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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第45話 マグネットの万年筆と絶対音感

 緑あふれる沼尻公園の奥。

 人通りの少ない雑木林に、俺たちは木馬を追い込んでいた。


 ガタガタガタガタ。


 木馬は、地面に根を張るように立ち並ぶ木々の間を、無茶苦茶な軌道で跳ね回っている。


 さっきまでの石畳と違って土の地面だ。

 多少は勢いも落ちると思ったが、そんなことはなかった。


「こいつ、元気すぎやろ……!」

「泣き言言うな!」


 新田が木馬の横へ滑り込み、体当たりを入れる。

 俺も逆側から蹴りを叩き込んだ。


 ドゴン。


 木馬の胴体に衝撃が走る。


 だが――


「……効いてねえな」

「全然やな。内臓とかあるわけとちゃうし」


 木で出来た胴体が、わずかに揺れただけ。

 まるで殴ったのが間違いだったかのように、木馬は再び跳ね上がった。

 そのまま俺の肩をかすめ、木の幹へぶつかる。


 ドン!


 木の葉がざっと落ちる。


「如月君!」


 新田の声。

 次の瞬間、俺の身体は勝手に横へ転がっていた。


 インバネスコートの制御だ。

 着用者に危機が迫ると、身体を自動で制御するアーティファクト。


 それが木馬の突進を、自動で回避してくれている。


「助かった……」


 これがなかったら、今ごろ木の幹と俺でサンドイッチだった。

 新田に見られた以上、何かのアーティファクト由来の動きとバレただろうが、問題はそこじゃない。


「おい新田」

「なんや」

「これ、壊せるのか?」


 正直な疑問だった。


 こういうアーティファクトで操られた物体の大抵は「操る側」をどうにかしないと止まらない。

 だが今回、操ってる奴の姿は見えない。


 つまり――


「壊すしかないんじゃないのか?」


 新田は一瞬、黙った。


 そして左耳のピアスに指を当てる。

 深緑の宝石を目にはめ込んだ、木彫りのフクロウ。

 そのアーティファクトが、淡く光ったように見えた。


「……なるほどな」


 新田は、ゆっくりと目を閉じる。

 耳を澄ませるように。

 いや、実際にそうしているんだろう。


 風の音。

 葉の擦れる音。

 木馬が地面を叩く音。


 それら全部を、新田は聞いている。


 やがて新田が目を開いた。


「如月君」


 その声には、さっきまでの軽さがなかった。


「なんだ」

「とにかく殴れ」


 ……は?


「壊せるかどうかやない。殴り続けてくれ」

「雑すぎるだろその作戦。実際それでどうにかなるとは思えない固さだったろ」


 木馬が横から突っ込んでくる。

 俺は木の幹を蹴って飛び退いた。


 ガン!


 木馬が幹にぶつかる。


「説明しろ!」

「静かに殴らんかい! 今聞いとるんや!」


 新田は耳を押さえたまま叫ぶ。


「構造を読むには音が要る! とにかく叩け!」


 ……そういうことか。

 あのフクロウのピアス。


 装着者に「音から物の構造を完全把握する力」を与えるとか、そういう類のものなのだろう。

 つまり今、新田は木馬の内部を聞いている。


「最初からそう言え!」


 俺はコートの内ポケットに手を突っ込んだ。


 取り出したのは、銅のパイプ。

 俺の三つ目のアーティファクト。


「まあ、普通の鉄パイプでいいか」


 握った瞬間、パイプの形が伸びる。

 細く長く、重量のある鉄パイプ状へと変化した。


 このアーティファクトの能力は単純だ。

 パイプと呼べる範囲内で形状を自在に変えられる。それだけだ。


 いろいろ試したが、パイプ以外の形には絶対にならない。

 逆に考えれば、どれだけ木馬を殴ろうと、こいつの方は壊れる心配はないってことだ。


「よし、付き合ってやる」


 俺は木馬へ突っ込んだ。


 そして――ゴン!


 鉄パイプを、思い切り振り下ろす。

 乾いた音が雑木林に響くが、木馬はびくともしない。


 構わずもう一撃。


 ゴン!


 さらにもう一撃。


 ゴン!


「おい如月君!」


 新田が叫ぶ。


「もっと叩け!」


 俺はため息をついた。


「言われなくてもやってるだろ!」


 情報が集まったかと期待しただろうが。

 すぐに構え直して、また鉄パイプを振り上げる。


 そしてまた―― ゴン! ゴン! ゴン!


 雑木林に、鈍い打撃音が響き続ける。


「おい新田、まだか? あと構造がわかったあとどうする気なんだ!?」

「静かに叩け言うたやろ! もうちょいなんや」

「さっきも気になったけど、静かに叩けってなんだよ……」


 おおよそ木馬がどう動くかはわかってきた。

 鹿撃帽もコートもある。

 一人でこいつの相手をするのは、それほど苦というわけではないが、意味のない打撃を繰り返すのはメンタルに来るものがあった。


「おい新田、まだか?」

「……もうちょいや」

「さっきからそればっかり言ってるぞ!」


 木馬が跳ねる。

 俺はコートの制御に任せて身体を捻り、横へ飛んだ。

 そのまま着地と同時に、また一撃。


 ゴン!


 木馬がぐらりと揺れる。

 だが壊れる気配はない。さっきからけっこういい音鳴らしてるとは思うが。


 やっぱり意味があるようには思えなかった。


「おい、本当にこれ意味あるんだろうな」

「あるで。……お疲れさん」


 新田の声が、やけに落ち着いていた。


「今、全部見えたわ」


 俺は鉄パイプを振り下ろすのを止めた。


 新田はゆっくりと目を開く。

 その視線が、木馬を貫いた。


「ほう……なるほどな」

「何がなるほどだ」

「思ったよりシンプルや」


 新田は左耳のフクロウのピアスを指で弾いた。


「音は嘘つかへん」

「もったいつけんな」

「中身、全部わかった」


 新田は懐へ手を入れる。

 取り出したのは、一本の万年筆だった。

 黒い軸に、金の装飾。


 古風なデザインのそれを、新田は軽く回す。


「ちょっと下がっといてくれ。如月君」

「それがお前の武器か?」

「いいや、武器とはちゃうな」


 新田がにやりと笑う。


「けど、バラすのは得意や。任せとき」


 万年筆のペン先が、木馬へ向いた。

 その瞬間だった。


 カン。


 木馬の腹の奥から、小さな金属音がした。


 次の瞬間__バキン。


 木馬の腹板が、わずかに浮き上がる。


「……は?」


 木製の胴体の内側から、小さな鉄の留め金が引き抜かれていた。

 それが空中を滑るように飛び、新田の手元へ吸い込まれる。


 カチンと小気味よい音を響かせ、万年筆の軸に貼り付く。


「武器があったらよかったんやけどな。こいつは磁石や」

「……なんだって?」


 新田は肩をすくめた。


「この万年筆な。鉄製品の位置と形がわかっとれば」


 軽く振る。


「無制限の磁力を生み出せる」


 その言葉が終わる前に、もう一つ音がした。

 バキン。


 木馬の首の継ぎ目から、別の留め金が引き抜かれる。

 それもまた空中を滑り、新田の手元へ飛んだ。


「さっきから殴らせとったやろ?」

「……ああ」

「その音でな」


 新田が指で木馬を指す。


「どこに鉄が入っとるか、全部聞いた」


 次の瞬間。


 ガガガガガッ。


 木馬の内部で、連続して金属音が鳴る。


 留め金、補強板、内部の金属部品。

 それらが次々に引き抜かれていく。


 まるで見えない手に分解されているみたいだった。


「おいおい……」


 俺は思わず呟く。

 木馬の胴体が、みるみる歪んでいく。

 支えを失った木材が軋み始めた。


「ほら、もう終わりや」


 新田が万年筆を軽く振る。


 最後の留め金が引き抜かれた。


 その瞬間。

 バキッ。


 木馬の胴体が、真っ二つに割れた。


 木片が地面へ崩れ落ちる。


 ガラガラと音を立て、雑木林の土の上に散らばった。


 そして__

 動きは完全に止まった。


 沼尻公園には木々のざわめきと水鳥の声だけが聞こえるいつもの静寂が戻る。


 新田は万年筆を指先で回し、懐へ戻した。


「ほな、こんなもんやな」

「……お前」


 俺は散らばった木馬の残骸を見た。

 あれだけ暴れていた物体が、たった数秒でただの木材に戻っている。


「最初からそれやれよ」

「無茶言うな」


 新田は肩をすくめる。


「鉄の位置と形がわからんと磁力は使えん」


 フクロウのピアスを指で弾く。


「せやから、音を聞いとったんや」

「まあ、それくらいの縛りがあってくれてよかったのかもな。身体の鉄分でもいけるなんて言われたら、お前が大阪帰るまで夜も眠れん」

「ようそんなグロいこと、この一瞬で思いつくなあ。ほんで、俺を大阪に帰したすぎやろ」

「アーティファクトの力を正確に理解しようとすると、どうしても最悪な方向に考えちまうんだよ」


 師匠の教えのせいでな。師匠のアーティファクトがあれば、物理的な攻撃や、通常兵器の類にはほぼ無敵といっていい。

 だからこそ、理屈の通じないアーティファクトに対しては、誰よりも警戒する人だった。


 さて、それはそうとだ。


「新田、そのピアスは何がどこまで聞き分けられるんだ」

「イジワルなこと言う如月君には教えてあげへん。__ちゅうのは冗談としても、如月君はそのパイプのこと、訊いたらなんでも教えてくれるん?」

「……いや、教えないな」


 魔道具管理法により個人所持が全面禁止されているアーティファクト。探偵たちも法律の例外ではない。

 怪盗と戦うため、違法と知りながら隠し持っている、いわば切り札だ。

 同業とはいえ手の内を晒したくはない。


「じゃあこれだけ教えてくれ。近くに人はいるか? 足音とかさ」


 木馬を操っていた怪盗がいるようなら、そいつを押さえにいかなくてはいけない。新田もそれは同じはずだ。


 見渡したところ、佐倉さん……だったか? 源さんとこの若い警官を中心に、警察はうまくやったようだ。

 つまり、見える範囲に人はいない。


「いや、周りに人間の音はないわ。けっこう遠くから操れるっちゅうことやな。厄介なことやでホンマ」

「そうか。じゃあ一応この残骸を警察に届けて終わりかな」


 かなり強力な物体操作のアーティファクトなのか、それとも__

 その辺の水鳥のどれか1羽が、仮面レオンの変身した姿なのか。


 俺の視線を追い、新田もその可能性に気がついたようだった。


「ペンギンに化けたんやっけ、仮面レオンって。如月君、動物くわしい?」

「いいや。人並だな」

「オレもや。動物博士でも呼んでこよか、シートンとか」


 緊張感の欠片もないな、こいつは。

 それが案外探偵として大成する秘訣なのかね。


「……亡きシートン博士が呼べるアーティファクトがあったら、そっちの方が厄介だな」


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