ある夏の一日
セトルリさんは今日も可愛い。
トレードマークのツインテールを振り乱し、エアコン魔法で冷やしていても流れ出ていく滝の汗。メイク? もう二時間も前に流れて消えましたが何か? いや、ノーメイクでも可愛いんだわ。流れたチークが縞模様になってるけど、斬新なドーランだと思えば、陸自施設内ならありそうじゃ……
『ないわっ! 顔洗いたい……』
いや、普通にウォッシュの魔法使えば良いんじゃね? あなた魔法使いでしょ?
『⁉︎ う、ウォッシュ』
ザバっとお水が流れる音がして、綺麗さっぱり美人さん。
『初めてナレーションのこと尊敬したわ……助かったよ。ナレーションはあたしの嫁』
いや、違うからっ! 良いから走りなさい。
『はーい』
と言っても、セトルリはもう人体改造されまくっている。ついこの間までは
『走んのとかちょーだるいよね。なら他の人に走ってもらえる様、頼んじゃおか』
なんて言ってた地雷女だったのに、今じゃ空挺男子の先頭を煽り倒してる訳で。
「それでも、疲れるもんは疲れるのっ! うー、尚子成分が足りないっ。狂ってる団の人と駆け足してると、癒しが足りないのっ!」
残念、尚子も直美も狂ってる団の人の指導のもと、近接戦闘訓練中だわ。
今日は敵役として小波師匠と響が入ってるらしいよ? おそらく、めっちゃ厳しいんじゃないかな?
午前いっぱい走ったら、今日の訓練はここまで。みんなで百里に帰ります。
UH-2には六人プラス、美智子さん。理沙さんは百里で書類と戦い、麻紀さんは永田町で官僚と戦ってるらしい。
「じゃ、離陸します」
操縦員さんが、インカム越しに声をかけてくれた。エンジン音が高くなり、いつもの様にグンッと椅子に体が押し付けられる。
「あうっ⁉︎ 尚子、大丈夫? 体に力入ってないよ?」
尚子の隣に座り、縋り付く様にしていたセトルリが気がつく。
「むーりー、あれはむーりー」
よくよく見ると、直美もたぬきも、うさやまでもが魂を抜かれた様な顔をしていた。
「あはははは、小波さんと、ちょっとやりすぎちゃったかも……」
響が全く反省していない声で返した。
「やだやだ、無自覚系主人公は。あたしの旦那様方が全滅してるじゃないのまったく、プンスコ」
とりあえず手が届く尚子と直美の頭を撫でる。
「激しい訓練ならあたしにしなさいよ全く、プンプイっ」
いや、あなたすぐに根を上げますよねっ⁉︎
百里に戻ったら宿題やりながら出動待機予定なのだが、果たして可能なんだろうか?
まぁ、響は余裕ありそうだ。しかし、あとの人間は実戦見学も難しそうに見える。
習志野から百里基地までは、あっという間だ。上がったと思ったら、もうアプローチの準備に入る。
訓練のために離陸する戦闘機が上がるのを待ち、次のタイミングで高度を下げていく。
「みんな降りられる?」
「だ、だいじょうぶですー」
たぬきが大丈夫じゃなさそうな声を上げた。
「おっけ。ローター止まるまで待って、ゆっくり降りよう」
美智子さんは優しい。
理沙さんだと、多分蹴り落とされる。
『いや、蹴り落としたりしないからっ! 鬼畜じゃないんだから』
ヘリコプターはゆっくりと百里基地に着陸し、徐々にローターの回転数が落ちていった。
美智子の手でスライドドアが開くと、せっかく少し冷えかけた機内の空気が、再び真夏の暑さに蹂躙されてゆく。
「おうふ……エアコン魔法なかったら軽く死ねるね……って、四人死んでるぅっ!」
開いたドアの向こうから照り返す、コンクリートの熱気を顔に受けたセトルリが叫んだ。
疲れ切って意識が飛びかけていた『たぬうさナオナオ』の四人は、エアコン魔法の発動なんて忘れたまま、熱気にさらされ煮えかけていた。
「いやぁ、助かったよ。セトルリは本当に気がきく良い嫁だわ」
とにかく温度を下げるため、全員にウォッシュをぶっかけたセトルリさん、旦那方から大絶賛。
直後に全員の温度を下げ過ぎ、凍らせそうになった響さんは罰として今日いっぱい、対策室の温度管理を魔法ですることになった。
響ならお部屋の温度管理ぐらい簡単じゃね? とか思うかもしれない。しかし……
「あ、わたしの腰から下だけ、あと2℃上げてもらえるかな? ちょっと最近冷え症でさ」
「勉強集中したいから、わたしの頭のとこ、2℃下げて貰える? そうそう、良い感じ」
「あー、お湯沸かしてお湯っ。コーヒー飲みたい」
「うー、まだ寒いぃ。こう、ポカポカさせてポカポカ」
みんなわがままを言う。
響はそのわがままに応え、たぬきの足元を暖め、尚子の頭を冷やし、うさやにコーヒーを淹れ、直美をポカポカにしていく。
「ひ、響、ほんとに器用だね……あたしにはちょっと、真似できる気がしないわ」
セトルリはひたすら感心していた。
「いや、これはわたしがやっても流石に気を使うよ……これで冷やしすぎたら、またみんな凍らせちゃうし」
それはさっきの再現だ。操縦士さんも一緒に凍りかけてたし、やめたげて。
「宿題はともかく、こっちの無線の試験が難しいんだけど……」
セトルリさんがテキストの前で頭を抱えている。まだ魔法使いの脳の使い方を覚えてないらしい。今のセトルリの脳のスペックなら、その気になればあっという間に、教科書の一冊や二冊は覚えられるはずなのだが。
なんなら句読点や改行まで完璧に再現できる様になる。
ナオナオはもう、無線の試験は自信満々の様だ。この航空無線通信士資格を取れば、次は操縦士の技能証明になるのだが、こちらは特例の法整備が間に合いそうな気配である。麻紀さんの働きかけで、一気に話が進んでいるらしい。
二学期になるまで、あと一ヶ月を切った。それまでに学習と訓練を繰り返し、貴重な高校一年生の夏休みを使わせてもらって、命がけの魔法使い業務へと送り込まなければならない。
まだ、響を除いた五人の生徒は、魔法使い生活を楽しんでくれている。
しかし全国には、魔法使いになってしまって苦しんでいる子供達も沢山いる。
やりたい道に進めず、やりたくもない勉強をさせられ、命懸けの戦いへと放り込まれる……そんな生活、誰もができる筈がない。
この茨城でも、来年には魔法学科に新入生が入ってくるだろう。その娘たちの中にも苦悩する娘が出てくるかもしれない。
「うわぁっ、冷たっ! 響冷やしすぎっ。背筋に滴が降ってきたよっ!」
「ああ、ごめん、ちょっと温度あげ……」
「あっつっ! 上げるのこっち違うっ! そっちっ!」
「うわぁっ! やかんの蓋が弾けたっ! ってか、軽い水蒸気爆発やんっ!」
うん。この娘達は、魔法使い生活を楽しんでるな。目一杯。
「あーんもう、動かないでー。動き回られると部位ごとに追いかけるのは難しくなるんだよぅ」
響一人だけいじめられてる?
あ、でも、セトルリが頭撫でてたわ。
身長差ありすぎて、目一杯腕伸ばしてるのが可愛いな。
この娘たちのこんな姿が、ずっと見られるといいな……そんな風に感じる美智子だった。
理沙さんはね、書類から顔上げてる暇がない。どうも、報告書溜まってきちゃって大変らしい。
そんな夏の一日でした。
やっぱ瀬戸瑠璃さん好きです。
いい子過ぎるのが玉に瑕ですけどね。
もう少し地雷地雷しててもいいのに……なんでこう、頭のたりてない、いい子ちゃんが多いんだろう……この世界。
それではまた、お会いいたしましょう。




