おてんば恋歌、ここにあり
「恋歌さん、今年もお願いします!」
夏といえば、海っ!
去年は弟や妹、担当官の二人も一緒だったけど、今年はクラスの六人と、運転お願いしている恋歌さん……うさやのお母さんの七人でお出かけすることになった。
「う、うさやのお母さん、めっちゃくちゃな美人さん……なんでこのクラスの関係者って、こんな人ばっかりなの? わたし、幸せすぎて死ぬの?」
相変わらずのセトルリさんです。
まぁ、恋歌さんが磨き抜かれた美人さんなのは確かなんですが。流石はうさや、うさりのお母様です。
恋歌さんは、もともとは宇佐美の本家筋出身だ。うさやの父とはハトコに当たる。生まれた時からの許嫁だったらしい。
まぁ、うさやの父のことは嫌いじゃないし、尊敬もできると言うことで、特に問題なく嫁いできたのだが……お転婆だった。
恋歌さんは結婚前は伊豆に住んでいた。十八歳で自動車免許を取ると同時にモータースポーツに興味を持ち、富士サーキットやら白糸サーキットやらに通い、走り始めた。
結婚したらうさやのお父さんも巻き込んで、つくばやエビスサーキットへと舞台を変えながらも、走り続けた。
流石に娘を妊娠してからは自重しているが、今でも行けるんなら行きたいなぁ? とか思うぐらいには運転好きだったりする。
専属の運転手を二人も雇っている家の女将さんなのだが、自分で運転してる訳はそんなところにあった。
「はい、シートベルト締めたわね。じゃ、出発進行ー!」
サーキット通いしていたお転婆と言っても、子供達を乗せての運転は至って丁寧なものだ。
車両は去年も海まで乗せてもらった、あのミニバンのリムジンだ。正直、よく分かんないぐらいに大きい。車内も広く、助手席にうさやが、二列目以降に五人が座っても、充分余裕の車内である。
まぁ、こいつらの移動の場合は、荷物は全部アイテムボックスだしなぁ。チートだよなぁ……浮き輪とかシャチとか、空気入れっぱなしでアイテムボックスの中だし、なんならテントとタープも組み立てたまんまで持ってきてやがる。
海から上がる時も、シャワー室なんて借りなくてもウォッシュ一発で綺麗になるとか、もう海に行くための魔法じゃなかろうか……
「あたし、海入るの小学生以来だよ。楽しみだねー」
セトルリさんは美容に気を使いすぎていた様だ。水着で海岸に……とか、日焼けが怖くてできなかったらしい。
今はまぁ、マイクロマシンさんが割とどうにでもしてくれるから……
「あと、尚子の水着が楽しみで……ハァハァ」
「いや、ハァハァはしないで欲しいかな? セトルリに見せるのは全然かまわないけど、セトルリが変態扱いされるのは困るから……」
はいはい、こいつらもバカップルだったわ。
海まではそれほど遠くはない。去年と同じ大洗海岸に向かっているので、一時間ぐらいで着くはずだ。
『リヴァイアサンとか出てこなければね』
お、おう……
去年は酷い目にあった……せっかくの水着回だと言うのに、最後まで水着が出てこないとかなんだよそれ。
理沙さん美智子さん恋歌さんの水着シーンとか、めっちゃ需要あると思うのに……
今年は理沙美智子がいない代わりに、尚子が頑張ってくれるはず。
セトルリは多分、マニア向け。
委員長はスク水に違いない。
『違います、委員長でもスク水でもありません』
という訳で、今年は無事に駐車場へと車を停めて、降りるとこまではやってきた。
「海だー!」
スライドドアから外に出て、ググッと伸びをするセトルリさん。今日も可愛くツインテールを靡かせている。
「恋歌さん、ありがとうございます」
丁寧に挨拶してる響ちゃん。よくできた娘です。
「恋歌さん、いつもすみません。今度またポテチ持って遊び行きますね」
いつも農作物を持って宇佐美の家に遊びに行くたぬきさん。最近は自家製ポテチにハマってるらしい。
ナオナオも同じ様にお礼を言いつつ、車を降りた。
「じゃ、お手洗い済ませたら戻ってきなさい。車内で着替えられる様にしとくからね」
恋歌さんが色々としてくれるため、みんな本当に楽しむことに全力を傾けられる。友達のお母さん、まじリスペクトである。
水着へのお着替えは車内で一人ずつ、響のリフレクトマジックに包まれた状態で行った。魔法便利だな。
尚子と響は長身を生かしたセパレートの水着姿を……うん、身長は響が圧倒なんだが、胸周りの寂しさも圧倒だな……
セトルリもセパレート……って、その淫紋風タトゥーシールはなんだよ。やばいだろ流石にそれは。ナレーションの目が黒いうちは、そんなの許しませんよっ!
ん? ナンパ避け? そ、それならまぁ……って、なんか騙されてる?
委員長はスク水じゃなかった。めっちゃ競泳水着っぽいの、なんだろう……似合ってない……うん。なんか違う……
かわりにたぬきはほぼスク水? 紺のワンピースで飾りも少ない……なんかスク水? としか言いようが……
うさやは白いお嬢様ですね。もうね、パレオまでお嬢な主張してますね。
と言った感じで、昨年披露できなかった水着を、やっと着られ……
ヴーーーーー……ヴーーーーー……ヴーーーーー
十秒吹鳴、二秒休み、十秒吹鳴、二秒休み。
もうやめてよ。せっかくの水着回なのよ? なんで二年連続で出るのさっ!
「ごめん、わたし上がるね。ちょっとみんなは恋歌さんと車にいてもらえるかな? 出来れば駐車場からはすぐ退避してほしいかな」
「りょ。行ってきてくださいまし。みなさん、車に乗ってください。お母さま、移動お願いいたしますわ」
響はスコーンと空の向こうに消えていった。
そのほかの五人の子供たちを車に乗せた恋歌さんが、まず駐車場から車を出していく。
「お母さま、響から連絡がありましたわ。魔物は涸沼の北側付近に、小さなウサギの群れがぴょんぴょんしてるらしいのです。向かうこと、できるかしら」
「彩香ちゃん、誰に向かって物言ってんのかなー?」
と言いつつ、動かし始めたトヨタのミニバンリムジンを、一度路肩に停車させた。
「全員シートベルト、しっかりつけてねっ」
そう指示したあと、一度メインスイッチを切る。
続いて、ブレーキ踏まずにスイッチオン。アクセルペダルを二回踏み込み、ニュートラルへレバーを倒し、再びアクセルペダルを二回。パーキングスイッチを押してから、さらにアクセルペダルを二回。ブレーキ踏んで、エンジン始動!
ミニバンのセンターコンソールに『|maintenance mode』の赤文字が表示され、車両データがスクロールしていく。
「いくよっ」
そして、トヨタが弾かれた様に加速し始めた。
「響は涸沼自然公園にいるそうです。ウサギは一角ウサギ。駆除は難しくないけど広い範囲に散らばってるので応援あると嬉しいって」
「まっかせなさぁいっ!」
って、揺れる揺れるっ!
中身はただのミニバンだ。足回りだって、ただのミニバン。しかも前輪駆動のリムジンだから、ホイールベースが長すぎて曲がらない。
「曲がんないなら、曲げればいいのよっ。えいっ」
目の前に現れた交差点、思い切りフェイントをかけながら進入していく。
荷重が減り摩擦力が足りなくなったリヤタイヤが、慣性に負けて振り出されてゆく。
巻き込みすぎない様にアクセルは全開。本来ならESPやらTRCやらで電子制御されるはずのシーンだ。
しかし整備モードに入れられた車は、このお母さまの腰の下で、完全にコントロールされていた。
「ひゃっはー」
真横向きながら走行抵抗で減速していく車体。立て直しのアクセルオンで、車体安定を取り戻しながら、再び三桁の速度へと加速していく。
助手席のうさやさんは達観していた。
まぁ、自分の母親だしぃ、知ってたしぃ、アーシもちょっとだけ憧れてたしぃ。
少しギャル時代の思考に戻っちゃってるが、まぁ概ね無事だ。
たぬきも恋歌さんの本性は知っていたので、覚悟は決まっている。伊達に幼馴染をやってはいない。
しかし、残りの三人はダメだった。もうこの世の終わりだ。
「た、たたたたたた、助けてぇぇぇぇ」
「よこっ、横に走ってるっ! 前進んで、前にっ」
「おっおっおっおっ」
「それーっ」
恋歌さんがハンドル回す。
「ひぁー」
セトルリの悲鳴が上がる。
「よっこいしょー」
恋歌さんが切り返す。
「ひぎぃっ!」
直美さんが白目剥く。
「そろそろ着くよっ! みんな降りる準備してっ!」
公園管理事務所前の駐車場に真横向きながら飛び込むと、アクセルだけで進行方向を修正していく。
ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ。
止まると同時にスライドドアを開け、後席に声をかけた。
「みんなお待たせっ! 着いたわ。響ちゃん助けてあげて」
シートベルトを外したうさやとたぬきが、車を飛び出す。
シートベルトを外したセトルリが、車から転げ落ち……
「エレエレエレエレエラエレエラエレエレ……」
……ぁ……
そこに直美が転げ落ち……
「オロオロオロオロオロオロオロオロ……」
……あ……
そこに尚子が転げ落ち……必死に耐えながらセトルリの背中さすってあげてるわ。すごいわ、尚子さん。
結局、一角ウサギの群れはその後四時間かけて討伐する羽目になった。
セトルリと直美の心に深い傷を残して……
「えーと、わたくし、また何かやっちゃいました?」
いや、恋歌さん、その鈍感系主人公ムーブやめてくれませんか? マジで被害甚大なんですから……
これが、上流階級のお嬢様上がりの、奥方だ……うん、まともな人、一人もいないね……
皆さま、安全運転大事です。公道で車振り回すのは辞めましょう。
恋歌さん、これでも作品中では一番のお姫様なのに……麻紀さん超えるレベルのお嬢だったのに……
それではまた、お会いいたしましょう……




