第40話 アンバーライトの衝突と分岐点
北園寺通りは、この街を南北に走る大通りだ。
源さんから情報のあった怪盗・お猿のおもちゃ(仮)を探しに、とりあえず通りに出るが、影も形も見当たらない。
「さすがに遅かったか」
連絡を受けてすぐ来たとはいえ、逃走中の怪盗が悠長に同じ通りにいるとも思えない。
「一応、北に向かって歩いてみる。何か手がかりが残っているかもしれないからな。それでいいか?」
「ええよ。オレは見学やから、お構いなく」
新田がひらひらと手を振る。
俺はなんだか新田の一挙手一投足がムカつくようになってきていた。
受け取った言葉通り、新田のことは気にせず歩を進める。
数分歩き、通りの最北端に差し掛かろうかというところに、パトカーが2台停車していた。
「あっちも見失ったのかもな」
「シンバル叩いとるヤツを見失うんかな。脇道入っても音で分かるやろ」
それもそうか。
どういう状況かと思索しながらパトカーへと近づいていくと、膝から崩れ落ちそうになる光景が広がっていた。
「うわ、グロいでこれは」
「グロい……か?」
引きちぎられたお猿がパトカーの前に倒れており、ひび割れたシンバルは放り出され、中身の綿がそこら中に散らばっている。
ボロボロになったおもちゃのお猿の残骸がそこにはあった。
「あ、真守くん。お疲れ様です」
何度か見覚えのある若い警官が俺を見つけ、小走りに寄ってくる。
「お疲れ様です。えーっと……」
「佐々木です。そろそろ覚えてくれると嬉しいんだけど」
ああ、そうだ佐々木さん。ここ数年源さんにくっついている若い警察官だ。
「プラネタリウムの時もいたし、アリスを受け取ったのも僕なんだけど」
「あー、そうでしたね。すいません」
なんかこの人、顔も声も絶妙に印象に残らないんだよな。源さんが濃すぎるせいかもしれないけど。
「それで、この残骸は一体?」
「怪盗としてパトカーで追跡をしていたんです。それで、その……轢いちゃいました」
「轢いちゃいましたか」
道路に散らばったそれを見る限り、ただの人形だ。
人形を操るアーティファクトを持った怪盗なのか、この人形自体が持ち主の指示を受けて動くアーティファクトだったのか。
しかし良かったな、佐々木さん。これが人形に変身するアーティファクトだったら殺人になっていたかもしれない。
「違うんですよ真守くん、ものすごいスピードで逃げてたのに、急に止まるから!」
「そんな焦らなくても大丈夫ですよ。所詮おもちゃのお猿だし」
急に止まったのか。遠隔操作できる範囲に限りがあって、その範囲の外に出たとか、そんなところだろうか。
「どう思う、如月君?」
新田が散らばったボタンの一つを摘みあげ、佐々木さんに渡しながら問いかける。
「わからん。魔鑑待ちだな。この状況からじゃどれがアーティファクトだったのかすら断定できん」
「この猿やったとして、バラバラになっても鑑定できるもんなん?」
「さあ……?」
もしかして、佐々木さん、けっこうやらかしたのかもな。
「こいつが八大怪盗の仕業か分かるまではオレも調べる。ちゃうかったら手ぇ引く。それでええか?」
「ああ、それで構わない」
目の前の光景からして、モルスやフィクティオにしてはお粗末すぎると思うがな。
「ほな、今日のところはこれで。あ、これ連絡先な」
「ああ。よっぽどの気の迷いがあれば連絡する」
その時は標準語で頼むと付け加え、現場処理は警察に任せて退散することにした。
事務所に戻ると、七海が膨れっ面で待ち構えていた。
「新田さんとお楽しみでしたね」
「年上の男とお楽しみする趣味はねえよ。変な言い方するな」
「年下の女が好みと」
「そうは言ってねえ」
途中で撒いたのを根に持ってるのか?
仕方ないだろ、探偵でもないし、ましてや正体怪盗なんだから。
「それで、フィクティオがこの街にいるんですか?」
「お前には関係ない。さっきも言ったろ」
「関係あります。前に話しましたよね? わたしの両親が、フィクティオの洗脳が解けないせいで収監されてることも、故郷をめちゃくちゃにされたことも」
凍てつく黒潮のような眼差しが俺を突き刺す。
この眼は苦手だ。
普段の底抜けに明るい七海を知っているからこそ、冷酷な復讐者の眼が鮮烈に焼き付く。
それにこの眼は、俺が師匠の仇モルスを追っていないことを責められているように感じさせる。
「……まだフィクティオがいると決まったわけじゃない。本当だ」
言い訳しているみたいに視線を伏せてしまう。
「新田と話したのは、八大怪盗か、そのクラスの大怪盗が最近の事件の裏にいる可能性が高いって話だ。あいつはそれがフィクティオだと考えてて、俺はモルスだと考えてる」
「……そうですか」
七海の声色はまだ硬く、俺は顔を上げられずにいた。
「じゃあきっとモルスですね」
「……は?」
「だってここは北園寺ですよ。如月さんが正しいに決まってます」
七海は、いつもの温かい雰囲気を取り戻していた。
「部外者だから話せないなら、わたしを探偵の弟子にしませんか?」
「俺は弟子なんか取れるほど一人前じゃねえよ」
「そう言うと思ってました」
じゃあそんなこと言うなと返そうとした隙に、七海が一歩俺に近づく。
「じゃあ、せめてちゃんと協力しませんか?」
「どういうことだ」
「わたしはフィクティオの情報があれば知りたい。それと同じくらい、北園寺を怪盗から守りたいんです。だから怪盗の逮捕には、わたしも協力させてください。けっこう役に立つと思いますよ」
役に立つのは知ってるさ。
ステラ・エトワールもアリスも、七海なしであんなにスピード逮捕はできなかっただろう。
「北園寺を守りたいだと? それは俺の仕事だ」
「そうですけど、わたしも守ったっていいじゃないですか。大好きな街だし、大切な人達もいます。わたしの故郷のようなことにはなってほしくないんです」
七海はどこまでも真っ直ぐに俺を見つめていた。
「それに、ありさちゃんのこともあるでしょう。わたしの大切な友達で……でも、アーティファクト絡みで何かある子ですよね?」
「……何もねえよ。あいつはただの、俺の妹だ」
この前のアーティファクト暴走、さすがに持病では貫き通せないよな。
それでも、本当のことを教えるわけにはいかない。
「わたしはありさちゃんのこと、そう思ってます。如月さんの妹です。でもモルスも同じように見ると思いますか? 本当のことを教えてくれれば、それでわたしもありさちゃんを守れるかもしれない」
わかってるさ。
怪盗連中から見たら、ありさは現代に残された最強格のアーティファクト__通称"戦慄のアーティファクト"そのものだ。
「……俺があいつを、たとえばこの事務所に置いて四六時中守らない理由がわかるか?」
「それは……いえ、わかりません」
「そんなことしたら、怪盗に、あいつがアーティファクトだと教えてるようなものだからだ。この前のはイレギュラーだ。普通にしてれば、あいつはただの中学生。だからお前も、ありさとは普通に接してくれ」
大丈夫、あいつのアーティファクトのことはこれからも誰にもバレないはずだ。
「そういうことなら、ありさちゃんとは今まで通り仲良くしますけど……そこじゃなくて、わたしとちゃんと協力しませんかっていう話! どうですか?」
「どうって言われてもな。お前、何か得意なこととかあるのか?」
あるのは知ってる。パルクールはじめとした身体能力は目を見張るものがある。
ただそれは、怪盗マリンランタンの特徴ということになっている。
「そりゃあもう。わたしこう見えても__あ、いやー……」
七海灯として協力している最中にあんな動きをすれば、わたしがマリンランタンですと言っているに等しい。
言いかけて七海もその事実に気が付いたのか、急に言い淀んだ。
「こう見えても……あの、賢いんですよ!」
「無理だろ! もっとワンチャンありそうなラインで嘘つけよ!」
「あとかわいいです!」
「ありさがいるから間に合ってる」
「うわ……東京のシスコンだ。はじめて見た……」
「静岡では見たことあるのか。それと俺はシスコンじゃない」
結局いつものバカ話になってしまった。
しかし、七海との協力関係をどうするかは一度考えておくべきだな。
八大怪盗がこの街にいて、新田が居座るようになったら、マリンランタンとして活動されたらたちまち中身がバレて終わりだ。
__いや、八大怪盗がいるならそれを捕まえれば、七海を大怪盗に仕立て上げる必要はないのか?
そうなれば、マリンランタンがいつ捕まっても、別に問題ないのか?
俺は七海を、どうしたいのだろう……?




