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眼鏡

 森河直美は眼鏡っ娘だ。

 小学生時代には視力が悪化し始め、四年生の頃から眼鏡をかけている。


 最初のうちは邪魔で邪魔で仕方がなかった眼鏡。しかし、眼鏡をかけていると目元周りの印象が、やけにはっきりすることに気がついた。

 そう、眼鏡美人の覚醒である。


 野比玉子という女性をご存知だろうか。

 眼鏡を掛けた知的な人妻。しかし眼鏡がなくなるとしょぼしょぼお目目になってしまう、あの青だぬきの飼い主のママだ。

 直美の目元もそのぐらい印象が変わる。

 近視用の眼鏡は、別にかけたからと言って目が大きく見えたりはしない。むしろ小さく感じられる。しかし、それでも目元の印象が、ガラリと変わるんだから面白い。


 という訳で、眼鏡には色々拘っていた。釣りバカだしスタイルとしては釣り師に偏ってはいるが、やっぱり可愛く見られたいし。


 そんな直美に転機が訪れたのは、ステータス・オープン魔法という魔法を覚えさせられてからだ。

 日に日に眼鏡の度数が合わなくなっていき、とうとう裸眼でも正視と判断される1.0を超えてしまったのだ。


「眼鏡……わたしには眼鏡成分が足りない……」

「いや、何言ってんの? 元々おかしいけど、今日はまた一段とおかしいよ?」

 元々おかしいとか尚子に言われているが、クラスメイトの中ではマシな方……でも無いな。おかしいわ。


 そんなこんなで、眼鏡屋さんへと行くことになった。


「すみません、眼鏡の度数合わなくなっちゃったみたいなので、視力検査からいいですか?」

 眼鏡屋さんに出かけた直美さん、まずは視力検査だ。


「はい、左右とも1.5がきちんと見えてますね。お客様の目でしたら、眼鏡で矯正する必要は一切ないと思います」

 店員さんが、とても親切だ。

「うーん……じゃ、伊達メガネにして度無しのレンズに入れ替えることってできますか?」

「出来ますけど、どんなレンズにいたしましょうか」

「あー……とりあえず色も何も無い奴で……マルチコートだけしてあれば良いかな? 度無しだと、屈折率とか関係ないですよね?」

「度無しなら屈折率は関係ないですね。ただ、レンズによって軽いとか重いとか、割れにくいとかございますので……」

「なるほどぉ。割れづらいのは嬉しいなぁ。割と危ない橋を渡るんですよね。わたし」

 危ない橋とか言うなって。いや、渡ってるけどさ。眼鏡したままの格闘訓練とかどうなん?

「それでしたら、こちらのポリウレタンレンズがお勧めでしょうか。傷もつきづらいのに手で曲げられる程の柔軟性があって、その上ひずみにも強いんですよ。戦闘ヘリコプターのキャノピーにも使われている素材で……」


 なんかまた自衛隊っぽい代物出てきた。

 まぁ、ポリウレタンレンズなんて、大体どこもそんな感じだが。


「こちらの商品でよろしいでしょうか? はい、ありがとうございます。ではこのレンズの両面マルチの撥水撥油ハードコート仕様でございますね。メーカーに在庫はございますので、明後日到着で……加工にお時間いただいて、木曜日十三時までにはお渡しできるようにいたします」


 今日はこの眼鏡を預けて帰って、明々後日の午後にまた取りに来ることになった。


「よろしくお願いします」


 料金は電子マネーでお支払い。領収書と受取票をもらって席を立つ。

 お店の人に見送られて、店を出るところで店頭に置いてある偏光レンズに目をとめた。

 外に出かかった足を止め、振り返って店員さんに相談をかける。


「あの、これ、タレックスですよね? 見せてもらって良いですか?」

「はい、タレをご存知なんですね。では他のメーカーと併せてご覧いただけますので、こちらにどうぞ」


 昔は他のメーカーの偏光レンズを取り扱っているとタレックスの認定店にはなれなかったが、今ではその括りも撤廃されている。


「こちらがそのタレックスの偏光レンズになります。どんなことにお使いになられる予定で……魚釣りでいらっしゃいますか。お魚は何を? 最近はもっぱらバス? それでしたらこちらのイーズグリーンを……」

 店員さんがだんだん早口になっていく。

「ただ、ローライトを突き詰めるならイーズグリーンもいいのですが、もう少し汎用性をとなりましたら、こちらのコンベックスのフィールドグレイなどが……」

 店頭にどんどんとレンズが積まれていく。

「こちらコダックのテンダーグレイは更に紫外線による劣化が少なく、長く使えまして……」

 どんどん積まれ、そして直美は目を回した。


「す、すみません、おうち帰って検討してから、またきます……」


        ♦︎

 

「おはよー。あれ? 直美、眼鏡は?」

「おはよう尚子。眼鏡は今、お直ししてもらってる」

「なるほど……で、何見てるの?」

「ん? 偏光グラスのサイトだよ」

「偏光グラスって、何?」

「釣り具」

「お、おう……」


 これが響の姉たちだったら、S波がどうの、P波がこうの、水面でのブリュースター角があーだ、ポアンカレ球がこーだとなる。

 しかし今日は直美だから安心だ。せいぜい透過率とか、色による明度差、コントラスト差、青抜けやひずみ問題、貼り付けか融着か、ガラスかプラかウレタンか……って、十分面倒くさいじゃねーかっ!


「と言うわけで、総合的に判断すると今回はコダック製にしてみようかと思う訳よ」

「ぉ、ぉぅ」

 尚子さんの目が死んだわ。


 そんなこんなで更に翌々日。眼鏡のレンズ交換が無事に終わったと連絡が来たため、再び眼鏡屋さんへとやってきた直美さん。ついでに偏光グラスも注文していった。


 ちなみに偏光グラスとは、サングラスの一種である。

 水面の反射を、ある角度の時のみキャンセルすることができるため、水中の様子が見やすいとか、太陽の反射光が眩しくなくなるなどの効果が見込めるのだが……


 今のホームグラウンドである霞ヶ浦は、水の透明度が低すぎて水中なんて見えやしない。

 しかも、直美さんは目を瞑ってても魚の場所がわかってしまう。

 と言うわけで、完全に趣味で買ってますね。実用上、魔法使いには必要ないもん。


『良いのっ、釣り師の必須アイテムなんだから気にすんな。わたしはこれが欲しかったんだよ』


 という訳で、時々サングラスをした直美さんが見られるよって話でした。

 あ、サングラスしてるよりも、いつもの素通し眼鏡の方が可愛いよ? 正直言って。

『うっさいわっ‼︎』

 皆様はメガネをかけたお嬢さんはお好きですか?

 わたしは眼鏡っ娘好きです。

 ただ、魔法使いの奴らは勝手にどんどん視力回復とかしやがりますから、眼鏡っ娘成分が足りないんです。この世界。

そのことを自覚して、自発的に眼鏡っ娘に突き進んでくれる直美さんはとても優秀なんです。


 ただ、変な奴だけど。


 それではまた、お会いいたしましょう。

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