」


 ゆっくりと、俺の頭を見る。

 そして、ため息をついた。


「それ」

「なんだよ」

「おっさん猫じゃなくて、おっさんと猫ですよ」

「おっさんじゃねえわ」


 俺だって好きでやってるわけじゃない。


 シェルナが、なぜか満足そうに目を細めた。


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