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髭剃り

 男性が確実に立ち向かわないといけないことがある。毎日生えてくる髭の手入れだ。髭が生える年齢は個人差があるが、大抵20代にもなれば毎日生えてくる髭にうんざりすることだろう。

 

 私が髭を処理しなければならないことに気づいたのは高校一年生。年に数回ある個人面談で定年間近の男性教諭に「君、無精ひげ生やしてるんだね」と暗に咎められたことがきっかけだ。それから毎週植物のように生えてくる髭を切る日々が始まった。


 髭剃りの方法は大きく分けて二つある。剃刀を使うかシェーバーを使うかだ。カミソリの場合、刃が直接肌に触れるため、根元からしっかりと毛を剃ることができ、剃った後はツルツルの肌触りを得ることができる。その代わり、肌への負担が大きいことがデメリットとして挙げられる。一方、シェーバーは肌への負担が小さい代わりに深剃りが難しく完全に剃り切れないという欠点がある。太いアホ毛が一本だけ残ってしまいストレスが溜まった経験がある男性は私だけではないだろう。


 私は高校時代から友人はいなかったし、髭の剃り残しがあっても誰も意識しない点からシェーバーを愛用している。ただ、さすがに毛むくじゃらな顔で外を出歩くのは心苦しいため、髭の伸びが早まった高校3年生からは3日に1回は必ずシェーバーで髭の手入れをしていた。

 脱毛しないのかという指摘があるかもしれないが、痛みに敏感で臆病な自分に施術をする度胸はないため黙殺する。


 しかし引きこもりを拗らせた26歳男性高田達治。両親以外誰とも合わない生活を続ける男が果たして髭の手入れという面倒なことをするだろうか。答えは当然否。3か月以上放置した髭は今やモジャモジャとは言わないまでも毛と毛が絡み合い、口の下に複雑な記号を形成していた。さすがに音楽室の壁に飾られている偉人の写真と同じ格好にはなりたくない。そろそろ髭の手入れをしなくては。億劫な気持ちを抱えながらシェーバーを右手に持ち、鏡にいる不細工な自分の顔と対面した。


 「さて、剃るか」


 ここで焦ってはいけない。ここまで伸びた髭を剃るのは一苦労だ。敏感な肌が驚かないよう細心の注意を払いながらシェーバーを顎に当てる。「ウィーン」と機械音を出しながら振動するシェーバーは伸びた髭を確実に捉えているものの剃り切るには時間がかかる。痺れをきらした私はつい不意にシェーバーを乱暴に左に動かした。その瞬間、


 「いちゃっ!!!」


 毛が地肌を思い切り引っ張り電気ショックを食らったかのような衝撃が私を襲った。長く伸びた髭を切る欠点はこれだ。髭を剃り切るのに時間がかかるだけでなく、毛を剃る際に鋭い痛みが発生する。痛みがとにかく嫌いな私にとって伸びた髭の処理は拷問に等しい行為だ。


 「いちゃっ!」

 「いちゃっ!」

 「いたああい!」


 私は鋭い痛みに対しオネエのように黄色い悲鳴を上げ、目には涙を浮かべながら鏡の前でシェーバーを動かしていた。一刻も早くこの時間が終わってほしい。藁にも縋る気持ちで嗚咽をしながら自身に対する拷問を粛々と進行した。


 頻繁に休憩を挟みながら髭の処理を進めた私はついに9割ほど髭を口元から消すことに成功した。


 「毎回こんな辛いなら脱毛でもしようかな……」

 

 本心では思ってもないことを口から吐き出し髭を剃った私。別にこれで終わってもいい。髭を綺麗に剃り切った所で見せる相手がいないのだから最低限の手入れをすれば問題はないだろう。しかし、それでも気になってしまうのがニートの性。顔の周りに独立している数本のアホ毛は私の精神に小さく深い穴を生成した。


 「仕方ない。これを使うか」


 そう言って私は眉毛剃りを取り出した。

 「え?髭なのに眉毛剃り?」と疑問に思う方もいることだろう。説明しよう。眉毛剃りは髭のシェーバーと比べて繊細な動作が要求されるため、刃が小さくて細い。そのため、何本も生えていて処理しなければならない範囲が広い髭の手入れにはあまり使われない。その代わり、剃り残した太く独立したアホ毛の処理には高い威力を発揮するのだ。


 私は鏡で自分の顔を凝視し、確実に刃が毛にあたるよう慎重に眉毛シェーバーを顎に当てた。「ザッ!ザッ!」と気持ち良く毛をカットする眉毛シェーバーに快感を覚えながら残った毛を刈り取っていく。ここまできたらもう怖くない。

 「死にたくないよぉ」としくしく泣く子供を一人一人刈っていく。何と心地いい瞬間だろう。ミッションを終了し顔を綺麗にした私は、その顔を誰にも見せることなくソファーに座りスマホゲームを始めた。


 翌日、再び伸びた髭に見て見ぬふりをし、いつもと変わらない一日を過ごした。

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