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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第46話 プライベートの相棒と動物園

 木馬事件の後始末は、驚くほどあっさり終わった。


 警察に残骸を引き渡し、簡単な事情説明をして、それで終わり。

 操っていた怪盗の姿も見つからず、残ったのはただの木材の山だけだった。


 あれが仮面レオンの人形なのか、それとも別の怪盗でも潜んでいたのか。

 結局のところ、はっきりしたことは何一つ分かっていない。




 そして翌日。

 カドクラ探偵事務所のソファで、俺は新聞を眺めていた。

 木馬事件の記事は、地方欄の隅に小さく載っているだけだ。


 「暴走遊具騒ぎ、原因不明」、まあ、そんなもんだろう。

 アーティファクトの話なんて、新聞に載っているだけでも珍しいのだ。


 この北園寺で探偵をしていると時々忘れそうになるが、もう今怪盗がどうのとか、アーティファクトがどうのという話になる街は限られている。東京ではここだけだ。


 俺は新聞を畳み、テーブルに置いた。

 結局のところ、相手が派手に動いてくれないことには探偵にやることなどないのだ。



 そんな時。

 事務所のドアが勢いよく開いた。

 錆びついたドアベルが限界まで揺れ動く。


「如月さん!」


 聞き慣れた声。振り向くまでもない。


「おはようございます!」


 七海だった。


「……朝から元気だな」

「いいじゃないですか、夏休みなんですから」


 そう言いながら、七海は事務所の真ん中までずかずか入ってくる。

 すっかり自分の家みたいな顔だ。


「俺に夏休みなんかない。お前も……そういえば七海、学校は行ってないのか?」

「はい、高校中退です!」


 フィクティオに人生を狂わされた哀れな少女、なのか。

 前にありさの教科書を見たことがあるが、中学でアレなら七海がついていけるとは思えないし、別によかったのか。


「で、何の用だ」

「遊びに行きましょう」


 間髪入れず、それだった。

 俺は目を細める。


「断る」

「いやいや、話はここからですよワトソンくん」

「俺がワトソンくんは受け入れられるが、お前がホームズなのはマジで許せないな」


 ワトソンは実際、世間の印象よりずっと優秀な探偵だしな。


「このベイカーストリート在住のわたしは思いつきました」

「北見通だけどな、ここ」

「動物を見に行きましょう!」

「バスカビル家に犬でも見に行くのか?」

「ちょっと何言ってるのか分からないです」


 お前がホームズネタ振ったんだろうが。


 七海は俺の不満は意にも介さず、すぐににやりと笑った。


「でも、きっともっといい場所ですよ」

「聞くだけ聞いてやる」


 七海は指を一本立てた。


「沼尻公園です」

「……は?」


 思わず顔をしかめる。

 昨日、木馬が暴れていた場所じゃないか。


「動物園の方です!」


 七海が続けた。


「動物園?」


 ああ、そういえばあったな。

 沼尻公園の奥に、小さい動物園みたいなのが。


「ペンギンもいるんですよ!」


 七海の目が輝いている。

 ……ああ、そういうことか。


「お前、昨日の続きでペンギン見たいだけだろ」

「違います!」

「顔がそう言ってる」

「違いますってば!」


 七海は腕を組んだ。


「ちゃんと理由あります」

「ほう」

「動物を観察するんです」

「はあ?」


 七海は胸を張る。


「仮面レオン、動物に変身するじゃないですか」

「……まあな」


 ペンギンとヨウム。今のところ見たのはそれだけだが、他にも変身できるのかもしれない。


「だから動物の習性を知るのは大事なんですよ」

「この前それは試したじゃないか。仮面レオンだって二度同じ手に引っ掛かりはしないだろ」

「うっ……」


 七海が一瞬言葉に詰まる。

 だがすぐに立て直した。


「でも、ちゃんと観察すれば役に立ちます!」

「そうか」


 俺は椅子の背にもたれた。

 まあ、言っていることは間違ってはいない。

 仮面レオンが動物に化けることができるのは目の前で見た事実だ。


 それに――今は本当に、手がかりがない。

 だったら動物を観察するのも、事務所でシェルナを眺めているのに比べれば多少は有意義な時間の使い方とも言える。

 ……たぶん。


 俺は小さくため息をついた。


「……仕方ない」

「えっ」

「行ってやる」

「やった!」


 七海が両手を上げて喜ぶ。


「本当にペンギン見に行くだけだぞ」

「はい!」

 七海は元気よく頷いた。

 その顔は、どう見ても調査に行く人間の顔じゃない。

 完全に遊びに行く顔だった。


「やっぱりペンギン目当てじゃねえか」

「違います! 見識を炒めるためです」

「深める、な。無理して難しい言葉使うから文法がパラパラになってんじゃねえか」


 まあ、単に遊びに行くでもいいか。こいつとマリンランタンには、なんだかんだ助けられてるしな。


 俺は帽子を手に取り、立ち上がった。




 沼尻公園の奥にある小さな動物園は、思っていたより人が多かった。

 七海も言っていたが、夏休みだからだろう。

 子ども連れの家族や、学生らしい集団が園内を歩き回っている。


 入口の前で七海が立ち止まった。


「わあ……」


 目を輝かせている。

 どう見ても調査に来た人間の顔じゃない。

 遠足に来た小学生の顔だ。


「お前、本当に動物見に来ただけだろ。いや、もうそれはいいんだけど、多少取り繕うとかもないんだな」

「違います」


 七海はきっぱり言った。


「ちゃんと観察します」

「はいはい、まあ期待してるよ。俺も動物は詳しくないからな」


 七海は俺の言葉を無視して、園内の地図を覗き込んだ。


「えーっと……」


 指で順番に追っていく。


「モルモット、リス、ヤマネコ……」

「ペンギンは?」

「一番奥ですね! 水生園は別になってるんですよ」


 余程来たかったのか、リサーチは完璧。

 この場所に限っては俺より七海の方が詳しいかもな。


「順番に見ていきましょう!」


 七海は歩き出した。

 俺は仕方なくその後ろをついていく。


 最初の檻はモルモットだった。

 丸い毛玉みたいな生き物が、のそのそ動いている。


「かわいい!」


 七海が身を乗り出す。


「……ネズミだろ」

「違います!」

「大きいネズミだ」

「違いますって!」


 七海が振り返って睨んでくる。


 だがモルモットの方はそんな騒ぎなど気にもせず、草をもぐもぐ食べていた。

 のんきな生き物だ。


 どんな動物にも化けられるとして、仮面レオンがわざわざモルモットを選ぶことはなさそうだ。


「如月さん、ほら」

「なんだ」

「こっち見てますよ」

「たまたまだろ」

「絶対そうです」


 七海は満足そうに頷いた。


 まあ、楽しそうだから何でもいいか。

 こいつだってフィクティオさえいなければ、普通に友達と動物園を楽しむ女子高生だったはずだ。

 たまにこうするくらいの権利はあるだろう。




 そのまま次の檻へ向かう。

 リスの小屋だった。

 木の枝の上を、小さな影がぴょんぴょん跳ねている。


「速いな」

「すばしっこいですね」


 七海はしばらく無言で見上げていた。


 こういうときだけ妙に静かになる。

 子どもみたいなやつだ。


 やがて七海がぽつりと言った。


「動物園って、久しぶりです」

「そうか」

「如月さんは?」

「覚えてないな」


 たぶん子どもの頃に一度くらいは来ているはずだが、記憶に残っていない。


 七海は少し考えてから笑った。


「じゃあ如月さんも久しぶりですね」

「そうなるな」

「たまにはちゃんと遊ばないと。如月さんはその歳で老けすぎです」

「おまっ……失礼な」


 18歳で老けてるはないだろ。

 これがありさに言われていたら立ち直れないぞ。


「よく言えば大人っぽいですけど、たまにおじさんみたいです」

「仕方ないだろ。2年間、おじさんの元で育って、おじさんが俺に何でも教えてくれたんだ。」


 師匠みたいなおじさんになれているなら、それも悪くない。


「……その理屈だと、わたし、7年もおばあちゃんといたんですけど」

「おう、じゃあ気をつけろよ。気を抜くと俺よりも老けるぞ」

「いっぱい遊ぶから大丈夫ですー」


 七海が吹きだし、俺もつられて笑った。


 そうだな、七海のようなやつが、ただ遊んでいられる北園寺にするために、師匠や俺のような探偵がいるんだったな。




 次はヤマネコだった。


 檻の奥で、茶色い猫が丸くなっている。


「寝てますね」

「猫だな」

「ヤマネコです」

「猫科だろ」


 七海は腕を組んで考え込んだ。


「でも猫よりかっこいい気がします」

「見た目ほとんど同じだろ」

「違います」


 七海は真剣な顔で言う。


「雰囲気です」


 なんだそれは。

 俺はため息をついた。


 それでも、七海は楽しそうだった。

 さっきから、ずっと。


「雰囲気なら、うちの副所長の方がかっこいいな」

「如月さんって、意外と親バカするタイプだったんですね」


 なんでだよ。実際シェルナの方がかっこいいだろ。


「次行きましょう!」


 七海が歩き出す。その足取りは軽い。


 まるで本当に、ただ遊びに来ただけみたいだった。

 まあ、実際そうなのだろう。




 ……そして、結局。


 俺たちは一番奥の檻の前に立っていた。


 ペンギンだった。

 白と黒の小さな鳥が、よちよち歩いている。

 七海の目が、今までで一番輝いた。


「かわいい……!」

「だから最初からそれ目当てだっただろ」

「違います」


 七海は即答した。


 だが視線はペンギンから一ミリも動いていない。


 完全に夢中だ。

 ペンギンは水に飛び込むと、魚みたいに泳ぎ始めた。

 水面の下を滑るように進む。


「速いですね」

「さっきのリスより速いな」

「陸では遅いのに」


 七海はしばらく黙って見ていた。

 やがて小さく言った。


「いいですね」

「何が」

「こういうの」


 俺はペンギンを見る。


 次に七海を見る。


 七海は、ただ楽しそうに笑っていた。

 ……まあ、悪くない時間だ。


 俺は柵にもたれながら、ペンギンの泳ぎを眺めた。

 七海の言う通り。

 たまには、こういう日があってもいいのかもしれない。


「北園寺に来たとき、友達ができるなんて思ってなかったです」

「その性格でか? 意外なこと言うんだな」


 七海のように明るくて素直なやつなら、どこに行っても友達に囲まれているんだろうと勝手に思っていた。


「故郷の村ではちゃんと友達いましたよ。今はもう、その時の友達は……」

「……そうか」


 七海の故郷__10年前、怪盗フィクティオによる大規模アーティファクト実験によって、地図から消えた村だ。


「それでわたし、人と関わるのが怖くなっちゃって。特に北園寺といえば、今でも怪盗が出る街でしょ? だから、あんまりここで人と関わることはないのかなーって、思ってました」


 視線はペンギンに向けたまま、七海は静かに語った。


 どんな表情をしているのかを覗き見るのは、なんだか憚られて、俺もペンギンだけを見続ける。


「でも、探偵がいる街はきっと大丈夫だって、今は思います」

「そうか」


 気の利いた言葉を返すべきか悩んで、そう思った時はうまくいかないから黙っていろと師匠に言われたのを思い出し、唇を噛んだ。


「これからも遊びに行きましょうね、如月さん」

「……たまにだぞ」

「はい! たまに、いっぱい遊びに行きましょう!」


 それはたまにじゃないだろう。

 でも、それは声には出さず、俺はただ笑った。



 __足元を毛玉が横切るのを感じながら。




 

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