第50話 バックアタックの鉄筋と二重接近
ショッキングピンクの着ぐるみが、遊歩道からヴァイオレット通りへと飛び出した瞬間だった。
「七海、今だ!」
俺の声に、七海が即座に反応する。
「はい!」
受け取った鉄パイプを構え、そのまま一歩踏み込む。
狙いを定め、軌道を読む。
そして――投げる。
ヒュン、と風を裂く音。
鉄パイプは、一直線に着ぐるみの背中へと吸い込まれていった。
――ゴンッ。
鈍い音が、通りに響く。
着ぐるみは、そのまま数歩よろける。
だが、転ばない。
止まらない。
そのまま体勢を立て直し、再び加速しようとする。
「当たってるのに……!」
七海が声を上げる。
「効いてないのか……?」
俺が呟いた、その時だった。
「いや」
横で、新田が静かに言った。
「効いてないんやない」
フクロウのピアスに指を当てたまま、目を細める。
「中、空や」
「……間違いないな?」
新田のアーティファクト、音から構造を完全に把握する超絶対音感のピアス。
その性能は一度見ているが、念のため聞き返した。
「音が軽すぎる。骨格も、人間の重みもない」
新田は、確信を持って言い切る。
「ただの殻や、あれ」
「……なるほどな」
俺は短く息を吐いた。
「人は入ってない。風船人形や、木馬と同じ」
アーティファクト単体の可能性も否定できないが、ここ数日のパターンからいって遠隔操作。
どちらにせよ、遠慮する理由は消えた。
「じゃあ――」
七海が焼き鳥志摩屋の屋根からこちらを見る。
「遠慮いりませんね」
「ああ。っていうかお前、どうやってそこ乗った」
七海なら乗れるのはわかっていたが、それ以上人間離れした動きを新田や市民の前でするな、という意味でつっこんでおく。
その瞬間だった。
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。
――ウゥゥゥン。
通りの向こう。
人混みをかき分けるように、一台のパトカーが突っ込んできた。
「……来たな」
俺は目を細めた。
フロントガラス越しに見える顔。
見慣れた無精髭。
「源さんか」
期待はしていたが、さすがだな。タイミングが良すぎる。
「如月君、どうする?」
新田が試すようにこちらを見据える。
俺は、ほんの一瞬だけ考えた。
そして――決める。
「こうする」
俺は道路の中央へ踏み出した。
着ぐるみとパトカーの間。
その直線上に立つ。
「如月さん!?」
「ちょ、何する気や!?」
二人の声を無視し、俺は片手を上げ、パトカーへ向けて大きく振る。
止める合図ではない。
その逆。
――来い、だ。
そして。
着ぐるみを指差し、地面を叩くように手を振る。
遠慮はいらない。やって良しと。
数瞬の間。
パトカーの運転席で、源さんがこちらを見る。
そして――
にやりと笑った。
「……通じたな」
次の瞬間。
エンジン音が、一段階上がる。
――ブォン!!
パトカーが加速した。
「ええええ!?」
七海の悲鳴。
ショッキングピンクの着ぐるみが、何か察したように足を止める。
その瞬間。
――ドンッ!!!
正面から、思い切り跳ね飛ばされた。
軽い。
あまりにも軽い。
人間の重みがないからだ。
着ぐるみはそのまま宙を舞い、数メートル先の地面へ叩きつけられる。
もげたバレーボールの頭部がゴロゴロと転がり、ようやく止まった。
サイレンが鳴り続ける中、パトカーが急停止する。
「……」
静寂。
通りにいた人々が、あまりの光景に固まっている。
俺は、ゆっくりと着ぐるみに歩み寄った。
「さて」
足で軽くつつく。
反応はない。
ただの布の塊のように、ぐったりと横たわっている。
「これで止まらなかったらどうしようかと思ったが……」
俺は小さく息を吐いた。
「さすがに、これで終わりだろ」
背後で、パトカーのドアが開く音がした。
源さんが降りてくる気配がする。
「やれって言っといてあれだが、よくまあ着ぐるみを躊躇なく跳ねるよな」
「北園寺の警察だぞ。それくらいの思い切りがなきゃこの歳までやれねえよ」
源さんと、少し遅れて新田と七海が着ぐるみの残骸のもとへ集合する。
「見習い、こっちは任せていいか? 動物園で飼ってないはずの虎が出たって通報があってな。そこに向かってる途中なんだ」
「任せるのは構わないが、虎なら俺が倒したよ。カラスになって逃げたけどな。怪盗仮面レオンの変身だったぞ」
「頭おかしくなりそうな説明だな。まあ、それなら急がなくてもいいわけだな」
「ああ」
俺も言ってて、バカみたいだなとは思ってたよ。
「さすが門倉はんの弟子やけど、なんや、虎が倒されたって聞いて大阪人としてあんまええ気はせんな」
「黙ってろ新田。お前埼玉出身なんだろ、ライオン応援しとけ」
「え、今なんの話してます?」
「七海も、わかんないままでいいから静かにしろ」
けっこう重要な情報が、今日の出来事にはあるはずなんだ。
頭を整理する必要がある。
「この着ぐるみも、木馬と同じやつの仕業だろうな。怪盗・仮面レオンだったか?」
源さんがピンクの頭をパトカーの後部座席に詰め込みながら言う。
「木馬と同じ犯人なのは間違いないだろうな。ただ、仮面レオンじゃないかもしれない」
「他の怪盗がいるってことか。勘弁してほしいな」
他の怪盗なら今すぐ隣にマリンランタンもいるけどな。
今それはどうでもいいが。
「なんでそう思うんか、聞かしてくれるやんな? 自分で言うのもなんやけど、オレけっこう協力しとると思うで」
「まあな。まず、この着ぐるみや木馬は、なんらかのアーティファクトで遠隔操作されているものだろ?」
「せやな。魔鑑の方でも、毎度捕まえたおもちゃ自体はアーティファクトちゃうって結果が出とるって話やし」
魔道具鑑識課、通称"魔鑑"。
アーティファクトかどうかの判定から、その効果までを解析する警察の研究・捜査機関。
「操るものがおもちゃじゃなきゃいけないのか、無生物じゃなきゃいけないのか。その辺は分からない」
「あえてここぞという時まで使い方を絞って、性能の底を勘違いさせるってのは昔の怪盗はよくやってたな」
源さんが頷く。
「一方で、今日俺と七海は、仮面レオンを直接見たんだよ。直接ってのはつまり、人間の形してる時の」
「はい、緑の全身タイツで……変態っぽかったです」
七海も思ってたのか。
「ちょう待って。ほな、仮面レオンが確実に持ってるアーティファクトは、動物に自分が変身するものっちゅうことやな」
「ああ、そうなる。そして動物から動物に、一度人間に戻らず直接返信できることも、今日含めて二度確認してる」
一度目はペンギンからヨウム、二度目は虎からカラスだ。
「ほな、なんで全身タイツの変態を見たんや。動物から別の動物になれるんやったら、人間の姿を一回晒す理由がないやんか」
「まったくその通りだ。経緯は省くが、俺が挑発したら人間の姿でキレてきたんだよ」
そう、違和感の正体はまさにそこだ。
いいところを指摘してくれた。
「そんな挑発にのるやつと、頑なに操り人形だけを使い、俺や新田がどこから操ってるか見抜けないほどに綺麗に立ち回ってるやつが、同一人物ってのは変じゃねえか?」
「なるほどな。まあ、見習いがそう言うなら信じてやってもいいが、それが事実だとしてどうするんだ?」
「とりあえず簡単そうな方、仮面レオンの方から捕まえる。遠隔操作の方は、警察と新田にしばらく任せるよ」
読みが外れて、仮面レオンが遠隔操作のアーティファクトを持っていたなら、あいつを逮捕してすべてが解決だしな。
「なんや、おいしいとこ取りしようとしてへんか?」
新田が薄ら笑いを浮かべながら、本気とも冗談ともつかない悪態をつく。
「お前、虎と戦って勝てるのか?」
「あー、できればやりたくはないなあ」
「それに、お前と協力するのは八大怪盗の逮捕だけって約束だったろ。今の話を聞いて、仮面レオンの方に、正体がモルスやウーティスって可能性、あると思うか?」
無意識にフィクティオだけ外して言ったことに気が付く。
……俺は何に気を使ってるんだか。
「まあ、ないやろな。むしろ用心深い遠隔操作の怪盗の方がそれっぽいわ」
「だろ。ここはそもそも俺の縄張りなんだ。従ってもらうぞ」
「わかってるって。そんなマジにならんでくれや」
ヘラヘラしやがって……どこまでわかってるんだか。
「あの、わたしはどっちを手伝えばいいですか?」
七海がおずおずと挙手する。
「お前は一般人だろ、どっちにも首を突っ込むな」
「えぇ!? 今日いろいろ手伝ったのに?」
「あれは成り行きだ。怪盗を相手するのは探偵と、あんま認めたくないが警察の仕事なんだよ」
これ以上目立つとマジでマリンランタンだとバレるだろうが。
大人しくしとけ。
「ほな、ここの探偵如月君に従って、公園に聞き込みでも行きますかね。着ぐるみはたくさんの人が見とったやろうし」
「ああ。源さんも、引き留めて悪かったな」
「どっちかと言うと轢き止めさせられたんだがな。ま、よろしくやれよ探偵見習い」
二人はそれぞれ、沼尻公園の方へと去っていく。
後に残されたのは俺と七海。
「あの、本当にわたしはどっちも手伝っちゃダメです?」
「当たり前だろ、相手は怪盗だぞ。ただまあ、どうしてもと言うなら手伝ってほしいことが一つあるが」
「……その言い方されると手伝う気も薄れますね。で、なんですか? 手伝ってほしいことって」
俺を睨みつけつつも、手伝ってはくれるようだ。
「ま、俺達の原点回帰ってとこだな」
「はい?」
「つまり、だ」
これから始めるのは、怪盗・仮面レオン包囲網の第一段階。
そう__
「猫探しだ」




