第44話 ピーカーブーの渡り鳥と暴走木馬
仮面レオンのペンギン騒ぎから、数日。
北園寺はつかの間の平穏を取り戻していた。
人形がスリや引ったくりを働き逃げ回ることもなく、不審なペンギンやヨウムが発見されることもない。
あれがカラスやハトに化けていたなら、誰も気にもとめないだろうな。
事務所の椅子に体を預けて天井を眺めながら、俺はそんなことをぼんやり考えていた。
夏休みも半ば。
仮面レオンを逮捕せよとの警察依頼は進まず、怪盗以外の依頼もからっきしだ。
いつも我が物顔で事務所に入り浸っている七海も、今日はありさ、マユミさんの二人と出かけているらしい。
冷房代をケチるようなやつと、私立の女子校に通う二人がどこに行って何をするのか。
想像もつかないが、まあ仲がいいのは良いことだ。
しかし、そうなるとだ。
「ヒマだな」
言葉にしてしまうと、余計に時間の流れが遅く感じられた。
今日はずっと、部屋中をうろつくシェルナと、壁掛けのアナログ時計を交互に見るだけ。
やはり七海を大怪盗に仕立て上げ、怪盗の時代を復活させるプランは必要不可欠か。
そんな考えが頭をよぎった時だった。
__ブルルル。
机の上のスマホが震える。
画面を見ると、表示されていた名前は__
「源さんか」
嫌な予感しかしない。
この人からの電話は、大抵ロクな知らせじゃないのだ。
だが出ないわけにもいかない。
通話ボタンを押す。
「もしもし」
『おう見習い。ヒマか?』
「いや、めちゃめちゃ忙しいです」
『そうか、じゃあ怪盗の情報はいらないな。仮面レオンの逮捕、そこそこの成功報酬がでるはずなんだが』
「ヒマです。すぐ行きます」
『最初からそう言え』
電話越しに聞こえるでかいため息。
仕方ないだろ、このクソ暑いのに猫探しとかさせられる可能性もあったんだから。
『駅の南側、沼尻公園の手前あたりだ。妙なもんが走り回ってる』
「妙なもん?」
『木馬だ』
「……は?」
電話を持ったまま、しばらく固まる。
「源さん、昼から飲んでるんですか?」
『飲んでねえよ。動く木馬だ。子供が乗る遊具のやつ』
「もうそれ、怪盗どころかアーティファクトでもないの、いろんな人形捕まえて分かってるでしょ」
『それでも放置ってわけにいかないだろ。今度のはネックレスを盗んで首からかけてるらしいぞ』
らしいぞ、じゃねえよ。
あんたも現場に出ろ。
「とりあえず向かいます。報酬、期待してますね」
『おう、俺の管轄じゃないがまあ口利きくらいはしておいてやる』
通話が切れる。
スマホをポケットに押し込み、椅子から立ち上がる。
「木馬ねえ……」
先日の風船人形と違って、固くて重いからな。
一応、鹿撃帽とインバネスコートを手に取る。
この季節は暑くて嫌なんだが、まあ背に腹は代えられない。
事務所を出て、沼尻公園方面へと向かうことにする。
真夏の日差しが、容赦なく照りつけ、走り出したときにはもう汗がにじみ始めていた。
沼尻公園の手前、ヴァイオレット通りまで来たあたりで人だかりが見えた。
落ち着いた雰囲気の飲食店や古着屋の立ち並ぶ通りに似合わない、大騒ぎが起きている。
「おーい! そっち行ったぞ!」
「止めろ止めろ!」
警官の怒鳴り声。
そして――
ガタガタガタガタ。
道路の向こうから、奇妙な音が近づいてくる。
「……なんだあれ」
通りの真ん中を、木馬が走っていた。
遊園地のメリーゴーランドにあるような、あの木馬だ。
源さんが遊具というから、もっと小さいものをイメージしていたが、ポニーくらいのサイズはある。
4本の脚は固定され動かず、脚としての機能を完全に放棄して、ヴァイオレット通りを全力で飛び回り、駆け抜けている。
「これをどうやって止めろと……」
そう呟いた瞬間。
「いやぁ、なかなかええもん見せてもろてるなあ」
聞き覚えのある声が、背後からした。
振り向くと、そこに立っていたのは――
「……お前、まだ帰ってなかったのか」
「冷たいこと言うなや。如月君」
最初に会った時同様、派手な法被を羽織り、B級映画でも鑑賞するかのようにニヤニヤと笑う男。
大阪祠島の探偵、新田成秀だった。
「観光に飽きるっちゅうことがないな、北園寺は。またなんかのアーティファクトで操られたおもちゃやんな?」
「たぶんな。お前は何しに来たんだ。見てないで、警察を助けてやったらどうなんだ」
「いや、これが市民の皆様だけやったらそうしたで。けど、ポリ公の前でアーティファクト使うわけにもいかんやん。如月君もそうやろ?」
新田は顎で通りを指す。
その先では、木馬が動かぬ脚で跳躍し、ドスンとパトカーの屋根をへこませていた。
「オレ一人ではどうにもならん。せやから如月君来るのを待っとったんや」
「……ああ、そうかい」
俺は小さく息を吐いた。
「お前、動けるんだろうな?」
「もちろんや。現役バリバリ探偵で、ピッチピチの26歳やで」
新田はにやりと笑う。
「怪盗の街、北園寺。見学だけやと思っとったけど__」
通りを駆け出しながら言った。
「セカンドライフにちょうどええかもな」
「頼むから住もうとしないでくれ」
新田に後れをとらぬよう、俺も木馬へ向かって駆け出していく。
木馬は、信号を無視して交差点を突っ切り、ヴァイオレット通りの中央を跳ね回っていた。
四本の脚は相変わらず宙に浮いたまま。
もともと動くものではないと主張するような無表情で、ガタガタと石畳を跳ね回っている。
そのたびに周囲の店から悲鳴が上がった。
「うわっ! 何あれ!?」
「危ない、離れて!」
警官が叫び、市民が逃げる。
だが通りは狭い。木馬の動きも目的も読めない。
このまま好き放題走らせておくのはまずい。
「新田」
「わかっとる」
俺が言う前に、新田はすでに木馬の動きを観察していた。
さすがに自分で名探偵を名乗るだけはある。
「この通りやと人が多すぎる。被害が出る前に場所変えた方がええ」
「ああ、沼尻公園に押し込む。向こうの方だ」
平日の昼間でも人通りはあるだろうが、なんせ広い。
関係のない人間を巻き込む心配はグッと下がるし、何よりも__
「木が多い、死角も作れる。そしたら出し惜しみすんなよ」
「如月君の方こそ、隠し事はいったんなしでいこうや」
そこでなら多少アーティファクトを使っても、一目につかない。
意見はすぐに一致した。
俺はすぐに近くの警官へ声をかける。
「あー、えっと笹山さん!」
「あ、真守くん! 佐々木です!」
振り向いたのは、見慣れた顔だった。
源さんの下でよく見かける若い警官、佐々木だ。
……また名前を間違えたが。
「この先の沼尻公園、入口の周りだけ市民を遠ざけてくれ」
「え?」
「ここじゃ危ないだろ。俺とこいつで、追い込むから」
少し迷った顔をしたが、佐々木さんはすぐ頷いた。
「わかりました。任せてください」
「助かる」
佐々木はすぐに無線へ手を伸ばす。
よし、これで最低限の準備はできた。
「ほな、やるで」
「押し込むぞ」
木馬が再び通りを横切る瞬間を狙う。
ガタガタガタガタ。
石畳を跳ねる音。
その進路を読み、新田が横から飛び込んだ。
「よっ!」
派手な法被が翻る。
新田の体当たりが木馬の横腹に当たった。
だが――
「重っ!」
木馬はびくともしない。
どこまでが自重で、どこからがこいつを操ってるアーティファクトの力なのかわからないが、ともかく想定より骨が折れそうだ。
木馬は逆に新田を押し返そうと進路を変える。
「おわっ! ちょちょちょ、これはアカンて」
「戦う時くらい静かにできんのかお前は」
そこへ俺も飛び込む。
鹿撃帽を押さえながら、木馬の首に腕を回す。
体重をかけ、進行方向をねじ曲げる。
「このまま公園へ誘導する!」
「了解や!」
木馬は暴れる。
だが、完全に制御できないわけじゃない。
右へ体重をかける。
新田が逆側から押す。
なんとか進路が変わり、二人がかりで無理やり引き摺っていく。
「よし……行ける」
沼尻公園の入口はすぐそこだ。
木陰が多く、人目も減る。
新田のアーティファクトを当てにするなら、あそこしかない。
正直言って俺の方は既に使っている状態だ。
かかとが若干擦れて痛んでいる。
死ぬこと以外かすり傷とする鹿撃帽と、着ているものに危険が迫ると身体を自動で制御して回避するインバネスコートがあっての負傷だ。
本来はどんなことになっていたのか考えたくもない。
「如月君!」
「わかってる!」
木馬が再び跳ねる。
その勢いを利用して、俺たちは進路を公園側へと押し込んだ。
ガタン!
__ガタガタガタガタ。
木馬が縁石を乗り越え、石階段を転がり落ちていく。
「……よし。この下からもう沼尻公園だ」
「ほな第一ラウンド終了ってことやな」
これで、木馬の無力化だけに専念できる。
「ちょっとくらいはアテにしとるで。如月君」
言いながら新田は、左耳を飾るピアスを取り替えていた。
深い緑色の宝石を目に埋め込んだ木彫りのフクロウのピアス。
このタイミングで替えたのだから、つまりそれが新田の使うアーティファクトだということだ。
「お前こそ。足引っ張ったらその足で大阪帰れよ」
眼下で木馬が起き上がる。飛び込むタイミングを計りながら、俺もコートの内ポケットから銅のパイプを取り出す。
出し惜しみなしって話だったしな。仕方ない、こいつも使ってやる。
俺の持つ3つのアーティファクト。__その最後の1つを。




