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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第48話 スルースキルの欠落と猛虎

 モルモットの柵の前で、俺は腕を組んだ。

 視線の先には、八匹。

 どれも同じように丸くて、同じようにのんびりしている。


 正直、見分けなんてつかない。


「で、どうするんですか……利きモルモット」


 七海が小声で言った。

 不安そうな顔だ。


「やるしかないだろ」

「そんな簡単に言いますけど」

「俺も正直どうしたらいいかは全くわかっていない」


 俺は小さく息を吐いた。


「一応お前も考えてくれ」

「一応ってなんですか。ひっかかる言い方しますね」


 モルモットを観察する。

 草を食べているもの、動き回っているもの、丸まっている個体。

 ……全部、普通のモルモットだ。


「……」


 見失ったやつが仮面レオンの変身か?

 いや、これは推理じゃないな。単にこの終わりの見えない利きモルモットを諦めたい願望がでてきているに過ぎない。


「七海、モルモットの習性、何か知ってるか」

「え、またそれやるんですか? わたしペンギンは大好きだから多少わかりますけど、モルモットはさっぱり……」

「そうか」


 そうそう都合よく詳しい人間が居合わせたりはしないよな。


 ただ、逆に考えれば仮面レオンもアーティファクトで変身しているだけだ。対象の動物について毎回詳しいわけじゃないのはお互い様。

 そのことだけは前回のペンギン事件で確証できている。


「一旦、前回のやつやってみるか」

「前回の?」

「適当にでっちあげた習性を言って、釣られるやつがいないか確認する。行くぞ」


 そう言って、俺は柵の間際まで歩を進める。

 七海も怪訝な目をしつつも黙ってついてきた。


「そうだ、七海。これ知ってるか?」


 八匹全員に聞こえるよう、わざと少し声を張る。


「モルモットって指を鳴らすと集まってくるんだぜ」

「え、指パッチンで? そうなんだー、知らなかったですー」


 なんだその棒読みは。クソ演技力で足を引っ張るな。

 ……と、言うわけにもいかず、とにかく続ける。


「なんでも、指を鳴らす音と、母モルモットが子供を呼ぶときに歯を鳴らす音が同じ周波数なんだそうだ」

「わーすごーい。ちょっとやって見せてくださいよー」

「よーし、見てろよー」


 かなり大げさに右手を上げ、親指と中指に力を込める。


 __パチン。


「…………」

「…………」


 八匹はそれぞれ、こちらを見向きもせずに気の向くままゆったりと日差しを浴びていた。


 清掃を続けていた飼育員さんが、気まずそうにこちらを見ている。


「いやいやいや、前回それで引っかけたんだから二度目は無理ですって! 如月さん、探偵ならそれくらい推理できるでしょ!」

「わかってる! わかってたって! 一応だよ、一応」

「必要のない一応って、わたしあると思います。飼育さんの顔見ました? 恥ずかしっ! 恥ずかしっ!」

「やめろそれ。俺だってやりたくはなかったんだよ。でも他に何したら思いつかなかっただろ」


 七海がわざとらしく両手で顔を覆い、煽って来る。

 お前だって、大根芝居に加担したクセに。


 俺たちの様子が居たたまれなさすぎたのか、飼育員さんがほうきで一匹こちらに誘導してくれているのが目に入る。

 本当に申し訳ないことをした。


「ふう……仕方ないですね。わたしに作戦があります」

「言ったな? うまく行くんだろうな」

「まあまあ、見ててください。……あ! ユーフォー!」

「…………」


 どんな顔してやってるのか見てやりたかったが、一応反応するモルモットがいないか見渡しておく。


 ……まあ、そんなのに釣られるやつはいないという確認がとれただけだ。


「おい、七海」

「……なんですか」

「小学生でもそんなの釣られねえよ。恥ずかしっ! 恥ずかしっ!」

「仕返しのつもりですか!? やめましょうよ、お互い様でしょ」


 まあ、そうなんだよな。

 結局なにもできていないのは俺も同じだ。


 七海はため息をつき、疲れた顔で俺を仰ぎ見る。


「如月さん。やっぱりこの八匹じゃなくて、逃げてった方が仮面レオンなんじゃないですか?」

「もちろん、その可能性もある。ただ、探すのは後回しだ。小動物にガチで隠れられたら、そうそう見つかるもんじゃないからな」


 七海が、ぽつりと呟いた。


「……そういえば」

「なんだ」

「前回のペンギンのときだって、キョウカさんがいたから看破できたんですよね。あれ、わたし達の手柄じゃないですよね」

「……ああ。そんなふうに事実を今更つきつけないでくれ」


 NEON RIOTのキョウカ。

 あのボードゲーム好きの通称看守様。

 妙に理屈っぽくて、そして妙に勝負にこだわる女。


「あれは見事だったよな」


 思えば、キョウカにはやられっぱなしだ。

 ボードゲーム・バトルクロニクルでの対戦の時も、ゲームでの勝負ではなく、こちらを試すようにイカサマダイスを使い、俺を値踏みしていた。

 怪盗のような"妙なプライドと拘りに満ちた勝負師”のメンタリティだったから、逆算的に看破できたようなものだ。


「……」


 頭の中で何かが繋がる感覚。

 勝負師、プライド、拘り__自分で言ったことだったな。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


「……なるほどな」

「え?」

「そういうことか」


 柵の中の八匹を見る。

 何度見ても完璧にモルモットだ。これを外見で区別する術はない。


「七海」

「はい?」

「もういい」

「え?」


 俺は踵を返した。


「行くぞ」

「え、ちょっと待ってください!?」


 七海が慌ててついてくる。


「いいんですか!? まだ何も分かってないのに!」

「分かったよ」


 俺は振り返らずに言った。


「分からないってことがな」

「それって……」

「たぶん、ここにはいない」


 七海が足を止めかける。


「え?」

「これだけやって反応がないなら、少なくともあの八匹の中にはいない」

「でも……」

「そもそも」


 俺は肩をすくめた。


「ペンギンやモルモットに化けて満足してる怪盗なんて、大したやつじゃない」

「……」

「ショボい悪戯だ。相手にする価値もない」


 わざとらしく、はっきりと言い切る。

 七海が目を丸くした。


「ちょっ……如月さん、それはさすがに__」


 その瞬間だった。


「__ふざけるな!!」


 背後から、怒鳴り声が響いた。


「……!」


 七海が振り返る。

 俺もゆっくりと足を止めた。


 空気が変わる。

 さっきまでの、のんびりとした動物園の空気が、一瞬で張り詰めた。


「誰がショボいだと……!」


 地面を蹴る音。


 次の瞬間__


 赤い仮面。緑の全身タイツ。

 怪盗っぽいよりも変態っぽいと言うべきシルエットが、俺の背後から飛び出してきた。


「ちゃんと俺と勝負しろ、探偵!!」


 一直線に、こちらへと迫る。


「来たか」


 俺は、ため息まじりに呟いた。

 七海が驚いた顔でこちらを見る。


「如月さん、これって……!」

「ああ、安い挑発に乗るダメ怪盗で助かるよ。本当に」


 俺は半歩だけ体をずらす。

 タイミングを合わせる。


「やっぱりいたな」


 仮面レオンの拳が、俺のいた場所をかすめた。


「……っ!」


 そのまま体勢が崩れる。

 踏み込みが甘い。

 俺は半歩だけ踏み込んだ。


「遅い」


 短く言って、肘を打ち込む。


「ぐっ……!」


 鈍い音。

 仮面レオンの身体がわずかに浮く。

 続けて、足払い。

 バランスを崩したところに、肩で押し込み、地面に叩きつける。


「がはっ!」


 砂埃が舞う。


 周囲の客がざわめき始めた。


 俺は倒れた仮面レオンを見下ろす。


 仮面の奥で、歯噛みする音が聞こえた。


「ふざけるな……!」


 仮面レオンが跳ね起きる。


「俺は……!」


 その身体が、ぶれる。


「……は?」


 骨格が軋む音。筋肉が膨張する。衣服が裂ける。


 次の瞬間――


「ガアァッ!!」


 虎が、そこにいた。


 低く唸る。

 黄色と黒の縞模様。

 牙を剥き、こちらを睨みつけている。


「……おいおい」


 俺はため息をついた。


「虎もいけるのか。さすがに放置はできないな」


 周囲が一気に騒然とする。


「きゃああっ!?」

「虎!? なんで!?」

「逃げろ!」


 子どもの泣き声。

 スタッフの叫び声。

 混乱が広がっていく。


「如月さん!」


 七海が声を張る。


「さすがにこれは__」

「ああ。お前は離れとけ」


 俺は一歩前に出た。

 虎が地面を蹴る。

 一瞬で間合いを詰めてくる。


 先ほどとは段違いの速さ。

 だが――


「見えてる」


 振り下ろされる爪。


 俺はわずかに身体を傾ける。


 空を裂く音だけが通り過ぎた。


 次の瞬間、牙が迫る。


 真正面から噛みつきに来る。


「無駄だ」

「……?」


 虎の動きが止まる。

 牙が、通っていない。

 俺の首元で、ただ甘噛みするように止まる。


「……そういう顔するよな」


 俺は軽く肩を回した。


「俺も初見のときは驚いた」


 鹿撃帽が、静かに揺れる。


「死ぬこと以外は、かすり傷なんだよ。悪いな」


 そのまま、拳を振るう。

 虎の顎を下から打ち上げる。


「グルァッ!?」


 巨体がのけぞる。

 さらに腹部に一撃。


 横に回り込み、後脚を払う。


「……っ!」


 虎が低く唸る。

 だが立てない。


「如月さん……強すぎません?」


 七海が呆れた声を漏らした。


「まあな」


 俺は短く答えた。


「この前の木馬と違って柔らかいし」


 見下ろす先、虎の身体が、再びぶれたかと思うとその身体が、一気に縮む。


 羽が舞い、黒い影が空へ跳ね上がった。


「カァッ!」


 カラス。

 羽ばたき、一瞬で高度を上げる。


「逃げたか」


 俺は空を見上げた。

 黒い点が、みるみる小さくなる。


「待て!」


 七海が駆け出そうとする。


 だが__


「無理だ」


 俺は静かに言った。


「空に行かれたら、今は追えない」


「……」


 七海が悔しそうに拳を握る。


 周囲はまだ混乱している。

 スタッフが人を誘導し、騒ぎを収めようとしていた。


「……逃げられましたね」

「ああ」


 俺は帽子の位置を直した。


「まあいい」

「いいんですか?」


 空の向こうへ消えた黒い影を見ながら、俺は小さく笑った。


「勝負師なんだ。また出てくるさ」


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