超音速飛行
「3、2、1、イジェクト!」
「ィぃぃいいいヤッホォイっ!」
紀伊半島の南100浬。高度40,000ft。
いつものF-3から放り出された響は、グルングルンとロールしながら機体から離れた。
『ウォッシュさん、響です。体調良好。運んでくださってありがとうございました』
言いながらF-3のコクピットり左側へと体を寄せていく。
『帰りも乗せて帰るからね。がんばれっ!』
『はいっ! 行ってきますっ!』
ぴっと敬礼をしたあと、左にロール、ウォッシュと別れ、目的の場所へと向かっていった。
今日は響の『超音速飛行テスト』を行うために、こんな南方の海までやってきていた。
響が北海道で超音速飛行を発動させた後、魔法研や対策委員会ではものすごい議論が交わされた後、何もわからん……で決着がついた。
響の飛行そのものは、もう随分研究され尽くしている。
空気の流れを見ることができるカメラと風洞試験で、ホバリングから200ノット近い速度までの風の流れも、見事にデータが残されている。
しかし、超音速はダメだ。なんせ正確な速度すらわからない。
電波障害が無ければ、ドップラーレーダーなりなんなりで正確な速度を測ることもできる。
しかし今は光学的に観測するしかなく、そのためには一緒に着いていくか、延々と光学観測機器を並べておくかになってしまう。
更に、前回の超音速飛行で、マジコン装備のF-3戦闘機の最高速度、マッハ1.6を上回ってしまっていた。
となると、F-3で測定することは出来ない。
そこで白羽の矢が立ったのが、ほぼ全機が退役済みのF-15J戦闘機だった。
F-15Jの最高速度はマッハ2.5。これは日本が保有した自衛隊航空機の中でも、もっとも高速な機体である。
今では空を飛べる機体は、岐阜基地の飛行開発実験団にしか残っていない。
『ビートルさん、響です。お久しぶりです。今日はよろしくお願いします』
『響ちゃん、ビートルだ。またよろしくな。このあとこのまま速度上げて、ギリギリでタンク落としてからの最高速チャレンジいくからね』
『ビートルさん、了解です。じゃ、F-15Jの左に遷移しますね。こちらは余裕あるので、ビートルさんのタイミングで行っちゃってください』
前方に見えてきたF-15Jに向け、響は加速を開始する。
初めての超音速飛行の時よりも慣れてきたのか、効率よく速度を上げていった。
響はホバリング時は、ほぼ無音で体を浮かべる。この時は風の力だけで体を宙に浮かせている。
わかりやすく魔法っぽく説明すると、レビテーションに相当するか。
ここから徐々に速度を上げていくと、20ノットを超えた辺りで体の周りに虹色膜を展開していく。この虹色膜は空気を掴み、風の向きを変え、体を浮かべて空を飛ぶ。まるで、虹色膜を空力装置として使う航空機だ。
魔法用語的にはフライになるだろうか。
このまま風の噴出する力だけで加速をしていくと、だいたい250ノットを超えたあたりで頭打ちになっていた。
響の最高速度だと言われていたのが、この250ノット。時速に換算すると460km/hぐらいになる。
生身の人間がこんな速度で飛び回るだけでもおかしな話だが、北海道ではさらなる高速での移動を披露した。
自らの背後に虹色膜で作ったノズルを作り、その中へとアイテムボックスから水を流し込んだ上で加熱。制御された水蒸気爆発により、噴き出す水の反作用で加速する。
水を推進剤としたロケットだ。
水を気化させるためのエネルギーは、次元関門のあちら側から輸送してくる。マイクロマシンにとって、熱の輸送は電気の輸送に次いで楽な、エネルギー相転移らしい。
F-15Jの左側150ftあたりに居座ると、右手でサムズアップ。
ビートルは翼を振ることで答え、イーグルの排気炎が後方に伸びた。
『ドロップタンク、セパレーション』
ビートルの声と共に、F-15Jから三つのタンクがポロポロっと落ちていくのが見える。
それと同時に、飛行機の速度がグッと上がり始めた。
(これがお兄ちゃんがずっと乗ってた飛行機かぁ。はっやいねぇ)
亡くなった響の兄は、イーグルドライバーと呼ばれる腕利きパイロットだったと聞いている。
『沢井景物語』とかの本を読むと、素晴らしいパイロットだったとか沢山書いてあるし、きっと本当のことだろう。
速度はあっという間に1,000ノットを超えた。
今は真夏だ。気温が高い。気温が高いと、エンジンパワーが稼げないため、ここから先はなかなか苦戦するかもしれない。
ビートルは左側を見る。同高度、同速度で響がぴったりと着いてきている。
ジリジリと速度は上がり、速度は1,400ノットに達した。時速にすると2,600km/h、マッハ2.4。
今日の気温ではこの辺が限界の様だ。
左側を見ると……やはり同高度、同速度で飛ぶ響が見える。
『響ちゃん、ビートルだ。こちらはこれでいっぱいだ。響ちゃんはそこから加速できるかい? できるようなら全開で行っちゃってみてもらえるかな?』
『ビートルさん、響です。やってみますね。えーいっ』
響の後方にピンクと緑に縁取られた排気炎が伸びた。そして、響はそのまますーーーっと加速していった。
「うっわ、えっぐ! ありゃあっという間にマッハ3は超えてるな……」
ビートルは独り言を言ったのち、響に通信を入れて減速を指示した。
しかし、響は響で、楽勝で飛んでいた訳ではなかった。
ここは高度4万フィート。地上から13kmも離れた空の上である。
気温はマイナス50℃近い。気圧は地上の六分の一しかない。何も対策をしていなければ即死コースだ。
響は自分の周りを虹色膜で覆った上で、断熱圧縮の熱と大気の冷たさを混ぜ混ぜして、ちょうどいい温度を作りつつ、前から入ってきた空気をラム圧で圧縮、一気圧になるように調節しながら自分の周りへと流していく。
この作業を休みなく、失敗しないように全力でやり続けていた。
失敗したら死んじゃう奴だ。実はかなり緊張しながらやっていた。
慣れてくれば無意識にできるようになると思うが、まだやり始めて数日しか経ってないのだ。
「でも、飛ぶの楽しーっ。ヒャッハーっ!」
ちなみにこの超音速飛行は、異世界にいる響の姉たちでも不可能な、超絶技巧であった。
『響ちゃん、ビートルだ。観測終了、帰還するよ。減速してウォッシュと合流してくれるかい?』
『ビートルさん、響了解しました。減速してウォッシュさんに回収してもらいます。それと、今気がついたんですけどね、そういえばコンソール魔法っていう便利な魔法がありまして、速度もマッハ数も、バッチリ数字でわかりました!』
『はい?』
『今の最高速が、1,890ノット、マッハ3.2でした!』
『お……おう……俺が来た意味……』
『ただ、マッハ3超えると流石に処理が大変ですね。多分十分も持たないと思います。マッハ1ぐらいなら、小一時間飛んでても平気だとは思うんですが……』
『お、おう……』
マッハ3を超えられる飛行機は、今現在は世界中探しても二機しか無い。
NASAの極超音速テスト機が二機だけだ。
それを、たとえ十分未満だとしても、生身の体で実現してしまうこの少女の異常性が、また一つ確認された。
この娘は一体どこまで飛んでいくんだろう……現在、日本最高のテストパイロットと言われているビートルの脳裏に、そんな想いが流れていった。
超音速偵察機、ロッキードSR-71ブラックバードが退役してしまい、マッハ3超えの実用航空機が存在しなくなってしまいました。悲しい……
あの飛行機も、本当に美しい航空機でしたねぇ。妖艶としか言いようがないあのプロポーション……もうね、あれに惚れない航空ファンなんていませんよね。
それではまた、お会いいたしましょう。




