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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第49話 スピードスターの着ぐるみと三者同盟

 カラスは、迷いなく動物園の外へ飛び出していった。


「如月さん!」


 七海の声を背に受けながら、俺はすぐに走り出す。

 出口を抜け、沼尻公園の本園側へ。


「いいんです?」

「何がだ?」

「虎で騒ぎになって警察も来ると思いますけど、今追ったら逆にわたし達逃げたみたいになりません?」


 七海にしてはいいところに気が付くな。

 だが、まったく問題ない。


「逆に、北園寺の警察が虎と戦った鹿撃帽、インバネスコートの男がいたと聞いて、誰だかわからないなんてことあると思うか?」

「あー、確かに。目立つ格好をしえる自覚はあったんですね」

「一言多いわ」




 動物園を抜けると、夏の木漏れ日が一気に視界に広がった。

 芝生。遊歩道。池の水面がきらきらと反射している。


 ……だが。


「……静かじゃないな」


 その違和感に足を止める。


 さっきまでの動物園の騒ぎとは別に、明らかに、別方向で人が集まっている。

 外に出てったのはあくまでカラスのはずだが。


「きゃあああっ!」

「なんだあれ!?」

「速っ……!」


 悲鳴と、驚きの声。


 そして――


 ざわざわと人が割れていく。


「……」


 俺は目を細めた。視線の先。

 遊歩道を、何かが走っている。


 ――速い。


 人間の速度じゃない。

 全力疾走。


 しかも、無駄がない。

 フォームが妙に整っている。


「……は?」


 だが、その“何か”の見た目が問題だった。


 丸い。目に痛いショッキングピンク。

 そして、デカい。


「……なんだあれ」


 七海も隣で呆然とする。


「着ぐるみ……ですか?」


 その通りだった。


 丸い頭部。短い手足。

 全身がふわふわした白い布で覆われている。


 どこかで見たことがあるような、ないような微妙なデザイン。


「あれじゃないですか? 昔、バレーボールの大会でマスコットだった」

「それだわ……レルちゃんだったか」


 だが――


「速すぎるだろ」


 そいつは、一直線に遊歩道を駆け抜けていく。

 人混みを縫う。

 避ける。一切の減速をしない。


「ちょ、ちょっと待ってください! 止まってくださーい!」


 警備員らしき男が追いかけているが、距離はまるで縮まらない。

 むしろ離されている。


「……如月さん」


 七海が、ゆっくりと口を開いた。


「嫌な予感しかしないんですけど」

「奇遇だな、俺もだ」


 着ぐるみが、地面を蹴る。

 その一歩一歩が、明らかに普通じゃない。


「走り方が人間じゃないですね」

「そうか……? 速度はともかく中に人がいる動きに見えるが」


 マスコットキャラらしからぬ綺麗な単距離走のフォームでそいつは遊歩道を爆走している。


 だが、七海は首を振った。


「わらし、ああいうの着るバイトしたことありますけど、ああは動けないんですよ。関節的に」

「……そうか」


 頭の中身はともかく、身体の使い方で言えば七海は天才的なところがある。

 これに関しては信じてもよさそうだ。


 それに正直、俺もアレに人が入っているとは考えていない。


「あれって……」

「ああ」


 俺は短く答えた。


「アーティファクト絡みだ」


 カラスの姿で逃げた仮面レオン。

 そして今、目の前で暴れている着ぐるみ。


「少なくとも、使ってるアーティファクトはさっきと別のものだ」

「仮面レオンは二つアーティファクトを持っているんですか?」

「それはわからん。全く別の怪盗かもしれん」


 やってることは、この前の木馬と同じに見えるが。


 どちらにせよ__


「放っておけるもんじゃないな」


 俺は一歩踏み出した。


「行くぞ、七海」

「はい!」


 七海もすぐに頷く。


 ピンクと白の着ぐるみは、池の周りを回り込むように走っていた。


 その動きは、もはや逃げている”というより――


「……楽しそうだな。あれ、どっか向かってるように見えるか?」

「いえ、ランニングしてるだけに見えます」


 ……そうなんだよな。


 あの速度に追いつこうと思ったら、七海が木の上を移動しショートカットしてギリ。

 俺が捕まえるなら先回りが必須なわけだが。

 目的地がないんじゃそれも難しい。


 ヤツは人を避ける精度も、妙に高い。

 そして無意味に速い。


 無駄に目立つので見失う心配はなさそうなのが唯一の救いか。


「……」


 俺は軽く息を吐いた。


「また面倒なのが来たな」


 そして、地面を蹴る。

 視界の先の白い影へ向かって、走り出した。


「そっち行ったぞ!」

「わかってます!」


 七海が木の根元を蹴り、低い枝へ飛び乗る。

 地面を走る俺よりも、明らかに速い。


 だが――それでも、追いつけない。

 正体がバレないようマリンランタンの時よりも、ある程度動きを抑えているのはわかるが、それでもかなりの速度が出ている。


「速すぎだろ……!」


 あの着ぐるみ、減速という概念がない。

 人混みを避けながら、最短距離で加速し続けている。


 普通の人間なら、とっくに息が上がっているはずだ。


「如月君!」


 横から声が飛んできた。


「……お前か」


 合流してきたのは、新田だった。

 どうやらこっちの騒ぎには気が付いて、追ってきていたらしい。


 法被の裾を翻しながら、こちらと並走する。


「なんやねんあれ! 次から次へと!」

「俺に言うな!」


 視線の先で、着ぐるみが方向転換する。


 池を半周して、今度は広場の方へ抜けようとしている。


「捕まえられるか?」

「無理やな」


 即答だった。


「速さが段違いや。短距離走で勝負したら、オリンピック選手でも勝てんで」

「だろうな」


 見ていてわかる。


 あれは速いなんてもんじゃない。異常だ。


「お前の磁石は?」

「無理や」


 新田は肩をすくめた。


「鉄の位置と形がわからん。そもそもあれ、金属入っとるかも怪しいで」

「着ぐるみだからな」

「せや。中身が空っぽなら、引っ張るもんがない」


 あの万年筆の弱点が、ここで出るか。


「……厄介だな」

「ほんまにな」


 着ぐるみがベンチを飛び越える。

 そのまま芝生へ。


 速度は一切落ちない。


「おい、止まれー!」

「危ないぞー!」


 周囲の一般人が叫ぶ。

 だが、誰も止められない。


 触れようとした瞬間、すり抜けるように避けられる。


「……あいつ」


 俺は目を細めた。


「避けるの、上手すぎるな」

「ほんまにな」


 新田が頷く。


「ただ速いだけやない。ちゃんと見とる」

「人の動き全部な」


 つまり――


「操ってる奴がどこかで見てるな」

「直接とは限らんけどな。アーティファクト通して見てるなんてオチやったら、何の手掛かりにもならへんで」


 ……確かに。

 怪盗アリスですら二つの強力なアーティファクトを使っていた。

 今回も複数使っていても何らおかしくはない。

 前の木馬の時も近くには誰もいなかったしな。


「如月君」

「なんだ」

「このまま追いかけても埒あかんで」

「だろうな」


 七海が上から叫ぶ。


「このままだとずっと逃げられますよ!」

「わかってる!」

「うお、なんやとまりちゃんやないか。自分、えらい器用なんやな」


 樹上を飛ぶように移動する七海に、新田がぎょっとした顔を見せる。


 それには構わず、俺は周囲を見渡した。


 遊歩道。芝生。池。木々。

 逃げ道はいくらでもある。


 だが――


「……今回は逆にしようか」


 提案すると、新田はにやりと笑った。


「なるほど。あれやったらぶつかっても痛いで済みそうやしな」

「ああ」


 俺も同時に頷く。


「ヴァイオレット通りの方に誘導しよう」


 着ぐるみが再び遊歩道へ戻ろうとする。


「七海!」

「はい!」

「進路切れ!」

「任せてください!」


 七海が枝から枝へ跳び、前方へ回り込む。


 着ぐるみの進行方向、その先へ。


「おいおい、派手やな」

「田舎者は俺たちとは体力が違うんだよ、たぶんな」


 新田が笑う。


「ほんで、誘導した先どないするん? 狭いとこなら追いつける速度とちゃうでアレ」

「これは賭けだが、別件でこっちに向かってるはずの警察と挟み撃ちできるかもしれない」


 虎が出たとなれば、それでも大丈夫そうなあの人が向かってるだろう。


「なるほどな」


 新田が口角を上げた。


「やっと勝負になるってわけや」

「まだだ」


 俺は着ぐるみを睨む。


「中に人間がいないことを確かめる方法はないか? それさえ分かればだいぶ乱暴できる」

「あんな疲れ知らずのやつ、人間とちゃうやろ」

「アーティファクトで強化された人間ってパターンがまだあるだろ」


 着ぐるみが、再び加速する。

 とりあえずは、人通りのある方へ追い込む作業だ。


「行くぞ!」

「おう!」


 七海が前を塞ぎ、新田が横へ回る。


 俺は後ろから圧をかける。


 ショッキングピンクの塊が、わずかに進路を変えた。

 ――誘導成功。


 そのまま、公園の出口へと向かっていく。


「七海、これ!」


 俺は内ポケットからパイプを取り出し、先日の鉄パイプと全く同じ形状に変え、それを七海へと投げ渡した。


「うわ、危なっ!?」

「そいつをぶん投げてあのピンク玉にぶつけろ」


 なんとかキャッチした七海へと叫ぶ。

 

 着ぐるみはようやく、勝負の場所、バイオレット通りへと入った。


「さて……一回で聴けよ。人間が入ってるかどうかだけでいいんだ」

「ようやるわ、ほんまに」


 文句を言いつつ、新田は既にピアスを付け替えていた。


 さて、ここからが本番だ。

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