サッカー部の夏
中央のサッカー部は、あの事件のために中断していた活動を再開していた。
しかし、今年度は全ての公式戦を辞退することが決まっている。
来年度からは、春のインターハイ予選から出場する予定だ。
今はスラロームドリブルの練習中。左右それぞれワンタッチで駆け抜けてゆく吉野くんが、やはり飛び抜けて早い。そして、タフだ。
いやまぁ、ぶっちゃけチートだ。本人には自覚がないし、周囲の人も『男は魔法使いにはなれない』と思い込んでるから普通に暮らしている。
しかし、異世界ならばこれは『身体強化魔法』と『魔力感知』と呼ばれている魔法そのものだ。
そして、自覚がないために、いわゆる『パッシブ魔法』として常時展開されている。
なんの技術もなく魔法を常時垂れ流している……そうなるとどうなるのか……濃いのだ。存在が。
一般の魔法少女達が魔法を行使する瞬間は、もっと猛烈に魔力が……マイクロマシンが活動する。
しかし、普段はそこまでばら撒いたりはしていない。
魔力感知……超センスを使っている人間にとって、他の魔法使いは『蛍』の様なものだ。魔法行使の時にだけ、ピカピカと点滅する蛍。
これに対して、吉野くんは『灯台』に近い。
明るさそのものは大したことない。蛍の光より弱いかもしれない。
しかし、いつも必ず常に意識に引っかかってくる存在感。
探そうとしなくても目に入ってくるスーパースターの様に、常に意識に入り込む。そんな存在。
たとえ魔法使いではなくても、魔力多めの娘なら気がつくかもしれない。そのぐらいの、存在感の暴力。
当然、魔法学科の生徒はもちろん、矢田先生にだってその魔力は届いてしまう。
矢田文香。五十三歳
長男はすでに社会人。東京で公務員になり、東京都水道局に勤めていた。
次男は大学四年生。京都に有る有名私立大学だ。内定はもらっているが、就職先は大阪に本社がある大手電機メーカーなので、どこに配属になるか全くわからない。本人は飄々としているが、親はちょっと寂しい。
長女は女子大一年生。都内の有名国立大だ。
この女子大学は、隣に筑波大学の附属中高を抱えているため、帝大とは別の意味で魔法使い教育の最先端を行っている大学でもある。
そして愛する夫は私大の教授である。専門は考古学なため、魔法使いにはほぼ関係ない。
とは言っても、現在文香が単身赴任で茨城に来ているため、家族には月に一度程度しか会えていない。と言うか先月なんて娘にしか会っていない。
まぁ、娘は文香が日に日に若返っていくのを、ひたすら喜んで構い続けるので、それはそれでウザかったりするが……
三十五歳の時の娘なのだ。なのに
『姉妹コーデしようっ!』
とか言い出すのだ。しかも
『わたしがお姉ちゃんねっ!』
とかね。いや、娘の方が背が高いんだけどさ……でも胸囲では負けてないが。
違う、今はそんな話じゃなかった。
とまぁ、寂しいのだ。文香先生も。可愛い可愛い生徒達に囲まれて、学校業務と魔法使い業務に追われてギリギリの生活をしていても寂しいのだ。
だからちょっとぐらい、癒しを求めてもバチは当たらないよね?
こう、学校一のイケメンくんの気配を探ってニヨニヨしながら書類片していても怒られないよね?
決して異性としての好き嫌いとかって事じゃない。推しなのだ。
ただ、教師が一人の生徒を推しちゃうとかありえない。なので、脳内アイドルを推す。そんなイメージ。
このニヨニヨがまた、可愛い。
流石に女子大生の娘と並べば歳を隠せないが、それでも二十年分以上は若返っているため、あちこちプルンプルンである。
職員室のあっちの方で若い男性教諭が、じーっと文香ちゃんの方を伺っているが、そんなのはどうでも良い。癒しの方が大事。違う、仕事の方が大事。書類済ませなきゃ。
あ、吉野くんの魔力が急激に上がった。これはあれだな。練習の順番が来て走り出したんだな。
目を閉じ、周囲の魔力を探り始める。
これをやると吉野くん以外の人や、物までもが鮮明に視えてくる。しかし、これをやると吉野くんの解像度がめちゃくちゃ上がり、しかも光り輝く。もうね、ぶっちゃけ尊い。尊死する。
いやいやイカンイカン。こんなことしてないでお仕事しなければ。
政府へと提出する生徒達の成績表や魔法特性、情緒の安定性、これからの訓練計画、学習計画、意識誘導の計画……
日本を守るために、子ども達の意識を誘導していく。
(うーん……やはり吉野くんを利用させてもらうしかないかな。推しに酷いことはできないけど、ぶっちゃけ樽木さんとの距離を縮められるなら、喜んで貰えそうな気がする)
正直、大人ずるい。このぐらいの年齢層の子ども達を誘導するのには、異性の存在を使うのが一番手っ取り早いのは確かだ。
それが学年一、学校一、下手すると県南部で最強かもしれない異性なら……しかも魔法使いに対するアピールとしては、これ以上ないほどの灯台だ。
(サッカー部の練習を習志野の男子達とやってもらうとか? サッカー部の他の子達にも
『ただの人間でも、鍛えればここまで行けるんだっ』
て、知ってもらえるし……)
混ぜるな危険、劇薬注意。生徒の進路を歪めちゃうかもしれないけど、日本を守るためだから仕方ない。
サッカー部から何人か陸自行きになる気がするけど、その辺は生徒の自主性に任せてっ!
色々ダメな先生だった。今まで騙されてたわ。
♦︎
「ファーイト、ファイトっ!」
暑い習志野演習場。男達が駆け足をしている。
まずやってきたのは深緑をしたゴツい奴らだ。足腰だけではない。全身の筋肉が、溜め込んだスタミナを誇示するように自己主張している。
深緑の集団が駆け抜けたあと、少し遅れてスポーツ着を着た少年たちが駆けて行く。声も少し小さい。まだまだ走りながら叫べるほどの心肺は持っていないようだ。
一人だけ、やたら元気に走っている少年もいた。言わずと知れた吉野くんだ。
「ほら、みんな頑張ろうっ。自衛隊の人たち、もうあんなところまで行っちゃったぞ。さぁ、行こうっ」
ああ、なんて健全なスポーツマン。この言葉が、何一つの打算もなく出てくるんだもの。そりゃモテるわ。
せっかく習志野まで来たのに六組のお嬢さん方はどちらに?
はい、きちんと走っています。セトルリですら空挺男子の遥か前にいますが……
響に至っては間も無く後ろから抜きにかかります。
こうやって走っている時、魔法少女たちの頭の中には常に吉野くんが輝いて見えている。
そう、キラキラと光る宝物の様に……
たぬきにとっては、本当に宝物だ。だから今日も薄い本を……って、貴女の愛はちょっと普通の人には理解できないから……吉野くんに理解させようとするのも、勘弁してあげてください……
セトルリにとっては……実はもう、過去の男として心の中で決着がついていたりする。
だってねぇ、たぬきの……セトルリの旦那様の相思相愛の想い人な訳だし、自分にはもう旦那が五人もいるから、これ以上要らないし……
たぬきが吉野くんに惚れまくってるのは、すでにみんなが気づいている。たぬき以外の全員にとって、あの二人は相思相愛カップルなのだ。
ただねぇ。その愛の形がねぇ。なんでああなるのか……いや、吉野くんは1ミリも悪くないんだ。吉野くんは。
尚子にとって吉野くんは、大事な大事な私の嫁の元想い人でしかない。
直美にとって吉野くんは……魚の気配を探るときには近くにいて欲しくない、邪魔なアイテム……酷いな。この人が一番酷いかもしれん。
うさやはね、もう
『たぬきを幸せにしないと、この町で生きていけなくなるから。宇佐美家の全力をもって潰すから』
とか物騒なことを考えていたりいなかったり。
うさやにとって、たぬきは特別だから。
響は……吉野くんこんにちはー。以上っ! である。それ以上でもそれ以下でもない。普通に昔からの友人。せいぜい『たぬきと仲良くなれるといいね?』ぐらいしか考えてない。
ってことはあれじゃん! 文香先生の戦略、根本的なところで成立してなくね?
灯台の様にキラキラ輝く男子を中心に、日本を守る少女達の心を誘導するとか、これ無理じゃね?
むしろ『夏休み中で薄着をしている美熟女 (見た目はバインバインな合法炉利) とかに性癖崩されるサッカー部員が出てくるあたり、悪影響しか与えていないかもしれない。
しかも肝心の推しは
(はぁ、魔法少女の制服着て走ってる樽木さん、尊過ぎる……ああ、なんて速いんだろう。彼女はシルフィードの生まれ変わりに違いない……)
とか考えてるだけだし。魔法少女の制服ってあれだよ? 戦闘服だよ? 文香先生程度の合法炉利では、吉野くんが目移りするわけないのである。
そんなこんなで、サッカー部の部活動を邪魔するだけに終わったお話でした。
あ、でも、空挺の人と走ったことで自分たちがまだまだ力不足だと感じたことは、これからのサッカー部には大きな糧となるでしょう。
あと、六組の先生は異世界女神だと信じる部員が複数現れ、文香教なる宗教ができあがった事も記載しておきます。
吉野くんはたぬき教信者ですけどね。
吉野くん、なんでこんなに残念なんでしょうか。
究極にかっこいいのに、残念なの。不思議です……
それではまた、お会いいたしましょう。




