樽木さんのお師匠さん
「改めて自己紹介をしよう。陸上自衛隊特殊作戦群の榊原だ。よろしく、吉野少年」
「よろしくお願いします」
この人は通称小波師匠と言うらしい。樽木さんや他の魔法使い達の近接戦闘訓練を一手に引き受けている、とても優秀な自衛隊員だそうだ。
まずは姉弟子達の模擬戦でも見学してな……と、樽木さんと宇佐美の格闘戦を見せられ、あまりのスピードとパワー感でビビらせられた。
「た、樽木さんがこんなに凄い格闘戦するなんて、想像もしてなかった……」
吉野くんが思ってる様な、ただの格闘戦ではない。お互い、ラバーナイフを使った殺し合いの訓練である。
お互いに、突き出されるナイフをかいくぐり、蹴り足を払い、それに合わせてまたナイフを繰り出す。
樽木さんの鋭い蹴りを、スウェーでかわしながら姿勢を下げ、滑り込む様に腋の下をナイフで切り上げていった宇佐美の勝ちだ。
「あー、負けた……うさやに三連敗、めっちゃ悔しい」
「ふふん、出直してらっしゃいな」
なんか勝ち誇っている宇佐美に、妙に腹が立つ吉野くんだ。
って言うか、樽木さんは負け方も美しいな……とまぁ、相変わらずな吉野くんだ。
「それでは一度本格的な格闘戦の体験をしてもらおうか。じゃ、ラバーナイフ持ってみてくれ」
小波師匠が吉野くんにナイフを持たせ、自分は無手で前に立ち塞がった。
「自由に突いてくれ。かわしながら制圧するのをお見せしよう」
吉野くんはカッコいいのだ。運動神経も抜群な上に、自覚のない半魔法使いとなれば、多少の自信も出てくる。
「それじゃ、行きますねっ!」
『行きますね』の、『ます』の辺りで突っ込んだ。
と思ったら、突っ込んだ姿勢のまま、真後ろに回り込んだ小波師匠に、背後から顎を掴まれていた。
「って、えええ? 今ここにいましたよね? え? テレポート?」
「そんな非常識な技、使えるわけがなかろう! さぁ、もう一回だっ」
「テレポートは使えなくても、技は非常識だよね」
ボソッと呟いた響の足元に、バヨネットが突き刺さっている。
「響、このあと特訓な」
響の顔色が真っ青に変わっていった。
「よぉし、今日はここまでにしとくか」
そう言った小波の足元には、潰されたカエルみたいな格好になった響が落ちていた。
その周りも、残業帰りのおじさんが、駅のベンチに座り込んでいるみたいな感じの娘達が……
「つ、疲れ果てて表情筋も動かせなくなってる樽木さん、天使……」
一人だけ違う方向で昇天しているのもいるが、概ね全員潰されていた。
「よーし、じゃ、ここ片付けてくれ」
小波さんが訓練場の外に声をかけると、屈強な自衛隊員が駆け込んできた。
そのまま動けなくなっている娘達を、ファイヤーマンズキャリー……消防士が肩の上に人を担ぎ上げて救助するあの持ち上げ方……なんにせよ、年頃のお嬢さん方を、その格好で運ぶのはどうなん? って形で、ヘリパッドまで運び出していった。
唯一自力で歩ける吉野くん、たぬきさんのあられもない姿を見て、ちょっとドキドキしちゃったのは内緒だ。
「吉野少年、思ったとおり筋が良いぞ。異常な運動神経に頼らず、きちんと考えながら動いているところが、すごくいい。これからこの……」
ヘリコプターに運び込まれていく少女達をアゴで指し、話を続ける。
「弟子達と一緒にぜひ通ってくれたまえ。もっとも、魔法使いと違って義務ではないが……助けてやりたいんだろ? たぬきたちの事」
「は、はいっ!」
良いお返事です。
こうして吉野くんも習志野通いをすることになった。
と言っても、吉野くんには部活もある。基本的に夏休みは毎日部活動だ。
となると、吉野くんのためだけに、移動のヘリコプターを飛ばすことになってしまった。
もっとも、小波師匠の書いた訓練計画書により、特戦群の訓練の一環として飛ばしてもらうことになったのだが。
そう、訓練の一環なのだ。
吉野くん、高校一年にしてファストロープ降下の訓練を受けることになった。
30ftもの高さから、命綱なしのロープ一本で、二秒で滑り降りる訓練。
不安定なヘリコプターから、激しいダウンウォッシュに逆らいながらの降下は、正直とても危険である。
となると、当然その他の空挺訓練も行うこととなり……
「いち、に、さん、よんっ、降下しますっ!」
がこーん……ぷらーんぷらーん……
飛び出し塔から飛んでみたり。
ぴょんっ、ころりん。ぴょんっ、ころりん。ぴょんっ、ころりん。ぴょんっ、ころりん。
五点接地の訓練やらされたり。
ブオーーーーーーーーー!
「おわわわわわ」
パラシュートの回収訓練やらされたり。
最後には
「あーれー……」
習志野名物80m降下塔へと……
♦︎
「あの、小波師匠、ちょっとよろしいでしょうか?」
たぬきがある日、小波に聞いた。
「吉野くんの訓練、あそこまでやる必要有るんでしょうか? 吉野くん、ただの高校生ですし、あんまり厳しいのは……」
「なんだ、たぬきはお優しいな」
「いえ、優しいんじゃなくてですね、常識的に考えると……」
「非常識の極みの魔法使いが何言ってる。吉野少年は多分、たぬきのことを守り抜くつもりだぞ?」
たぬきさん、耳の先まで真っ赤です。
「でだ、そうなると、たぬきが吉野少年を守らないとならなくなるわけだ。今のままじゃ、明らかに足手纏いだよな。吉野少年は」
「それは……そうかも知れませんが」
「いくら筋がいいと言っても、所詮は魔法も使えない高校生だ。今のままだと、一瞬気を抜いたら、死ぬよ?」
「……」
「しかもあの少年、魔物に狙われやすいだろ。多分」
「狙われやすいですか?」
「あの子の存在感は、魔法使いならわかるよな? 多少探知範囲から外れていても、あれだけ目立つ存在なんだ。魔物も積極的に狙ってくるさ。実戦で、魔物達が魔法使いに寄ってくるのと同じ原理だな。おそらく魔力に惹かれてくるんだ」
「……はい……」
「だから、少年を守るためにも、少年が自衛できる時間を少しでも長くできるように努力してもらってるのさ」
「はい……わかりました……」
「ほら、こうしていても、少年が飛んできたらすぐにわかるだろ?」
皆よりも後からやってきた吉野くん、習志野へのアプローチ中には、もう好きな人から見つけられていたりします。
何このラブラブだけどラブラブしてないラブラブカップルは。末長く爆発しろっ!
こうして、吉野くんは大好きなあの娘との楽しい夏休みを過ごせることになった。
あと、特戦群の隊長に襲われる薄い本も、描かれちゃいました。
どう頑張っても……えい、頑張れば頑張るほど描かれてしまうのが吉野くんです。
頑張れ、吉野くん…。のお尻っ!
それではまた、お会いいたしましょう。




