スクワット
私が一番嫌いなもの、それは運動だ。
学生時代、運動音痴が原因で同級生にバカにされ続けた私は運動に過度な苦手意識をもち、どんどん身体を動かすことから遠ざかっていった。持久走で嘔吐したことが原因でいじめられた私は恐怖で部活動に入ることもできず、友人もできなかった。この世界で消えてほしいものランキング二位は体育が入るかもしれないくらいだ。(ちなみに一位は戦争)
しかし、引きこもりを拗らせている現在、運動しなければならないのではないかという強迫観念に襲われている。
きちんと義務教育を終えていれば運動が如何に大切かは理解しているはずだ。子供の頃は「身体のことなんてどうでもいいや!」と思っていてもこの年になると身体にガタがくる。寝つきが悪いし階段を昇り降りするだけで息切れする。別に早く死ぬのが怖い訳じゃない。痛いのが怖いのだ。今の内に運動をしなければ死以上の苦痛を味わうかもしれない。しかし運動を始めるのはなかなか億劫だ。引きこもりを始めて4年間、結局運動をすることはなかった。
「そんな生活も今日で終わりだ!!!!!」
今日の私は一味違う。絶対に運動をすると心に決めていた。何か言い訳をして後回しにする習性は百害あって一利なし。運動にはメリットしかないのだ。今日は確実に運動をする。家の中にはバカにする人などいないのだから。
覚悟を決めた私は、午前11時過ぎ、両親のいないダイニングキッチンで少年向けアニメを見ながらスクワットを始めた。最初は走り込みをしようかと思ったのだが、さすがに外に出るのはハードルが高かった。
スクワットを始めた最初の数回は楽勝だった。「なんだこんなものか」と肩透かしを食らったほどだ。異変が起きたのは10回が終わった頃だった。膝からとんでもない音が聞こえたのだ。
「パキッ!!!」
人の身体から聞こえるはずのない破裂音がテレビから流れる主人公の明るい声をかき消す。膝を折り曲げる度に両膝から鳴る破裂音。明らかに身体から悪そうな音に恐怖を感じ、スクワットを中断するかどうか悩んでいた。
「これ、折れるんじゃないか?」
運動をしなかった膝から音が鳴るのは今回が初めてではなかった。学生時代から運動不足だった私は体育で準備運動をするたびに足から音を鳴らし隣人を困らせていた。しかし今鳴っている音はあの頃の比ではない。曲げるたびに木琴のような音を鳴らす足。痛みはないものの音の大きさは選挙カーを彷彿とさせる。これ以上曲げるとこの足は二度と動かなくなるかもしれない。首に冷や汗が滴る。どうすればいいんだ……。
途方を暮れた私は目を閉じ葛藤していた。数分悩んだ後、私は覚悟を決めた。
「もう、折れてもいい!!!!!」
覚悟を決めた私は恐怖を振り払い声をあげ足を上下に曲げ続けた。
「ふっ!」「パキッ!」「ふっ!」「パキッ!」
「ふっ!」「パキッ!」「ふっ!」「パキッ!」
表拍は口から、裏拍は足から。
全身で吹奏楽を鳴らす私は身体を楽器にすることに成功した。体育と音楽、二つの領域が混ざり合う。今、私の身体は限界を超えた。これが私の実力。
20回を超え、足に疲労で痛みが宿る。普段であれば諦める苦痛にアドレナリンを分泌して立ち向かう。これがニートの底力だ。音は時に、科学では証明できない奇跡を生む。部活動の大会で応援団が出す音は選手たちのベストコンディション以上のパワーを生み出すことがあるのはいい例だ。足から奏でる音は私の気持ちを後押ししてくれる。不安を煽る音は現在、バイブスを生み出すファンファーレと化した。
「これが、高田達治だぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
限界を超え、私は常に30回の大台を超えた。
「運動って、気持ちいいなぁ……」
30回の上下運動を終え、水分補給をしながら確かな達成感を感じていた私は運動の喜びに浸っていた。
「よーし、明日は50回超えてやるぞー!」
翌日、階段の昇降に鈍い痛みを感じた私は「明日でいいか」と諦めスクワットをしなかった。その後数か月、私が再び運動をすることはなかった。




