第43話 ジャンヌダルクの一声とこのゆびとまれ
店内を歩く5羽のペンギンを、改めて見回す。
3年前、探偵になろうと決めたときには、まさかペンギンの見分けをすることになるとは思ってもみなかった。
ナミ、シオ、ソラ、クロ。
改めてポスターを確認するが、載っているのはこの4羽だけ。
だが今この店内には、確かに5羽が思い思いに柵の中を闊歩しており、そのどれか一羽が仮面レオン。
そういうことらしい。
それぞれの模様や身体の特徴から、ナミが2羽いるように見えているが、先入観はよくない。
ナミだと思い込んでいる個体が、実は別のやつという可能性もある。
つまりは……俺からすれば全部同じに見えるのだ。
問題は、どうやって見分けるかだが――
「七海、何か策はないか?」
「え、わたし?」
「そうだ、お前だ」
クソっ! こともあろうに七海に頼ることになろうとは。
だが、最初に思いついたのは、こいつのペンギン愛に賭けることだった。
正直俺には、ペンギンらしい行動の知識などない。
「何かペンギンの特徴とか知らないか? 1羽は人間が変身してるやつなんだ。行動とかで見分けがついたりしないか?」
「ペンギンの特徴ですか。ええと……賢いです!」
「お前よりか? だいたいの動物がそうだと思うが」
「またそうやってバカにして! そんなこと言うなら教えてあげませんよ」
しまった。
ついクセで反射的に返してしまったが、今は七海頼りなんだったな。
「すまん。ペンギンより賢い七海さん、続けてくれ」
「それはそれでバカにしてますよね!? えっと、ここの子達はどうか分からないですけど、飼われてるペンギンさんはだいたい自分の名前は分かるんです。呼んだら反応してくれるかも」
「なるほど……」
緩やかな時間が流れる癒し空間の中で、俺達5人だけが真剣にペンギンのことを考え、浮いている。
周囲のお客さんも時折、不思議そうにこちらを見ている。
だが、そんなことを恥じている場合ではない。
ありさと戯れてた方の暫定ナミ__ナミAが変態怪盗・仮面レオンだった場合には生かしちゃおけないのだ。
「やってみるか。 とりあえず……おーい、シオー」
クチバシの先が白い、分かりやすい特徴をもつシオに呼び掛けてみる。
「…………」
シオは、まったく反応せず天井の照明を見つめている。
「おい、ダメじゃねえか。どういうことだ七海」
「いや相手は動物ですから。そういうこともありますよ」
そういうこともあるじゃダメなんだよ今は。
「ねえ、シオ。こっち向いて」
隣でかがんだありさが改めて、声をかける。
「ありさ、さっき見ただろ。文字通りのシオ対応ってやつを__っ!」
シオが、こちらを、振り向いた……だと!?
「さすがありさだ。ペンギンにもカリスマ性ってのは伝わってしまうものなんだな。俺の負けだ」
やはり俺の妹は、天才だ。
不可能を可能にする力をその身に宿して生まれてきたのだろう。
ペンギンすら導くその姿はさながら北園寺のジャンヌダルクといったところか。
「あの、単に如月さんが殺気立ちすぎて怖がられてただけなんじゃ……」
「……いや、まさか。ありさの才能ですよ」
マユミさんが引き気味に俺を覗き込む。
NEON RIOTのリーダーともあろう人がありさの魅力に気が付かないとはな。
灯台下暗しといったところか。
「よしありさ、その調子で次はクロ、その次はソラを呼んでみてくれ。お前の声ならペンギンの脳みそでも従うべきだと理解できるようだからな」
「わかった。やるから静かにしてて、キモいから」
「キ__」
……そうか。
ありさも大きくなったんだもんな。反抗期も来るよな
思えば初めて会った時、俺は8歳、ありさはまだ4歳だったのだから、何もかもが変わっていくのも当然だ。
師匠だって、弟子入りから1年経ったころには「お前は変わったな」なんて繰り返し言っていた。その何倍の月日が過ぎたのだろう。
俺も歳をとったということかな。日々感傷に浸ることが増えて__
__バチン。
「トリップしてないで。終わったけど、次は? ナミ呼ぶでいいの?」
ありさからの強烈な平手打ちで、この世に思考が戻された。
どうやらクロとソラの確認が終わったらしい。
「あ、ああ。すまん……そうだな、ナミを呼んでみてくれ」
店の奥でまどろむナミAと、来店直後七海に寄ってきてずっと俺達の前から動かないナミB。
その両方が視界に入るよう、ペンギン達用の膝丈の柵から一歩下がる。
「ビンタについては何も言わないんですね」
「ああ、あの人シスコンなんです」
マユミさんと七海の失礼な会話を無視し、ナミ候補2羽を凝視してその時を待つ。
「おーい、ナミー」
ありさの声に反応して、振り向くナミA。
そして、首を上げるナミB。
……おい。
「どっちもリアクションしたぞ。どうなってるんだ七海」
「なんで全部わたしのせいなんです!? シスコンなのはともかく、わたしに対してだけ当たり強すぎませんか?」
この作戦は失敗か。
七海の言うことを信じたのがそもそもの間違いだった。
「あのー……人間が変身してるって話でしたよね? さっきわたし達が、名前を呼んだら反応するって言ってたのを聞いてて、合わせてるんじゃないですか」
マユミさんが恐る恐る挙手して、そう囁いた。
……まあ、そうだな。いや、わかってたさ。
「つまり七海が悪いな」
「意味がわかりません! 他にもペンギンを見分ける方法ありますよ……たぶん」
「もうお前には頼らん。ペンギンにわか」
「如月さんはにわか以下でしょう!?」
こいつと協力することを一瞬でも検討した俺が情けなくて泣けてくる。
次の手こそ俺自身で考えなくては、と考え始めた時だった。
ことの成り行きを静観していたキョウカが名乗りをあげた。
「では、私も一つペンギン知識を披露してもいいかな?」
キョウカは俺に向けてウインクを1つ。
柄にもないその仕草に、俺はひらめくものがあった。
「キョウカなら信用できるな。聞かせてくれ」
「あの、だから__」
「__この兄貴面バカにもわかるように教えてあげてよ、キョウカ」
マユミさんが制止しようとするのを、ありさが被せて止める。
こういう以心伝心は孤児院時代から得意だったもんな。
「では失礼して。ケープペンギンというのはペンギンの中でもとりわけ好奇心の強い種だ。そして同様に、警戒心の薄い種でもある。生息域であるエルズミーア島周辺に天敵がいないためだ」
「ほう、なるほど。それで?」
自然に。
あくまで自然に続きを促す。
「そうすると、二足歩行をする我々を同胞と勘違いして挨拶をしてくれるんだ。手を翼の形にして差し出せば、向こうも翼の先で触れてくれるはずだ。本物のケープペンギンであればな」
「いいアイデアだ、キョウカ。早速やってみよう」
俺はすぐに目の前のナミBへ向かい、柵の上から右手を差し出した。
「さあ、どうなる……?」
するとナミBは、数歩俺に近寄ってきてその翼を__俺の指先に触れさせた。
「……確定だな」
「あの、如月さん、キョウカ。だから話を聞かれてたら__」
「お前が怪盗仮面レオンだ。ケープペンギンにそんな習性はない。そうだろキョウカ」
「そうとも如月君。先ほどのは私が今適当に考えた習性だ。そもそもエルズミーア島は北極だしね」
目の前のペンギンが目を大きく見開いていく。
日本語が通じてなきゃ説明がつかないくらいに。
「よかった、七海が触ってた方が怪盗で」
「よくないよくない! 怪盗ですよ、逮捕しないと」
「あ、ああ……そうか」
逃げられないようがっちり捕まえようと両手を伸ばす。
「さあ怪盗仮面レオン、おとなしく__!?」
突然、偽ペンギンが濃い煙に包まれる。
構わず煙の中へ手を突っ込むが、そこにいたはずのペンギンの感触はなかった。
「如月さん、上!」
七海が指さす先を見上げる。
「お見事お見事!」
「うお、喋った……」
その先には、体長30センチほどのヨウムが羽ばたいていた。
妙に甲高い声で、俺達を煽るように話しかけてくる。
俄かにざわつき始める店内を、ヨウムはギョロリと見まわしていく。
「さすが北園寺の探偵だね。ペンギン変身、もうちょっと楽しめると思ったんだけどなあ」
「そいつはどうも。大人しく捕まってはくれないか? なんか、その姿を無理やり捕まえるのは、なんか動物虐待みたいで気が引けるんだよ」
「それは無理かな」
ヨウムは小刻みに首を傾げ、こちらとの距離を測っている。
仕方なく飛びかかろうと覚悟を決めた時だった。
背後で店内の冷気が逃げる感覚。
__店内の騒ぎをしらない新規の客が扉をあけて入店してきたのだ。
「また会おう、如月探偵!」
ヨウムはその機を逃さず、扉の隙間から飛び去っていく。
「くそっ、待て!」
すぐに追いかけ店の外へ飛び出したが、通りにはもう姿がない。
残っているのは、通りを歩く人混みだけだった。
「……逃げられたか」
息を吐いて空を見上げる。
変身のアーティファクトの使い手、仮面レオン。
少なくともペンギンとヨウムには完璧に化けられる。
それが分かったのが、せめてもの収穫か。
容赦ない8月の日差しが肌を焼く感触に、途方にくれるなら涼しいところで、本物のペンギンとにしようと、諦めて店内に戻ることにした。




