第41話 カメレオンの仮面と通常運転
七海との協力関係をうやむやにしたあの日から、もう4日連続で怪盗騒ぎが起きていた。
「昨日は某ゲームキャラクターのフィギュア、今日はパチンコ屋前の風船人形……ふざけた怪盗だな」
お猿のおもちゃから始まった怪盗は、次々に姿を変え、その度に小さな窃盗を繰り返している。
俺の手には空気の抜けた風船人形が、人をおちょくったような笑顔をしわしわの顔に貼りつけていた。
「ま、簡単に捕まるのはええけど、どう見たって怪盗本体ちゃうからな」
今日も新田と挟み撃ちにして捕まえたが、こいつの言う通り、捕まえればただの人形に戻るのを繰り返していた。
人形を操ることができるのは間違いないようだ。
「魔鑑の結果、もう出たんちゃうの? さすがに警察もよそ者のオレには教えてくれんかったんやけど」
「聞いてみたのかよ。ああ、最初の事件の結果はもう出ている。お猿はシロ、つまりアーティファクトじゃなかった。お猿が盗んだ学生服のボタンのうち一つがアーティファクトだったみたいだけどな」
「ボタンまでもがアーティファクトなんて、さすが探偵と怪盗の聖地・北園寺や」
「祠島も似たようなもんだろ。それに、単に一定以上に明るいところに置くと光るだけらしい」
もともと明るいところでないと発光しない以上、持ってる本人も気が付かなかっただろうな。
本当にショボいアーティファクトだ。
「なんやそれ、光るパジャマにも使えんやん」
「子供向けのパジャマにアーティファクトつけようとすんな」
新田の戯言はともかく、そんな使い道のないアーティファクトを集めて、一体なにがしたいんだろうな。
しかも毎回、実行役の人形は捕まっていると来ている。
「お猿がアーティファクトちゃうんやったら、やっぱ遠隔操作なんやろな。如月君、どう思う?」
「遠隔操作だろうな。何かのおとりという線も考えたんだが……今のところ北園寺で起きてるのは、この人形騒ぎだけだ」
「オレと如月君がいてお手上げっちゅうのも、なかなかやり手の怪盗さんなんかもな」
新田は馴れ馴れしく肩を組んできながら、そう言って笑った。
「お前はともかく、俺は普通の探偵だ」
「またまたご謙遜をー。門倉秀樹唯一の弟子やで? もっと誇りをもたんと」
「うるせえ」
早くこの事件が八大怪盗と関係ないことを示さないと、この小うるさいエセ関西弁がいつまでも付きまとう。こんなバカ怪盗の事件くらい、とっとと解決しないとな。
しおしおになった風船を手に、一応交番に向かう。
昨日まではこの役回りは警察に顔なじみのいる俺にまかせ、新田とは現地解散だったのだが、とうとう着いてくるようになった。
「おい、源さん。いるんだろ」
「うわ、何やここ。東京の駐在所ってこんなタバコ臭いんか」
新田の苦情通り、裏で源さんがタバコをふかしてる匂いが表まで漂ってきていた。
まあ、いつものことだ。
「ちょっと待ってろ。今手が離せないんだ」
火のついたタバコを持ってることを、手が離せないと言うか、この不良警官は。
しばらく待つと、奥の扉が開き、心底面倒そうに無精ひげのいかついおっさんが顔を出す。
「よう、今日は何の用だ探偵見習い」
「見習いじゃねえって。今日も今日とて、窃盗犯のお人形を渡しに来たんだ。ほらこれ」
面倒なのはお互い様なのだ。
さっさと風船を押し付けて帰ろう。
「おう、そうか。その辺置いとけ。どうせそれもアーティファクトじゃねえよ」
「なんや、テキトーなおっちゃんやな」
俺の肩越しに様子を窺っていた新田が口を挟む。
「お? なんだ昨日来た坊主じゃねえか。如月の知り合いだったのか」
「せやから昨日もそう言うたやん、おっちゃん。大阪祠島の新田成秀言うたら、けっこう顔の売れてる探偵やと思うんやけど」
「知らん。俺は探偵なんか門倉と如月を覚えるので精一杯なんだ。師弟そろって問題児だからな」
一般人ならともかく、あんた怪盗事件に詳しい現場の警官だろ。
新田くらいは知ってろよ。
「まあ、いいや。探偵のガキどのその1、2。ちょうど予告状がバラまかれてたから渡しとく」
「オレがその1やんな?」
「どっちでもいいだろ」
源さんはポケットからくしゃくしゃになった紙切れを引っ張り出し、俺に押し付けた。
『北園寺の皆様へ。わたくしの素晴らしい変身ショーへようこそ! 変身を見破れた方には、豪華プレゼントがあったり、なかったり!? さあ、わたくしを見つけてちょーだいっ☆ 怪盗・仮面レオン』
「……いつにも増して酷いな。センスから語彙から、何もかも」
久しぶりに頭の痛くなる予告文だ。
どうだ新田。これが北園寺クオリティだ。八大怪盗じゃないだろ。
「これは……なんかの暗号やろうな」
「いや違う。ドストレートバカだ。北園寺の怪盗はみんなそう」
「そんなわけ……え、あんの?」
すまんな。わざわざ大阪から来て見る予告状がこれで。
「なんか南口あたりで空からバラまかれたんだと。ブルーンかなんか使ったんだろ」
「ドローンな。源さん、さすがにそれはじじいが過ぎる」
昨日から続いている怪盗騒ぎ、文字通りの操り人形がどれほど自由に操れるのかは知らんが、ヘリウム風船みたいなそもそも飛ぶものを使えば空から予告状をばら撒くことも、まあ可能だろう。
怪盗の中でも、目立ちたがりな方だな。この仮面レオンってやつは。
「こらあかんわ。如月君まかせてええ?」
「ああ、北園寺の事件だからな。これでわかったろ、八大怪盗なんかいないって」
「なんや、そんなにオレに大阪帰ってほしいんか」
「まあな。少なくともそのエセ関西弁をやめない限りは」
「ひどいなあ。そんなん言われたら帰りたくなくなるわ」
「なんでだよ」
早く帰ってくれ。
ただでさえ少ない依頼と事件を、新田みたいな有名人に取られちゃ、生きていけないんだよこっちは。
それに七海のこともいつバレるか。
「まあええわ。しばらく観光させてもらうで。ほななー」
そう言い残して去っていく新田の背中を、苛立ちを抑えて見送った。
他の探偵に街をうろつかれるのって、こんなにモヤモヤするんだな。
昔の探偵は縄張り争いで揉めてたって、いつだか師匠の言ってたことも今なら理解できる。
「なんだったんだ、あいつ」
源さんが興味なさそうな顔で呟く。
「あいつが自分で言ってただろ。新田成秀、大阪祠島の探偵だ。一昨年"洛中の辻斬り"エンシスを捕まえたって話題になってた探偵」
「また懐かしい名前だな。エンシスなんてウン十年ぶりに聞いたぞ」
一昨年ぶりであってくれ。どんだけ世の中に疎いんだこのおっさん。
さて、俺も適当にぶらついて帰るか。
この予告状じゃ、推理も捜査もしようがない。出たとこ勝負だ。
「__ん?」
スマホに着信。メールだ。
「七海から……?」
開くと、地図が添付されており、件名「暇なら」、本文「来て」とだけ。
指し示しているのは北園寺通りの一角。
「暇って、人から言われると急に否定したくなるよな」
他に用もないから行くけど。
しかし北園寺通りに俺が知らないものがあるわけないんだよな。あまり期待はできない。
「あ、来た。やっぱりヒマでしたね」
「他に言うことないんかお前は」
指定の場所につくと、その瞬間に来たことを後悔させるような言い草だ。
「如月さん、ここ知ってました?」
「おい無視すんな。……知ってるさ、北園寺の全部と言うほど奢ってねえが、北園寺通りで知らん場所があるわけないだろ」
七海が指差したのは、ペンギンカフェだ。
猫カフェやフクロウカフェの系統の……攻めすぎたやつで、要は本当にペンギンがいる。
本店は別の街にあって、これは北園寺店だったはずだ。
「わたしペンギン大好きなんですよ」
「そうか、交通系ICカードでも眺めてろ」
「だから絶対入りたくて」
「お前さっきから俺の声聞こえてるか?」
バタバタと無駄に腕を振ったジェスチャーでアピールする姿は、出会った時から何も変わっていなかった。
「でもね、わたし入る前にちょっと観察してみたんですよ。賢いので」
「賢いは無理があるってこの前教えたよな」
「そ! し! た! ら!」
天下の往来でいきなりデカい声を出すな。
「カップルとか、友達同士とかで……ひとりで入ってく人なんていないじゃないですか!」
「お前まさかそれで__」
「そうです! 東京じゃこういうのぼっちで入ったらネットで晒されるってくらい知ってますからね」
「晒されねえよ。たまにある東京の偏見はどこで仕入れてくるんだ」
……こんなんだったから仮面レオンを探しに、当てもなく歩いた方がマシだったかもしれない。
「いや。そうだとして……他に誘うやついるだろ。ありさとか、最近ネオンライオットの他のメンバーとも仲良くしてるんだろ? 夏休みだし呼んだら誰か__」
「みーんな断られたから如月さんの番なんです!」
そうか。
何か……哀れだな。七海もだが、補欠で呼ばれてる俺も。
「……ペンギンカフェ、入るか。なんか、癒しが必要な気分かもしれん」
「……すいません」




