響の運転免許
茨城県運転免許センター。
『水戸の運転免許試験場』とか県民には言われている癖に、所在地は茨城町だ。
朝はスッキリと起きられた。
いや、楽しみだったのよ。緊張はしてるけど。
なので、麻紀さんが起こしに来てくれた時にはもう目覚めた後だった。
麻紀さんが目覚めのちゅうをし損ねた! と拗ねていたが、実際には一度もそんなことはしたことがない。きちんと節度を知る大人なのだ。麻紀さんは。多分。
朝ごはんは麻紀さん特製のカツ丼。って、朝からカツ丼かよっ! って、完食かよっ! 女子高生舐めてたわ。
「麻紀さんご馳走様でした。とてもおいしかったです」
ああ、麻紀さんが身悶えしてる。かわいい。
ご飯が終わったらお着替えです。今日はオートバイ試験用の服装です。いつものローファーとかだと怒られます。
あ、はい、今日は戦闘長靴六型の魔物素材仕様ですか、そうですか……
着てるのもいつもの迷彩服……ヘルメットもいつもの、手袋もいつもの……なんだ、習志野で訓練していた時と同じなのね。
って、まんま自衛官のコスプレじゃんっ! 痛い娘にしか見えねぇよっ!
「じゃ、準備出来たら出発するわよ。荷物はもうアイテムボックスに入ってるわよね?」
「はい、大丈夫です。お手洗い済ませたら行きましょう。麻紀さんお願いします」
試験場までは麻紀のベンツで送ってもらう。バスだと遠いんだ……セトルリはいつもスクールバスで通ってるけど。
車なら運転免許試験場は、東関東自動車道から北関東自動車道に乗り換えればすぐだ。
北茨城町インターチェンジを降りれば、すぐに試験場のコースが見えてくる。
響はここまで三回下見に来ている。
真上まで飛んで上がって、コースを脳内に焼き付けるまで読み込んだ。
今日の試験コースがどのパターンになろうが自信を持って挑むことが出来る。
『試験場での試験はな、ミスを絶対に見逃さない。しかも十六歳になって初めての試験だろ。必ず徹底的に粗探しされると思え。一つの瑕疵も無く終わらせて、初めて土俵に立つぐらいのイメージで挑め』
余裕を持ちつつ、確実に攻めるために全ての手順を明確に数値化してやってきた。
いつもの響の『うーん……こんな感じ』を排除し、旋回時のバンク角や制動時の減速率、一本橋に乗ってる時間、スラロームにかかる時間、全てをマニュアル化してきた。
試験場近くのパーキングに車を止め、麻紀さんと受付に向かって歩き始める。
「自信は有るんでしょ?」
「はい。それは当然。不安があるとしたら、試験中の出動案件ぐらい?」
「あー、それは無いとは言えないねぇ。もうそれは祈るしかないかなぁ」
魔物腫れ物ところ嫌わず……魔物はいつ出るかわからない。出ない時は二週間ぐらい出動がなかったり、かと思えば毎日出動が続いたり。
もっとも、響は全国駆け巡るため、普通の魔法使いはそんなにしょっちゅう出張ったりはしない。
受付に行き、受験票を提出して支払いを済ませる。支払いが全てオンライン決済になって久しい。しかし、電波障害のために現金決済が見直されつつあったりもする。
非接触型ICカードの誘導電磁波は、ピッタリと接触させれば読み込めるし、バーコード決済のための認証通信は赤外線通信していたりするのだが、不便には違いない。
Suicaの読み込みで、いちいちカード取り出さないとならないのは、大変なのだ。
受験票と案内パンフレットを持ち、待合所へと向かう。
待合所の前の壁には今日の試験用コース番号が表示されていた。
「普通自動二輪はBコースですね。…………よし、シミュレートオッケーです」
響ぐらいの人外になると、脳内シミュレータで完璧なイメージトレーニングが可能である。しかもリアルな時間感覚でありながら数倍速で終わらせることができる。
今も、乗車前の確認からスタンドを掛けて終了しましたの合図まで、きちんと終わらせている。
受験番号は普通自動二輪の二番。と言うか、実技も試験を受ける人は二人しかいないらしい。
「おはよう。君も試験受けるのかい?」
見た感じは大学生? 社会人なりたて? ぐらいの男性だ。派手なアライのヘルメットを抱えたお兄さんが声をかけてきた。
「はい、初めての挑戦です」
「そっか。自衛隊さんかな? 頑張ってね。俺はさ、二年前に免取り喰らっての取り直し。普通自動車と両方だからキツイわ」
「免取り……取り消しですか? 何かやったんですか?」
「スピード違反繰り返した上で、100km/h 超えで検挙されたわ」
「うん、同情できませんね」
響辛辣っ!
でもまぁ、麻紀さんもうんうん言ってるから良いよね? 道交法大事。
「受験番号一番、二番、身体検査を行います。こちらへお願いします」
オートバイを運行するための最低限の検査。運動検査と視力検査を行う。どちらも問題があるわけがない。視力なんて、10.0とかでも普通に見えるはずだ。
50m先にある直径7.5mmのランドルト環の向きが識別できる世界だ。
普通の人は、ランドルト環がある事すらわからない。
「はい、身体検査は合格です。それではそちらの階段から下へ降りてください」
いよいよ試験の時が来た。麻紀さんは待合室でドキドキしながら待っててくださいね。
一階の発着場へと入る。
周辺には普通自動車免許や大型自動車免許、大型二種免許の人たちが並んでいる。
「自動二輪の方はこちらへ。はい、ではお名前と番号をお願いします」
先にお兄さんが答え、オートバイへと進んでいった。
それを見送りながら、響はさらにシミュレートを続ける。
『そこの角の手前は一時停止、足をついている時間は3.0秒。道を横断したら右にウインカーを出して交差点までに右に寄る、信号に注意。右折したら左端を通ってS字へ……』
「二番、沢井響さん。二号車へどうぞ」
さぁ、響の番だ。行ってこいっ!
響はオートバイに近づき、車両の周りを一周しながら点検をしていく。
フロントタイヤに触れ、リヤタイヤに触れ、チェーンに触れる。ぐるっと回って車両左側に立ち、後方確認。スタンドを払い、長い足を振り上げて乗車。
そう、響は足が長い。だからライディングスーツを着たらきっとかっこいい!
ただ、今は自衛官にしか見えない。
乗車したら左右のミラーを合わせてから、イグニッションをオン。ニュートラルランプが点灯していることを指差し確認。クラッチレバーを握り、左右後方を確認の上、エンジンスタート。
キュキュギュイーン……
さすが今時の機械。ほとんど一瞬でエンジンが始動され、静かにアイドリングを始めた。
右手でブレーキレバーを握り、リヤブレーキを踏んでいた右足を下ろす。左足をステップに乗せ、シフトペダルを踏み下ろす。
コっと小さな音を立て、ギヤが一速へと入った。
左足を地面に下ろし、右足を再びブレーキへ。安全確認、右、左、右ミラー、左ミラー、目視で右後方。
ウインカーを右に出して
「発車します」
再び安全確認、そして軽くアクセルを捻りながらクラッチレバーをそっと緩める。
クラッチプレートが擦れ始め、エンジンの力がトランスミッションを通り、ドライブシャフトに嵌め込まれたフロントスプロケットを経由して、チェーンが張られていく。
右足のリヤブレーキを完全にリリース。響の乗ったオートバイは静かに走り出した。
すぐに見えてくるのは最初の一時停止線。前後のブレーキをバランスよく使い、クラッチレバーを握り締めて一時停止。右見て左見て右見て、再スタート。
ここからの響は美しいライディングを見せた。これはあれだ。ダンスしてる時の響だ。工業用ロボットの如く、正確な運動の連続。教本から1ミリも外れない、文句のつけようがないライディング。
一本橋では、ピッタリ十秒、速度の増減もなく、バランスの崩れもなく、まるで四輪車が走ってる様な安定感。
スラロームではピッタリ七秒、きちんとしたメリハリで、バンパーが接地するような無理もなく、アクセルで車体を起こし、体重移動でバンクしていく。
急制動では、フロントフォークの沈み込みも一定のまま、必要な距離より一車身手前で完全停止。左右確認の上次の項目へ。
ぐるっと回って発着場へ。左後方を確認して左によって、白線ピッタリに止めて右左。
エンジン止めて、降りたらスタンド、はい完璧っ!
「ありがとうございました」
挨拶をして、二階へと上がった。
実技合格の発表はお昼前らしい。学科試験は午後なので、しばらく時間は空くが……
「どうする? お弁当食べる?」
麻紀さんお手製弁当があるらしいぞ。
「麻紀さんのおべんと食べたいですっ! でも、その前にちょっと時間あるかな? 実は……」
実は、先ほどから魔物が一匹、超センスに引っかかっていた。
試験終わるまでは無視していたが、流石に……
「変に出動になったら午後の試験受けられないかもしれないので、先に倒してきちゃって良いですか? 多分十五分ぐらいで帰ってこられると思いますから」
「う、うん。気をつけてね。どんな相手だかわかる?」
「あ、ただのレッドボアです。ここからでも倒せますけど、周辺の安全確認も兼ねてちょっと見てきますね」
響と麻紀は歩いて駐車場まで出かけ、響は空へと消えていった。
響が空へと消えていくと、途端に麻紀の表情が怪しくなる。
響の安全ファーストなのだ。麻紀は。だからこんなふうに状況がわからなくなると、途端に不安になる。
響が怪我したらどうしよう……試験間に合わなくなったらどうしよう……響が悲しい目に遭ったらどうしよう……
でも響を止めることはない。
響のやりたいことをさせてあげたいし、職務としても響に戦ってもらわないとならないし……でも不安なのはしょうがないじゃない。だって……うー、響ちゃんー
響は十五分もかからずに戻ってきた。
響が見えたら麻紀の不安も治る。そして、響と会話できる距離になった時には、もういつもの武藤麻紀が復活している。
「おかえり響ちゃん。どうだった?」
「辺りの被害もなさそうだったんで、ビリらせて速攻でアイテムボックスに突っ込んできました。あとで基地の駐機場にでも出しますね」
「うーん……じゃ、しばらく持っててもらえるかな? 出すのは今度処理場行った時でいいわよ」
「はい。わかりました。それじゃ試験結果見に行きましょうか」
「そだね。いこ」
まぁ、落ちてる訳ないわな。
お昼も美味しくいただいて、午後の試験も無事に合格して、響はついに普通自動二輪免許を手に入れたのでした。
あ、あの男性は、安全確認不足で試験落ちてました。
「じゃ、帰ったら、合格祝いとお誕生日のお祝いパーティだからね」
麻紀が響の耳元でそっと囁いた。
響は十六歳になりました。もう、結婚もできる年齢です。
まぁ、すでに婿はいるわ嫁はいるわのアレな感じだったりするわけですが、ほとんど家族愛に近いので、胸を張って叫べます。
「わたしの婿は世界一っ!」
「って、何突然叫んでんのっ⁉︎」
「いや、なんか主張したくなったんです。麻紀さんが完璧過ぎるからっ!」
「う、嬉しいけど叫ばないで……人目が……多過ぎ……」
はい、ここはまだ運転免許センターの中。
免許証交付フロアは、人がごった返してます。そんな中で注目度高すぎて真っ赤に染まる麻紀さんでした。……かわいい……
免許試験場って、どこの県でも行きづらい場所にありませんか?
うちの地元からですと、公共交通機関を利用した場合、一番バスで出発しても、午前の受付、間に合わないのです。酷いと思いません?
それではまた、お会いいたしましょう。




