ジェンガ
「今日こそ何かしよう」
ウー○ーイー○で昼ご飯を頼み、ファストフードを食い散らした私は不健康にも雑魚寝していた。このままではいけない。何もしていないと過去のトラウマと現在の焦燥、未来への不安に頭がおかしくなる。
おかしくなりそうな頭を抱え、私は乱暴に詰め込まれた引き出しを漁り、暇つぶしのアイテムを探した。しかし、自分の欲求を満たしてくれる道具はなかなか見当たらない。諦めて昼寝しようかと思ったその時、一つの箱が目に入った。
「ジェンガ」だ。
懐かしいな。子供の頃はたまに遊びに来てくれた従兄弟と一緒にジェンガをしていた。久しぶりにやるか。少しだけ心を弾ませた私は普段夕飯を食べる4人用の大きな机の隅にジェンガを並べ組み立て始めた。
一見すると面倒な作業も久しぶりにすると心地いい。幼い頃積み木で遊んでいたのを思い出す。
縦3本、横3本と細長いジェンガを一本ずつ丁寧に並べ、気付けば大きな棟を完成させていた。
「久しぶりに触ったけどいい手触りだなぁ。」
職人が汗水流して作ったのだろう。ジェンガ一本一本から子供たちを喜ばせたいという無骨な職人の純粋な心が伝わってくる。
彼らの気持ちを無駄にしてはいけない。私は涙ぐみながらジェンガを一本一本抜き、取ったジェンガを上に上に積み上げていった。
もちろん競争相手はいない。自分一人だけのマイペースな時間。しかし一本ずつ木を抜くたび、気を抜くことは許されないという焦りが私の心を覆った。そう、これだ。ジェンガの醍醐味。それは本数が減ると同時に緊張感が増す不可逆性にあった。どの階層からどのジェンガを抜き取るか。
中央に陣取るジェンガは屋台骨に見えて実は抜いてもダメージが少ない。両サイドにあるジェンガがばっちりと塔全体を支えてくれる。
上方に位置するジェンガもダメージは少ない。抜いた所で下に鎮座する塔全体を揺るがすことはほとんどない。
問題は下方だ。
一番下のジェンガは一本抜くだけで致命傷だろう。上層、中層に比べ下層には魔物が住む。少しでも手を出そうものなら噛みつかれる。強いプレッシャーにたじろぎながら、慎重にジェンガを抜いていく。
ただ抜くだけならまだいい。抜いたジェンガを上に積み上げなければならない。本数が減った屋台骨にずっしりとのしかかる木の魔物。今までずっと同じ階層で苦楽を共にした仲間が今度は敵として上から襲いかかる。彼らは今、何を思っているのだろう。
時間が進むたびに減っていく仲間。
時間が進むたびに増えていく重圧。
若い頃夢見た自由への翼は今や骨が剥き出しの痩せ細った姿に。
このままでは墜落寸前。風前の灯だ。
そして、終わりの時は着実に近づいていた。
「おっと!」
一本の木を抜こうとした瞬間、塔全体が傾いた。彼は抜いてはいけない存在なのだ。おそらく、グループ全体の精神的支柱。彼を失えば、悲しみに包まれるメンバーは気力を失い、崩壊へと追いやられる。
「これまでか……」
私は悩んでいた。ここでジェンガをやめるかどうか。
物事に終わりはある。生きとし生ける者、その全てに死はある。長い歴史上、死という運命を乗り越えることができた生物はそうはいない。人間はもれなく全て死んできた。しかし、どんなに終わる命があっても、それでも世界は進んでいくのだ。私がこのゲームを終わらせようと願おうが、終わらせまいと祈ろうが、関係なく世界は進んでいるのだ。ならば、ただ選択するしかない。このゲームが終わっても、終わらなくても世界には何の影響もないのだから。
「はあ!!!!!」
思い切り叫びながらその木を抜くと塔はバランスを崩し、「ぐしゃーん!」と破裂音を出しながらジェンガは砕け散った。人間の儚い願いなど世界には何の影響もない。国が一つ消えても、人類が消滅しても、地球という惑星が爆発しても、世界は何ら変わらず時間を進めるのだ。
冷めた私は先程まで立派に塔を支えていた名誉社員たちを乱雑に箱の中に入れ、ぎゅうぎゅうに詰まった引き出しの中に無理やりねじ込んだ。引き出しは完全には閉まらなかったが、そのまま放置しておいた。
「もうジェンガはいいや」
所詮子供向けのおもちゃ。大人が長々やるものではない。もう十分頑張った彼らは当分眠らせることにした。




