新しい移動手段
今日は待望の、R1-Zの納車日だ。
行きつけのオートバイ屋までは、お父さんと一緒に来た。
お父さんは響をタンデムに乗せ、自分の電動スクーターで来たかったらしい。
でもお母さんに止められたために、仕方なく乗用車でやってきた。
「はい、こちら作業明細です。メインはキャブレータと燃料タンクの分解清掃。ブレーキマスタ、キャリパのシールキットとインナーキット交換。フロントフォークのシール交換あたりですね。あとはチェーンとタイヤとワイヤ類も交換してあります」
いかんせんクラシックバイクだ。純正部品なんてとうの昔に品番廃止されている。
と言っても、いまだ大人気のRZ250系列からの流用部品も多い。RZ250のために作られているアフターパーツを作ってる会社で、ワンオフ制作してもらった部品もあったりする。
「めっちゃ綺麗になってる! おじさんありがとうございますっ!」
姉の……いや、名義変更したので響のR1-Zは、ピカピカに磨かれていた。
元々、丁寧に乗っていた車両を屋内保管してあったため、錆などは割と少ない。
「じゃ、使い方と手入れの説明しますね。まず手入れから。このバイクは2ストロークエンジンです。ガソリンの他に2stオイルを……」
丁寧に日常のメンテナンスや使い方について説明してくれた。
さて、お支払いは……なかなかいい金額である。ワンオフ部品とか使いまくったら、そりゃ当然高額になるのは仕方がない。
しかし、響もアルバイトで稼いでいるのだ。特に最近は魔物の出現も多いため、出動手当がなかなか美味しかったりする。
最初は両親が整備代を出してくれると言っていたのだが、やはり自分で直してあげたかった。お姉ちゃんのオートバイ。大事に大事に乗るっ!
ヘルメットをかぶり、スタンドを払ったR1-Zを跨ぐ。
背が高く、足がやたら長い響さん。かなりべた足で乗ることが出来た。
教わった通りの始動手順を進める。
キーを捻りイグニッションオン。カチカチっ
ニュートラルランプを確認。キックスターターを引き出してからチョークダイヤルを回し、クラッチを握り締める。かしょん、ぐいっ、しゅこっ……
そして……かしゃんっぶるるるっぱっぱらっぱらんぱぱぱ……
かかった瞬間にチョークダイヤルを戻す。
キックスターターをしまい、アクセルを開けてみる。
ぱらっぱんぱんぱんぱんぱん、ぱらっぱんぱんぱんぱんぱん、ぱらっぱんぱんぱんぱんぱん
お父さんが、すごく懐かしそうな、泣きそうな表情になっていた。
オイルが燃える匂いが辺りに漂い始める。
ぱぱんーぱんぱんぱんぱぱんーぱんぱんぱん
「では、お気をつけてお帰りくださいね。何か気がついたことがありましたら、すぐに連絡してください」
「色々ありがとうございました。大事に乗りますね。それじゃ」
お父さんもお店の人と挨拶をして、それでは一度、帰りましょうか。
ここから家までは十分もかからない距離だ。それでも免許を取得して初めての運転、しかも初めて乗るオートバイである。慎重に慎重に……
ぱぱぱぁぁぁああああんっぱぱん、ぱぁぁああああああん、ぱぁぁぁあああああん
た、楽しい……何この楽しい乗り物っ!
試験場で乗った400ccとは比べ物にならないぐらいの軽快さ。
習志野で乗ったオフロードと比べるとドラマチックなパワー感。
っといけない、制限速度制限速度……
あっという間に家に付き、お母さんにも報告。あとで麻紀さん帰ってきたら、麻紀さんにも見せてあげないと……
翌日、いつもなら飛んでいく百里基地まで、R1-Zに乗っていった。
警衛隊のお兄さんが、めっちゃ褒めてくれて嬉しかった。
響に駐輪場は必要ない。オートバイを降りたら、そのままアイテムボックスにしまってしまえば良いのだ。ということはどこにでも持って入れると言うわけで……
本来、自家用の車両が入るわけがない、対策室前の駐機場で、いそいそとオートバイを磨く響の姿が……
「えーと……響ちゃん? 楽しくて仕方ないのはわかるんだけど……夏休みの宿題とか訓練とかも……ね?」
美智子さんに少々お小言をもらってしまった。
ちなみに、先ほどまでクラスのみんなに見せびらかしていたのだが、真夏の日差しのエプロンでオートバイを磨き続ける級友に付き合うつもりはないらしい。
と言うか、みんなは響ほど的確に紫外線をキャンセル出来ない。ギャル化をやめたうさやも、紫外線対策はバッチリしている。
「ねぇねぇ、美智子さん、可愛いでしょー、この子っ!」
「わかったから、わかったから一度中入ろ? ね?」
ダメだ。響が使い物にならない。
もう、響をほっといて、たぬきとうさやは戦闘訓練へ、ナオナオセトルリは航空無線の勉強会へと連れ出したろうか。
あー、でも今日は麻紀さんは本部行ってるから人手が足りない。理沙と美智子の二人じゃ三箇所に割り振り出来ないし……
ぽんっ!
「響ちゃん、詠美ちゃんと彩香ちゃんは習志野行くんだけどさ、習志野の教習所で走ってみる?
「行きますっ!」
即答だった。
よし、これで習志野の隊員に響を押し付けられる。
♦︎
これまで、あまり『物』に執着しなかった響の、初めての宝物かもしれない。
使っている物を粗雑に扱ったりするわけではないが、必要以上に大切にしたり愛情を注いだりしなかった響。
小さい頃から、人形遊びすらしてこなかった響。
お気に入りのスカートも、愛用のお茶碗も、出すのが面倒な時には迷彩服とコッヘルで済ませてしまう響。
特に、単純に移動手段として使うには、響にとってオートバイは遅すぎる。空を飛ばないでも、自転車ですらオートバイを超える速度で移動できるのだ。
なのにこんなに可愛がって……これはやはり姉の遺品だからなのだろうか。
けどまぁ、古い機械だからね。大事にしないとダメだよ? 壊したら後がない部品、モリモリにあるからね?
やっぱり、ツーストの香りを嗅ぐと、くんかくんかしちゃいますよね。
R1-Zも、もう手が届かない価格になってきちゃってますが……
それではまた、お会いいたしましょう。




