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懲戒処分

「ふぅ……」

 理沙の手には一枚の紙が握られている。

 懲戒処分通知書。安全対策を怠って子供達を危険に晒したとして、減俸三ヶ月の懲戒処分が下された。

 処分された事は仕方ない。また、減俸で済んだというのもかなりの温情措置である。

 同じ処分が、矢田文香先生のところにも届いているはずだ。


 理沙は、処分の他に異動もセットでついてくると考えていた。

 しかし、実際には今まで通り響担当官兼、茨城県立中央高等学校担当官のままだ。

 矢田先生も一年六組の担任のままである。


 理沙は響が小学生の頃からの担当官だ。響の魔法使いとしての成長を、一番近いところで見てきた響のエキスパート。

 そして、響の信頼の厚さもナンバーワン。

 その上で数少ない大人の魔法使いであり、空自上がりの資格持ち……こんな使い勝手のいい道具を、国が手放すわけがない。

 矢田教諭も響との付き合いはまだ短いとはいえ、響もなかなかに懐いている上に魔法使い。空を飛べる教員なんて、日本中探しても他にいないのだ。手放すのは惜しすぎる。


 色々な思惑の中で決められた処分ではあるが、軽すぎるんじゃないかなぁ? なんて、二人とも思っていた。


 東京ドームはほぼ全損レベルになるらしい。しかし、建築から六十数年が経ち、流石にそろそろ建て替えを視野に……というところでの崩壊である。

 魔物被害に相当するので保険は半額しか出ないらしいが、それでも150億からの金額になるそうだ。

 単純な建て替え計画では一銭も出ないのだから、運営会社はむしろ喜んでるという説もある。


 煮えたスライムは全数集められたものの、多すぎるということで焼却処分が決まった。

 ただ、『魔石』と呼ばれる黒いサファイア(コランダム)を持つものがいるため、全数一度回収した後に焼却される。防護服を着た人たちが、溶き卵の中から、膝をついて探し出すのだ。

 

 この『魔石』の中には、多量のマイクロマシンが詰まっていることが判明しているため、マイクロマシンを回収保管するためには最適の素材ではないかと予測されている。

 焼却時の排気に含まれる有害成分は、焼却炉のフィルタでほぼ回収無害化が可能、残った焼却灰はコンクリートの材料となる。

 

「まぁ、処分はともかく、この後は響ちゃんのケアを頑張れって事なんだろうねぇ」

 この件で重い処分が出た場合、それが更に響を追い詰める事は間違い無いだろう。

 国の宝、魔法使い響が追い詰められることだけは避けなければ……


「っていうかね、麻紀さんじゃないけど響ちゃんのこと大好きだもんなぁ、わたしも……」

 流石にあの人ほど振り切っちゃうのは無理だが……いや、麻紀さんスゲーよ。

 普通、十八も年下の同性の家に、婿に入るとかいう人はいない。

 しかも彼女はバイとかビアンとかじゃない、歴としたノーマルな恋愛観を持った人なのだ。

 ただひたすらこの娘を守りたい。それだけで世界を敵に回す覚悟を持った令嬢。


 今回の処分でもし異動があったとしたら、わたしはどうしていただろうか……理沙はifの世界線を考えてみた。


 異動してもこの組織に残るとしたら、帝大か理研で研究だろう。

 それも、半分実験材料になるだろう。

 もしくは他地域の娘の担当官になるか……

 

「あ、魔法少女になる可能性もあるのか」

 レールガンとファイヤーボールを撃てて空を飛べる魔法使い。そんなの、実はまだ茨城県にしか存在しない。

 ただ、『魔法少女』って言っちゃったのはどうなんよ?

 実年齢は置いといても、見た目も少女とは……


 今、戦力が薄い場所はどこだろう……って、茨城以外の全部だな。

 響ちゃんの出動範囲を見れば一目でわかる。


「となると、魔法教師として全国行脚も有るのかな」

 響ちゃんが直接魔法を伝授するために全国を巡るのは、無理だろう。あの娘は忙しすぎる。

 すると、彼女の直接の教え子……わたし達が回ることも考えねばならないかもしれない。

 

「けどなぁ、流石にあんなに効率的に飛ぶ事なんてできないしなぁ」

 現在までの訓練では、榊原三佐と出町さんがかなり上手に飛べる様になっている。

 しかし、無風飛行や無音飛行はまだまだ成功の道筋すらもたっていない。飛行中の虹色膜展開も、ホバリング中にしか成功していない。


「魔法教えるにも、わたしじゃまだまだ実力が足りてないか」

 まだまだ、頑張って集中して、やっと飛べる程度の自分の実力では人に教えるなんてとてもとても。


「内閣府の本局勤務……はないな。それじゃ栄転って言われちゃうし。実家から通えそうでは有るんだけどさ」

 墨田区向島の実家から永田町。徒歩と公共交通機関でも一時間弱の距離だ。

 ただまぁ、本局はないだろ。


 あとは……ぐるぐると思考がループする。

 朝のルーティン作業も手を止めて、ぼーっと考えている。

 

 美智子も出勤しているが、理沙がまだ立ち直ってないことには気がついているので何も言わなかった。


 そろそろ響ちゃん達は授業が始まる頃か……みんなと仲直りできたかな……


『ビー、ビー、ビー。スクランブル発令。スクランブル発令』

 基地内放送が入った。

 隣のハンガーが慌ただしくなったところで、対策室の赤い電話機が鳴る。

「対策室です! はい、了解。響ちゃん上げます! 理沙、出られる? 新潟の山間部に陸上巨大生物、数不明」

 美智子が電話機を取って応答した。

「了解、新潟ね。情報収集と管制頼んだ。響ちゃん呼ぶね」

 理沙が言いながら高校の警報ボタンを押す。これでいつもの緊急放送が流れてるはずだ。

 これが流れたら校内の魔法使いは全員ヘルメットを着用するルールができている。魔法通信を行うためだ。


 理沙と美智子もヘルメットを被る。


『緊急、緊急、緊急。魔物出現情報。V-280(バーロー)の出動を要請します』

 木更津基地に機材要請をしているところに、響から連絡が来る。

『百里対策、響です。今上がりました。指示願います』

『響ちゃん、理沙です。新潟で地上型の大型が出ました。V-280(バーロー)呼んだので基地に降りてください。今日の指揮はわたしが』

『理沙さん、響了解! もう降ります。百里コントロール、響です。アプローチ許可願います』

『響、百里コントロール。アプローチは真上横断して東から頼む。F-2が上がるから注意せよ』

『響了解』


 スクランブルとなると、空域が一気に緊迫する。この後、更にここにV-280(バーロー)が降りてくるのだ。

V-280(バーロー)も、もう一機欲しいわねぇ」

 百里に所属しているV-280(バーロー)百里92608号機は、只今整備中で飛べないのだ。

「飛べない飛行機はただの飛行機だ」

 いや、飛行機じゃないな……美智子がそんなことを言いながら情報集めをしている。

 

 響と理沙がここから上がる頃には、今出て行ったF-2からの情報も得られるだろう。


「お待たせしました!」

 響が飛び込んできた。

「響ちゃんありがと! V-280(バーロー)も、もう間も無く降りてくるから準備しよう。美智子後よろしく」

「ほいさ! 響ちゃん、気をつけてね。理沙、がんばっ」

「ありがと、響ちゃん、行こうっ!」

「はいっ」


 対策室を飛び出し駐機場(エプロン)へ。

 V-280(バーロー)はまだ降りてきていない。

「理沙さん、懲戒処分? とかいうの、出たんですか?」

 理沙の表情が暗くなった。


 響は賢い。あんなだけど賢い。理沙が暗い顔をしている原因ぐらい、わかる。


「理沙さん、あのね、わたし理沙さん大好きですよ。だからいつまでも一緒にいてくださいね」


 なんだよこのジゴロはっ! だから誰彼構わず引っ掛けるのやめろよ。ほら、理沙さんの目が麻紀さんっぽくなっちまったじゃねーかっ!

 まぁ、麻紀さんと違って自制心とか有るとは思うけどさ。


 間も無く、陸自色したV-280(バーロー)が降りてきた。

 エプロンで待っている響は、理沙に抱きつかれて目を白黒させていた。


 誰だよ、自制心あるとか言ったやつっ! だめじゃん!


 この日の魔物討伐は、至って安全に終わった。

 確認された三頭のサイモドキは、二発のレールガンで退治された。


 ワンショットツーキルとか、やるなぁ……

 ああ、理沙さんが尊敬の眼差しで響を見つめてるわ。この人も、もうだめだね。

 その割には、男にモテないんだよなぁ。響。


 お読みいただきありがとうございました。あんかけチャーハン三部作いかがだったでしょう。

 楽しんでいただけたら嬉しいのですが。


 それではまた、お会いいたしましょう。

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