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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第51話 バズの火種とおっさん猫

 事務所に戻ったあとも、七海はしばらく考え込んでいた。

 ソファの上で体育座りになり、眉間にしわを寄せている。


「……」


 珍しいな、こいつがここまで黙るのは。

 だがまあ、考えている内容はだいたい見当がつく。


「如月さん」

「なんだ」

「さっきの、どういう意味なんですか。猫探しって」


 当然それだよな。

 俺は椅子にもたれたまま、天井を見上げた。


「何がだ。言葉のままの意味だぞ」

「仮面レオンを捕まえるんじゃないんですか?」

「だから、その為に猫を探すんだ」

「全然意味が繋がってませんよね?」


 七海がじっとこちらを見る。

 猫の話をしているのが分かるのか、奥でシェルナも目を光らせていた。


 ……まあ、いろいろ考えてはいるが、ここで全部話す必要もない。


「さっき言った通り、お前は一般人だ。怪盗騒ぎに関わらせる気はない」

「えー! 怪盗アリスのときは、ちゃんとありさちゃん迎えに行ったじゃないですか。今更ですよ」


 七海が不満そうに声を上げる。

 そういえば、それは七海の功績だったな。


「あの時は緊急だったんだ。仮面レオンの方は、こっちがちょっかいださなきゃ動物に成りすます変態に過ぎない。言うなれば脱がない露出狂みたいなもんだ」

「……そっちは急がないかもしれないですけど、遠隔操作の方は急ぐんじゃないんですか」

「源さんと新田がいるんだ。そっちもしばらくは平気だろう」


 あまり新田を当てにするのも癪だが、探偵としての技量は一流だ。

 それは目の前で何度か見たし、実績もあちらが上だ。


「いいから、少し静かにしてろ」


 俺はスマホを取り出した。

 連絡先を開く。

 少しだけ迷ってから、通話ボタンを押した。


「……誰に電話するんですか?」

「情報屋だ」

「怪しさしかないですね」

「それこそありさを迎えに行ってもらった時に話してたやつだよ。別に怪しく……いや、怪しいやつではあるか」


 コール音が数回鳴る。

 そして――


『おや、真守殿。珍しいでござるな』


 いつもの病的に震えた声。

 及川だ。


「暇か」

『暇ではないが、暇と言っておくでござる。でないと面白い話を聞き逃す気がするゆえ』

「正解だ」


 七海が横で「ほんとに怪しい人だ……」と小声で呟いている。

 無視だ。


「一つ聞きたい」

『ほう』

「SNSでバズを作れるか」


 一拍。

 ほんのわずかの沈黙。


 そして――


『……内容次第でござるな』


 声のトーンが、少しだけ変わった。

 仕事モードということか。


『何もないところから火を起こすのは難しい。しかし』


 そこで、くすりと笑う。


『多少でも火種があるなら、それを大火に見せることはできるでござる』

「なるほど」


 やはりネットの話は及川にして正解だ。

 源さんほど酷くはないが、俺はITだの流行だのに詳しい方じゃない。


「じゃあ、その火種を用意する」

『面白そうでござるな。具体的に、何をバズらせるのでござる?』

「おっさんみたいな猫だ」

『……ほう?』


 さすがの及川も、一瞬言葉を失った。


 七海の眼が猫のように丸くなっている。


「なんですかそれ……」

「黙ってろ」

『……真守殿、それがしをなんだと思っているのでござるか?』

「ネットの専門家だろう?」


 短く答える。


「おっさんみたいな顔の猫の写真を集める。ハッシュタグを作る。それを広めろ」


 少しの間。

 及川は何かを考えているようだった。


 やがて、納得したように言う。


『まあ、古今東西ネットでお猫様は神様でござるからな』

「……どういうことだ」

『生き馬の目を抜くネット社会でも、猫の話をするときだけは平和になるのが習わしでござる』


 訳知り顔をしているのが電話越しにも伝わってくる。


『特に、中に人間が入っていそうなおっさんぽい猫。カワイイと面白のハイブリッド。そういう雑な合わせ技は、バズの宝庫でござるな』

「雑って言うな」

『しかし、いい線でござる。題材としては悪くない』


 及川は続ける。


『最初の数十件を用意できるなら、あとは拙者が盛るでござる』

「盛る?」

『演出するってことでござる』

「そうか。まあ、そっちは任せるよ」


 俺は短く息を吐いた。


「とりあえず起爆剤の用意するのはこっちでやる。タグが動き始めたら、あとは頼む」

『承知したでござる』


 そこで、少しだけ声が低くなる。


『……ときに真守殿』

「なんだ」

『これはゲームであっても、遊びではないのでござろう?』


 鋭いな。

 どこかで聞いたような言い回しなのが気になるが。


「仕事だ」

『ならば、全力でやるでござるよ。報酬も請求してよいのでござろう?』

「……ああ、それなりに」


 あまり強請られないうちに通話を切り、スマホをポケットに戻した。


 七海がじっとこちらを見ている。


「……で?」

「で、ってなんだよ」

「何するつもりですか」

「言っただろ」


 俺は立ち上がった。


「火種を用意する」

「だからそれが何かって聞いてるんです!」

「おっさん猫の写真だよ。それも言ったろ。ついてくるなら勝手にしろ」


 言いながら帽子を手に取る。


「とりあえず沼尻公園……は騒ぎになってるだろうから、飲み屋街の方から行くか」

「そんなところに猫がいるんですか?」


 七海が慌てて立ち上がる。

 どうやらついてくる気はあるようだ。


「いるんだよ。お店の人が餌をあげるから」

「……」


 七海は訝し気な顔を崩さない。


「……それで、何のために猫を?」

「仕事のためだって」

「なんで詳しく教えてくれないんですか!」


 答えず外へ出ると、夕方にも関わらず依然として真夏の空気が肌にまとわりつく。

 沼尻公園へ向かう道を歩きながら、俺はぼんやりと考える。


 怪盗・仮面レオン。

 プライドが高く、目立ちたがりの典型的ダメ怪盗思考。


 なら――


「舞台を用意してやるんだよ」

「またそうやって、よく分からない言い方する」

「だってお前、演技ど下手じゃん。本当のこと教えたら、作戦中に顔に出るだろ」


 昼間の七海が発した「あ、ユーフォー」のどうしようもない棒読みと、絶望的アドリブ力が、俺の頭から離れてくれない。


 七海も自覚はあるのか、それ以上は言い返さず、不機嫌そうに眉を寄せるだけだった。


「ほら、急ぐぞ」

「はいはい……」


 不満そうにしながらも、七海はついてくる。


 さて。

 まずは――


「おっさんみたいな猫、か」


 写真はたまに見たことあるが、探せばいるものなのかね。




 北園寺の北東部。

 昼間の熱気が抜けきらない歓楽街は、夕方でもむっとする空気に包まれていた。


 アスファルトがまだ熱を持っている。

 店の裏口や路地の隙間から、酒と油の匂いが漂ってくる。


「……暑いですね」

「昼間の動物園は文句言わなかっただろ」

「それとこれとは別です」


 七海がうんざりした顔で周囲を見回す。

 こいつにしては珍しく、元気がない。


「猫、いますかね……」

「いるさ」


 飲み屋街には、餌に困らない猫が集まる。

 人間より図太いやつらだ。


 少し歩いたところで、七海が足を止めた。


「あ」

「どうした」

「……あれ」


 指さす先。

 路地の端、日陰になっているコンクリートの上。


 そこに__いた。


「……」

「……」


 白と茶色の猫が、完全に伸びていた。


 腹を見せたまま、四肢をだらんと投げ出している。

 目は半開き。

 口も、わずかに開いている。


 ……ひどい顔だ。


「……いるもんだな、おっさん猫」

「この暑さですもんね」


 七海が同情するように頷く。


 猫は仕事終わりにそのまま床に倒れ込んだ中年男性。

 そんな雰囲気を全身から醸し出している。


「早速の当たりだな」

「本当にこういうの探してたんですね」


 俺はスマホを取り出した。


 角度を変え、光の当たり方を見る。

 写真の知識はないが、今回は目的が明確で、おっさんっぽく見えることだ。


「……」


 パシャ。

 もう一枚、パシャ。


 七海も横から覗き込む。


「かわいいですね、これ」

「いいよな、バズの予感がするよな」

「あんま言いなれてない感じがおじさん臭いからやめた方がいいですよ、バズ連呼するの」


 昼からずっと容赦のないやつだ。


 しかし写真の方は文句なしの一枚。

 これなら火種として使えるだろう。


 もう少し寄ろうとした、その時だった。


「ふふ、いい写真が撮れそうねえ」


 背後から、柔らかい声。

 振り向くまでもない。


「……さくらママか」

「最近猫ちゃんが好きねえ、真守ちゃんは」


 そこにいたのは、北園寺の夜を仕切る女__さくらママだった。


 いつものように、涼しい顔で立っている。

 この暑さの中でも、一切崩れない。


「デート?」

「違う」

「違います!」


 七海が即座に否定する。

 さくらママはくすりと笑った。


「あらあら、ごめんなさいねえ。それじゃあ、その猫りゃんを撮りに?」

「まあ、そんなところです」


 曖昧に答える。

 どう説明するか少し考えたが、この人相手に隠す意味もない。


「SNSで流行らせるつもりなんです。おっさんみたいな猫を集めて」

「あら」


 さくらママの目が少しだけ細くなる。


「面白そうねえ」


 さくらママは、俺のスマホを覗き込んだ。


「……ふふ」


 小さく笑う。


「確かに、おっさんね」

「だろ」

「いい写真だと思うわ」


 そして、ふと視線を上げる。


「もしよかったら、何枚かあげましょうか?」

「何枚か?」

「ええ。うちの子たち、結構いろんな店に出入りしてるから。こういう顔の猫、探せばいくらでもいるわよ」


 さくらママは軽く頷く。


「むしろ、あなたたちが撮るより早いかもしれないわね」

「それは助かりますけど……」


 七海がこちらを見る。


 俺は少しだけ考えた。

 写真を集めるだけなら、それでいい。だが――


「いや」


 首を振る。


「写真だけもらっても意味が薄いかも」

「どういうこと?」

「拡散する側が、大事なんじゃないかなって」


 俺は、SNSをやっていない。

 七海だって、仮にやっていたとしても、影響力はゼロに近い。


 それなら――


「ママが投稿した方が早い」


 一瞬の沈黙。

 七海が「あっ」と声を漏らした。


 さくらママは、少しだけ意外そうな顔をしたあと、すぐに笑った。


「なるほどねえ」

「北園寺ローカルで広げたい。全国じゃなくていい」

「そうなの? 北園寺だけの話なら力になれると思うけれど」

「全国区になっても却ってやりたいこととズレるんです」


 それ以上は言わない。

 だが、さくらママは十分理解したようだった。


「いいわよ」


 あっさりと頷く。


「面白そうだし、協力してあげる」

「助かります」

「その代わり」


 さくらママが指を一本立てる。


「名前はちゃんと考えましょう?」

「名前?」

「タグのことよ」


 ああ、そこか。

 確かに俺が適当につけるより、ママに任せた方がいい。


「何か案あります?」


 七海が乗ってくる。

 さくらママは少し考えて、口を開いた。


「シンプルなのがいいわね。見た瞬間に意味が分かるやつ」

「なるほど」

「場所も入れた方がいいかしら」


 少しの間、三人で考える。


 そして__


「……北園寺おっさん猫選手権」


 七海がぽつりと言った。


 俺とさくらママが同時にそちらを見る。


「……それでいい」

「いいわね」


 即決だった。


 分かりやすい。

 バカっぽい。

 それでいて、記憶に残る。


「じゃあ、それでいきましょう」


 さくらママがスマホを取り出す。


「最初の一枚、もらっていいかしら?」

「ああ」


 俺はさっき撮った写真を送った。

 画面の向こうで、投稿の準備が進む。


 __これでいい。


 仮面レオンが何歳か分からないが、大人層へのリーチはさくらママに任せておけば間違いないだろう。


「……」


 路地の猫は、相変わらず伸びたままだった。

 こちらのことなど一切気にせず、ただ、だらしなく。

 その姿を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


「ところで、そっちのお嬢さん。どこかで聞いたことある声ね」

「……気のせいじゃないかな」


 そういえばこの人、例のプラネタリウムで、マリンランタンの声を聴いていたんだったな。


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