美容室1
4年間引きこもりをしている私だが、その間一度も外に出ない訳ではない。もちろん基本的には外に出ることはないが、家の外に出なければならない事情があるのであればやむを得ず外出する。最たる例が、髪の毛だ。
全国の引きこもりは一体髪の毛問題にどう立ち向かっているのだろう。髪の毛を伸ばしっぱなしというのは現実的に考えて難しい。襟足や触覚はまだいい。どれだけ伸びても日常生活に深刻な影響を及ぼすことはない。問題は前髪だ。放置していれば自ずと目に入り視力低下の要因となる。あとシンプルに鬱陶しい。さらに風呂に入った後髪を乾かすのに時間がかかる。どれだけドライヤーで頭皮に熱を加えても全然乾かない。
一般的なロン毛といわれる人も基本何も手をつけない訳じゃないだろう。何か美的なこだわりを持ってあのような髪型にしているはずだ。髪型に何のこだわりもない私には髪の毛など邪魔な存在でしかない。そのため、髪の毛が伸びて鬱陶しい時、やむを得ず私は美容室に行くのだ。
このような言い訳をしているとプロの引きこもりの方からは「自分で切れよ」とお叱りを受けるかもしれない。しかし私にセルフで髪の毛を切る度胸と能力があると思うか?そのような能力があるのであれば引きこもる必要はないだろう。トランプタワーすらろくに組み立てることができない不器用な私が髪の毛を切れば頭皮から血が滴り美容院ではなく病院に行かざるを得なくなる危険性がある。そのため、私は年に3~4回ほど近所の美容室に髪を切りに行くのだ。
「こんにちはー」
美容室に入ると美容師さんが優しく挨拶をしてくださった。私は誰にも聞こえないような小さな声で挨拶を返しつつ会釈をし、ポケットに入れた財布から会員カードを渡し、そそくさと席に座った。
「今日はどうされますか?」
来た。美容室に入店すると確実に発生する一大ミッションだ。美容師に自身の希望する髪型を具体的に提案しなければならない。こんなものはもはやビジネスだ。金銭を支払う代わりに自分の頭の中にあるイメージを言語化し、差異のないようスタイリストに要求しなければならない。このような難易度の高いミッションをクリアできるのであれば引きこもりなどやっていない。コミュ障の私は鏡に写る醜い自分の顔を見ないように下を向きながら小さい声で「おまかせで」とだけ発言した。
「分かりました。刈り上げちゃってもいいですかね」
「あー、、、はい」
「了解です」
私は本当は刈り上げなどしたくない。あれはもっとガツガツしたリア充がする髪型だと思う。ナードの私がするべき髪型ではない。しかし、出された提案にNOを突き付けるのはコミュ障にとって非常に勇気のいる行為だ。「はい」はその場のノリでいえても「いいえ」は難しい。口を開けることはできても横に伸ばすことはできない。コミュ障の口はワニでありピザではないのだ。
「刈り上げ何ミリにします?」
「……」
「じゃあ、7ミリでいきますね」
「あ、それで……」
この質問、毎回聞かれるのだが結局答えることができない。何ミリと答えるのが良いのだろう。美容室から帰るたびにスマホで調べるのだがいまいち記憶に残らずすぐに忘れてしまう。専門的知識をもたない一般人に適切な解答ができるのだろうか。できる人は自分の頭を定規で測り、それをスマホで写真に撮って計測しているのだろうか。よく分からない。
「……」
「……」
「今日、暑いですねー」
「あ、そうですね」
「………」
「………」
私が初めてこの美容室を訪れた際、美容師さんは積極的に話しかけてくれた。年齢、職業、趣味や価値観、自身のエピソードトークから髪型についての話まで多岐にわたる知識と豊富な語彙力で客を楽しませてくれる。だが、私が上手く会話を繋げないでいると徐々に口数は今ではこのような静かな空間に。
この美容室自体40代ほどのベテラン店主と20代後半から30代前半と見受けられる若手男性美容師の二人で運営している店だ。平日の昼間にいくと指名料を払わなくても確実に若手男性美容師の施術を受けることができる。そのため、私と彼は4年、引きこもり以前も行っていたことを考えるとさらに長い期間の付き合いだ。私が彼に引きこもりであることを自白した訳ではないが、会話の歯切れの悪さからある程度察してくれているのだろう。嫌な思いをさせないよう、あえて口数を減らし私の髪をカットしてくれている。気を遣わせてしまい申し訳ないという罪悪感はあるもののこれも彼の仕事だ。厚意に甘え、私も自分から話題を提供することなく静かに鏡の前で鎮座していた。
「よし、できました。これでいかがでしょう」
笑顔で鏡を向けてくれる彼に頷き、手渡してくれた温かい付近で顔から首についた髪を丁寧に拭き取り、私は店を後にした。
「またお越しください!」
笑顔で見送ってくれる彼に私は自分に出せる最大限の声で「ありがとうございます」と返し自宅へと足を踏み出した。彼にとってはたくさんの客に行っている何気ない一言だろう。しかし純真な私はそれを真に受けてしまう。
「本当に、自分なんかがまた来てもいいのか?」
情けない葛藤を胸に抱えながら私は帰宅する。
今更行ったことのない美容室で髪を切ってもらうことなど臆病な私にはできない。「また来るよ。親が稼いだ金で」
そう呟きながら爽やかな刈り上げ頭の男は夕陽に向かいよろよろと足を進めた。




