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吉野くんの夏祭り

『樽木さん。明日のお祭り、一緒に行きませんか?』

 吉野くん頑張った! 頑張って誘った!


 情報端末のメッセージアプリで送信ボタンを押せたのは、夏祭り前日のことだった。

 夏休み入る前から考えていたのだが、前日となる今日まで勇気が出なかったのだ。

 でも樽木さんとお祭り行きたいっ!

 サッカー部の夏練でご一緒できたことで、思い切って送信ボタンを押す勇気が出たのだ。

 あ、既読がついた。

 

 ぴぽんっ!


 二十分ほどで返信が来た。

 吉野くん、送信ボタンを押したままの姿で固まっていたので、相手には既読マークが出ているはずだ。

『うさやと響と直美も一緒にいるけどいいですか?』

 こ、これは了承一択! って言うか、会ってくれるんだっ、あの樽木さんが!

『はい! じゃぁ樽木さんの家までお迎えに行っていいですか?』

 とても今時の高校生とは思えない丁寧語のやりとり。初々しいねぇ。

『基地にいるので、そちらまで来てもらえますか? 警備科には話をしておきます。正門で声かけてください』

 この町で基地と言ったら、百里しか無い。

 まぁ、吉野くんの家から百里の正門まで、自転車で十五分ぐらいだろう。

『わかりました。楽しみにしています』


 ぴぽんっ!


 よくわからない動物のスタンプが飛んできた。

 とりあえずスタンプにハートマークをくっつけた。


「はぁぁ……緊張する……」

 独り言も言いたくなる。

 小学生時代から好きだった女の子。

 去年の九月に告白したつもりだが、答えを聞く前に逃げ出してしまって、そのままに……

 直後から自分の変な本が出回ってることに気がついて、ワタワタしているうちになんとなく立ち消えてしまった。

 卒業パーティにはお呼ばれしたものの、樽木さんの叔父さんと対決した記憶ばかりが蘇る。

「あ、どんな格好していこう……やばい、どうしよう……」


        ♦︎


「ふぅ……」

 了承のへんな動物シリーズスタンプを送信したたぬきさん。愛用の椅子の背もたれに、ガシャっと音を立てて寄りかかった。

 元々はどこかのゲーミングチェアらしいのだが、アメリカの有名ブランドチェアのデッドコピー品らしく、割と具合が良かった。

 申し訳ないので、将来お金貯まったら、きちんと正規品を買おう! と心に決めている。


 明日は訓練のあと、尚子とセトルリは家に帰るが、小美玉在住の四人は夏祭りに行く予定を立てていた。

 そこに吉野くんからのお誘いが来たのだ。


 たぬきさんが吉野くんラブラブなのは、六組ではすでに常識になっている。それを知らないのはたぬきさんだけだ。

 と言うわけで、たぬきが他の三人にお伺いを立てたところ

『良いから誘え。なんなら二人だけにしてやるぞ?』

 まで言われた。

 まぁ、二人だけってのはジョークだろう。じゃあ、吉野くんにみんながいてもいいですか? って聞いてみないと。


 聞いてみたらあっさりオーケー。あ、なんかドキドキしてきました。


 たぬきさん、実は自身のプロポーションにかなりのコンプレックスを持っている。

 周りにいるのがアレな奴らばっかりなのが悪い。

 

 響 超長身スレンダー美少女。背はいまだに伸び続け、とうとう姉を超えたらしい。それってアレじゃん。パリコレモデルじゃんっ!

 うさや スレンダー美少女。華奢。ギャル時代の肌の色も抜けてきたため、華奢なお嬢様感バリバリなの。

 尚子 長身美女。もう美少女の範疇に収まらなくなってきてる。身長は168cmと程よく高く、何よりもバランスの取れたボンキュッボンだ。

 直美 眼鏡っ娘清純派委員長。中肉中背でも、出るとこは出てるし細い場所は細いし、何よりも声がセクシー。少しだけハスキーな脳を蕩かすような声で人を魅了する。

 セトルリ 地雷原……じゃなかった、小悪魔。やはりスレンダー。ちゃんと食べてる? いや、食べてるとこはよく見かけるけど、なんでその体型維持できるん?

 

 そしてたぬきさん。

 身長。普通。体重。普通? いや、自分の理想よりかなり重い。制服姿で鏡に写ると、メリハリを感じられない。足首だって、みんなみたいに細くない。

 同じようにメリハリ不足のうさややセトルリは『ほっそっ!』て言うアピールが有るが、そんなものもない。

 顔だってのっぺりしていて華がない。何度かうさやにメイクも習ったが、やはり自分ではうまくいかないし……


「うーん、何着て行こうかなぁ。訓練の後だから時間かけた着付けとか無理だしなぁ……」

 夏祭りなら浴衣かな? とも思ったが、百里で着付けはちょっと無理だろう。理沙さんや美智子さんにお願いするか? とりあえず響かうさやに相談してみるか……


『明日のお祭り、何着てく?』

 三人にメッセを送って反応を待つ。

 そして、いろいろ相談した上でお祭りの日を迎えた。


        ♦︎


 翌日、午後四時。百里基地正門の警衛室へと一人の少年が訪ねてきた。

 と言っても、中央のサッカー部の子だ。何度か顔を見て知っているためスムーズに……スムーズ?


「で、君が詠美ちゃんたちを誘った少年だね?」

 なんか尋問みたいなことされてるんですがっ!


 六組の生徒達は、ここでは宝物の様に扱われているのだ。で、そんな宝物を掻っ攫おうとしてやってきた間男とか、デストロイ!

「はい、デストロイしないでください。吉野くんおつかれー。とりあえず中行こ。たぬきも待ってるし」

 響が正門までお迎えに来た。

 吉野くんは警備のお兄さんに軽く頭を下げ、響に続いて基地へと入っていく。


「たぬきにお迎え来させようと思ってたんだけどね、お着替えが間に合ってなくてさ。期待してていいよ」

 お着替えっ! 樽木さんのお着替えとか、何その危険物! 心臓止まるかと思ったわっ。

「とりあえずみんな隊員食堂で待ってるから。そろそろたぬきも来るかな?」

 隊員食堂に入ると、宇佐美と森河さんがお茶を飲んでいた。

「吉野くんいらっしゃいませですわ」

「あ、ああ、お邪魔します。森河さんも」

「こんにちは。今日はよろしく」

 直美も挨拶を返す。

「樽木さんは?」

「まだ着替え中ですの。少々お待ちを。お茶入れますわね」

 うさやが席を立ち、給湯器へと向かった。

 通りかかる自衛隊員が、ことごとく吉野くんを睨みつけていく。気にしたら負けだ。多分。みんな怖い顔してるし……


「あ、たぬき来るよ」

 いち早くたぬきの気配を感じた響が言った。

 それから二分でたぬきが登場……

「みんなお待たせ。吉野くん、誘ってくれてありがとう。どうかな?」

 !

 何この天使っ! あ、お着物着てるから天女か。これが天女って奴なのか。羽衣を着た天女が現れたなら、俺はもう生い先短いのかもしれない……


 昨晩たぬきに相談を受けた響さん、麻紀さんに相談をかけたところ

『首相令嬢舐めんな! 着付け教室なんて飽きるほど通わされたわっ!』

 と大張り切りになった。

 更にメイクもヘアメイクも完璧に仕上げられ、なんだろうこの、そこらの読モぐらいなら束で掛かっていってもなぎ倒せそうな美少女は。

 いつもいつもの事ながら、今回も吉野くんの心臓を撃ち抜き、なんならその他の臓器にも致命傷を与え、記憶すらも吹き飛ばしそうになっている。


 自己評価の極端に低いたぬきさん、その実スペックは計り知れないのだ。

 メリハリが無い体型? 充分な腰の括れに安産が望めそうな腰回り。お胸も重さを感じさせない程よい大きさで、何よりも抱き心地の良さそうなまろやかさ。

 これを浴衣に包んでみれば、あらまびっくり柳腰。制服だとあまり感じられない腰の細さが、帯で強調されてえらい事になっています。

 その上、本人曰くのっぺりな表情が、和風の装いと奇跡のマッチング。

 平安美人が裸足で逃げ出しますわ。こんなの。


 で、ちょっと恥ずかしがって、ちらっとか上目遣いで吉野くんを見たら……


 あ……吉野くん、顔を真っ赤にしたと思ったら挙動がおかしくなってきた……

「ジ、ジャァソロソロイカナイカ?」

 うん、だめだこれ。


 祭りの間、二人きりにさせてあげようかと思っていたが、これはダメかもしれない。とりあえず保護者として誰か一人はついて回らないと……


 さぁ、もうすぐ夏祭りが始まります。


 あ、うさやさんは薄いブルーのワンピース。響は黒のキャミソールに茶色いプリーツミニスカート、直美さんは釣具メーカーのロゴ入りTシャツにタンカラーのショートカーゴパンツだ。

 直美さん、あなたそれで良いのです? 良いんですか、そうですか…… 

 夏祭り。浴衣を着たあの娘と夏祭り。

 これで燃えなかったら男子高校生じゃありませんよね。


 さぁ、吉野くん、がんばれ……るといいな。


 それではまた、お会いいたしましょう。

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