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お姉ちゃんのオートバイ

 トントンっ。

 響の部屋のドアが叩かれる。

「響ちゃんおはよう。今日は習志野行くんでしょ?」

 麻紀が返事も待たずにドアを開け、響のお部屋に入り込んだ。

 六畳の部屋の中は至ってシンプル。女子高生らしさはあまりない。

 以前この部屋を使っていた兄、景の残した模型飛行機が、天井からぶら下がっているのが目立つ程度だ。

 いや、それは女子高生っぽくないわ! 普通の女子高生のお部屋にはF-4EJ Phantom IIのプラモデルが飛んでたりしない。


 夏休み初日。今日から響は、習志野でオートバイ教習を受けさせてもらうことになっている。そのため麻紀にモーニングコールを頼んでいたのだ。

「起きないとチューしちゃうぞー」

 とか言ってるが、この人は絶対そんなことしない。響ファーストの覚悟が違う。

 麻紀は響の掛けてるタオルケットを剥ぎ取り、頭を撫でながら声をかけ続けた。


「おはようございますー、麻紀さんありがとー」

 モゾモゾと動き出す響。

 はい、お着替えっ! と麻紀が迷彩服を用意して、立ち上がる。

「朝ご飯いつでもオッケーだから、着替えたら降りてきてね」

 そのまま部屋を出て、階段をトントントンと、軽やかに降りていった。


 響は大きく伸びをした後、タオルケットを畳んでから迷彩服に着替える。

 今日からオートバイ教習。ヘルメットはいつものジェットヘルをそのまま使って良いことになっている。


 一階におり、お手洗いを済ませ、台所に行く。

 両親はまだ寝てるらしい。エプロン姿の麻紀が、ターナーを持って振り返り、にっこり笑いながら食卓につく様に促した。

「トーストでいいよね? スクランブルエッグとリーフレタスのサラダ、物足りなかったらソーセージも焼くわよ」

 配膳しながら声をかけてくれた。

「他の子たちは実戦準備訓練で、一緒に習志野行くのよね? わたしは百里詰めだから、帰りは一緒に帰ろ」

「はいっ!」


        ♦︎


 響の家にはオートバイが二台有る。

 一台はお父さんの電動スクーターだ。ヤマハの原付二種が、お父さんの日常の足になっている。

 もう一台は同じくヤマハの古いオートバイ。響の姉、奏の遺品。

 奏は高校時代に、剣道場へ通うために自動二輪免許を取得した。

 最初はいわゆるビグスク……250ccのスクーターに乗っていた。

 そしてある日、かかりつけのバイク屋で出会った一台の中古車に一目惚れした。

 ヤマハR1-Z。奏よりも八歳も年上のオートバイだった。

 横から見るとX字型に伸びていくパイプフレームが美しい、2ストローク1サイクルエンジンを搭載した250ccだ。


 正直、維持も大変な上、決して乗り味も現代的とは言えない。しかし奏は行方不明になるまでこのオートバイに乗り続けた。

 双子の姉の琴も、稀に借りて乗っていたりしたらしい。


 そして、四国沖の惨劇から二十一年になる今年、今度は響が乗ろうとしていた。


        ♦︎


「はい、そこで一時停止、停止、ていしっ!。一時停止は完全に止まるのっ! 足は付く! バランス取ったまま止まってたらアウトっ!」

 教官替わりのお兄さんがなかなか厳しい。

 このお兄さん、響が初めて魔物を倒した時に助けた、あの空挺の隊員だ。

 習志野演習場の教習所には、二輪用コースは本来存在しない。しかし響のために場所を用意して、ラインを引いてくれた。命の恩人の免許取得を、全力で手伝ってくれてる素晴らしいお兄さんだ。

 このお兄さん、普段は響にめちゃくちゃ甘いのだが、今日は割とガミガミと叱られていた。

「ウインカー遅いっ、それじゃ後ろの人は響ちゃんがどこいくのか判らない。あと十メートル手前で出すっ!」

 響はバランス感覚も速度感覚も常人とは違う。しかし、自動車は常人の間を走るものだ。常に周りの人の状況に合わせなければ事故に繋がる。


「はい、急制動、40km/hで進入して、この線までで止まる……って、逆噴射しないっ! ブレーキで止まって!」

 とりあえず、教習中は魔法を全て禁止された。


 8の字、クランク、S字、スラローム、一本橋。操縦技術に関しては、文句のつけようがない。一切バランスを崩すことなく、綺麗な旋回、綺麗なライディングを見せてくれる。


「はい、そこはきちんと目で見てることをアピールっ! 壁の向こうがわかっていても、きちんと見ないと減点っ!」

 ただ、人にできないことが出来過ぎてしまうために不安な部分も多かった。

「ちゃんとミラーに顔を向けてっ! ほら、また足ついてないっ!」

 全ての安全確認が脳内でできてしまうのも、困ったもので有る。


「はい、じゃ、今日はここまでね。明日は学科と……古い偵察用オートバイも用意しておくから」


 現在、自衛隊で使われている偵察用オートバイは、ほぼ全て電動オートバイへと更新されている。

 しかし、響の乗ろうとしている姉のオートバイは、もう五十年以上前のガソリンエンジン車だ。

 当然、クラッチ操作も必要になるため、その辺りの訓練が必要になる。

 その部分もここで教えてくれるというのだから、至れり尽くせりだ。

 

 全個体電池が普及したおかげで、電池への被弾による火災や爆発の危険性が激減した。

 そうなると『エンジン音がしない』『臭いの有るガスを出さない』『煙が出たりしない』『赤外線をばら撒く熱い部分が少ない』等、電動式のオートバイの隠密性(メリット)が俄然注目されたため、ガソリンエンジンの偵察用オートバイは使われることが無くなってきた。

 しかし、戦場でいつも電源が手に入るとは限らない。そのため車庫の奥深くには今でもガソリン車が準備されていた。


「ありがとうございました。明日もまたお願いします!」

「明日はマニュアル車の運転だから、楽しみにしてくれな。教習所じゃなくて、そっちの演習場走れる様にしとくから!」

 いやいやいやいや、免許取るのに演習場で練習する必要あるのっ⁉︎

「伝説の詩琳ちゃんさんが得意だった技、色々教えるからね」

「めっちゃ楽しみです!」

 お、おう……

 

 初日の教習は無事に終わった。

 あとは実戦形式訓練をやってる六組のみんなが終わるの待って、一緒に百里に帰るだけだ。

 

 帰ったら麻紀さんに、今日の教習のことをいっぱい話さなきゃ……

 初めて乗ったオートバイ、すごく、すごく楽しかったよっ! って。

 響が取ろうとしてるのは、普通自動二輪免許です。響の学校は、バイク通学は認めてませんが、免許取得は禁止してないのですよね。

 なんにせよ、安全運転をお願いしますね。


 それではまた、お会いいたしましょう。

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