操縦訓練
「障害物手前で、前輪に荷重を掛ける。そこからアクセル開けて、荷重抜くっ。良いぞ、筋がいい!」
習志野演習場に、エンジンの音が響いていく。
古い偵察用オートバイが土煙をあげ、宙を舞う。
「そこ、魔法で飛ばないっ! 魔法無しでコントロールできる様になってからっ!」
響はただ速く走るだけなら、自転車でもオートバイの倍ぐらいの速度で走ることができる。
しかし違うのだ。姉の愛車を思う存分走らせてあげたいのだ。だから普通に免許を取りたい。
そのための訓練。
でも、ついつい魔法が出てしまうのは、響の生活にそれだけ魔法が染み付いてしまっているからにすぎない。
ただ……
「あの、このジャンプとか、引き倒しての射撃姿勢とかの訓練は免許取るのに必要なんですか?」
「当たり前じゃないかっ! 詩琳ちゃんさんの妹分なら出来て当たり前。出来なかったら姉に顔向けできないよっ」
微妙に納得できないけど、教えてもらえることは教えてもらおう……と言うわけで、さまざまな訓練を受けていくことになった。
「じゃ、転倒してチェーンが外れてパンクしたオートバイの復帰訓練だ。まず、引き起こしてスタンドを立てる……」
さまざまな訓練……
「川を渡る時は川底に注意。底が見えない場所には絶対に寄らない。泡や漂流物を見て流れの速さを確認する!」
さまざまな訓練……
「倒したオートバイは遮蔽物として使える。立てたままだと遮蔽物にならない、必ず倒してエンジンを盾にする」
さまざまな訓練……
「響、オートバイの教習、どんな感じ?」
尚子が興味深そうに聞いてきた。
「うん、すっごい色々教えてもらってるよ」
「そのままそこで免許取れるの?」
「習志野で取るとね『ただし自衛隊車両に限る』って限定が付いちゃうんだって。だから水戸の試験場まで行って、いわゆる一発試験受けるよ」
乗りたいのは偵察用オートバイではない。姉のオートバイなのだ。
級友たちが実戦訓練を受けている間、ひたすら操縦訓練を繰り返す。
「じゃ、一本橋、始めっ!」
一本橋。幅30cm、高さ5cm、長さ15mの板の上を、七秒以上かけて通過する。これが響に求められる技術である。
「はい、三十秒経過……」
うん、響の超絶運動神経だと余裕すぎて居眠りしそうだわ。
「二分経過……」
というか、ほぼ止まってる。
「三分経過……うん、無駄な技術だな。十五秒以内に渡る訓練するか」
三日目は運行前点検をしているところで、出動がかかった。
こうなると操縦訓練どころじゃない。この日は実戦訓練中の友人たちを引き連れて、魔物討伐見学ツアーをやってきた。
「響のお姉さんのバイクって、どんなバイクなの?」
帰りのヘリコプターの中で、尚子が聞いてきた。
「んー、すっごい古いクラシックオートバイだよ。1993年式」
「1993年って、もう六十年以上前のバイクなの?」
「うん。お姉ちゃんが買った時には、もう相当古かったらしいからね」
ヤマハR1-Z。2ストのヤマハを代表する、250ccパラレルツインエンジンを搭載した二輪の軽自動車だ。
「もうすぐわたしが乗るから、この間からバイク屋さんに出して整備してもらってるんだ。お姉ちゃんが買ったお店に、今でもお父さんがお世話になってるの。たぬきんちの近くだよ」
元々、響の姉『奏』が剣道場に通うために買ったオートバイだ。通っていた剣道場の近くにあり、自宅からもそう遠くはない。
お父さんの電動スクーターも、ここで新車購入している。
「じゃ、今度見せてもらえるかな? そんな昔のバイクとか、なんか凄くオシャレかもしんない」
「横から見るとね、バッテンマークになってて凄く可愛いよ」
可愛いと言うのか?
「もっとも、わたしはまだエンジンかかってるとことか、見たことないんだけどね」
未整備の古いエンジンは、点検しないで回すの禁止です。
きちんと動いたら『運が良かっただけ』と思えです。ミスってシリンダーに傷つけたりコンロッド曲げたりしたくなければ、点検してから動かしましょう。
「さーて、明日も頑張って教えてもらうぞー」
響の誕生日まで、あと一週間。誕生日を迎えたら、すぐに運転免許センターで一発試験を受けることになっている。予約ももうしてあった。
「え? 運転免許センターって、うちの近くの?」
「あ、セトルリんちの近くなんだっけ? あれ?水戸市じゃない?」
「茨城町だよ。免許センター。うちから歩いても行けそうな場所。行かないけど」
行かないのかよ。
「じゃ、試験終わったらうちでお茶でも飲んで行き」
「あはは、その時はよろしくねー」
まぁ、セトルリは訓練で習志野に連れていかれてる気がする。
それから数日、毎日何時間も操縦訓練を繰り返し、元の運動神経やら人外神経やらで運転技術がうなぎのぼりの響さん、習志野演習場のズルズル滑る未舗装路を、全開で駆け抜けていくことができる様になっていた。
「ヒャッハー!」
なんか世紀末な叫び声を上げながら、滑っていく後輪に体重をかけ、フロントタイヤが残されないよう逆ハンを当て、スリップダウンする寸前のアクセルコントロールで駆け抜けてゆく。
「これ、風で舵当てたらもっと楽しいかなぁ……」
運転中の魔法解禁は、免許を取ってからだと言われたのを、忠実に守っている響さん。やはり良い子なのだ。常識に疎くても良い子なのだ。
「それーっ」
轍からの段差を利用して、オートバイを宙に浮かせる。魔法を使わなくてもこのぐらいできるようになってきた。
ただ、響の乗る予定のオートバイは、舗装路用だぞ? そんなドリフトやらジャンプやらするような車種じゃないぞ?
「早くお姉ちゃんのオートバイ、乗りたいなぁ」
そんな乗り方してたら壊すからな? 大事に乗るんだろ?
「免許取ったらぁ、お父さんとツーリングも行きたいなぁ」
お父さんの電動スクーターもオフロードとか走らせちゃダメだぞ。
原付二種だし、一応二人乗り出来るから、お母さんも連れて行けるけどさ。
試験日まであと四日。
学科試験なんて落ちるわけないし、楽しみだね、響ちゃん。
昨日、この作品のスピンオフ作品
『吉野くんの秘密 -彼はクラスで一番……学校で一番カッコいい……筈なんだ……!』
を公開いたしました。
吉野くんの謎が一つ、解き明かされます。是非お読みいただけたらと思います。
今回の本編は……泥の上からじゃないと、得られない栄養成分があるんです!
アスファルトの上だけ走ってたら、気が付かない世界ですが、まぁ気がつかなくてもいっか……あとでオートバイ洗うの、めっちゃ辛いもん。
それではまた、お会いいたしましょう。




