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圧壊

 東京ドームは空気の力で屋根を維持している。普段は外気圧よりも0.3%高い気圧がかかっており、薄い屋根膜を支えていた。


 ドーム内の空気を押し流した蒸気が、響の魔法により一気に100℃以下まで冷却され、液相へと変化する。


 水は液体から気体に変化する時、その体積を千六百倍にも増やす。

 ということは、気体から液体になる時には千六百分の一の体積へと収縮する。


 ドーム内の空気は水蒸気に押し出され、八割がた外部へと流れ出していた。

 水蒸気が液化したことで、ドーム内の圧力は一気に負圧へと落ち込んだ。

 空気によって支えられていたドームの屋根が、大気圧に押され、叩きつけられるように室内へと崩れ落ちる。


「バリアっ!」


 パーンと、二つの球がドーム内に作られた。

 響の周りを囲む小さな球と、大切な友人、先生、担当官を包み込む大きな球だ。


「間に合っ……た?」

 邪魔なドームの屋根をライトなサーベルで切り裂き、友人達の元へと駆けつける。

 球形に盛り上がった屋根部分も切り裂いて、バリア表面を確認、続いてバリアを解除していく。

 中の面々は尚子を除き意識を保っていない。その尚子も呻きながら横たわっていた。

 身動きしない他のみんなも、鼓動も呼吸もあるので生きているのは確かだが……

 

『美智子さん、美智子さんっ! みんなが、みんなをわたしがっ!』

『響ちゃん、どうしました? 事故? 場所と状況を』

『わたしの魔法でみんなが、みんなが……』

『響ちゃん落ち着いて。出動先は東京ドームよね? まだそこにいるの?』


 パニックになった響との会話は遅々として進まない。

 しかし上空待機のV-280(バーロー)UH-2(ユーツー)からの連絡も入ってきたので状況は見え始めた。

 

 東京ドーム、圧壊。


 何がどうしてそうなったのかは解らないが、東京ドームの屋根が潰れ、現在響が屋根の上にいるらしい。


『美智子さん、みんなを助けて……』

『すぐに助けるから落ち着いてっ、東京ドームね。うちのUH-2(ユーツー)下ろすからみんなを乗せられる? そこからなら帝大病院まですぐだから。大丈夫だから』

 美智子には負傷者の状況はまるで伝わってこない。しかし今は響を動かさないとならない。

『対策UH-2(ユーツー)、百里対策二宮です。高度を下げて状況見えませんか?』

『百里対策、響ちゃんの前に他の人が倒れているようです。救助のため高度落としますので中継機(レピーター)をスカイツリーへと切り替えます』

『対策UH-2(ユーツー)、了解しました。状況確認出来次第連絡を』

『了解』


 UH-2(ユーツー)が高度を落とし、皆の元へ。通常なら倒れている人のすぐ近くへ降りることなどしないが、この機体にはパイロットの自分しか乗っていない。救助作業は唯一動けそうな響に頼むしかないのだ。


『響ちゃん、すぐ隣に降りるが着陸はできない。みんなを守れるか?』

『物理防御しました。お願いします、お願いします』

 高度を落としていくと、切り裂かれたドームの屋根が煽られて暴れ始める。

 響はその上にも虹色膜を展開して縫い止めた。


「お待たせ。ここでホバリンングさせてるから乗せてくれ。すぐに病院に運ぶ」

「はい、すぐに乗せます。だからお願いします。みんなを」

「任せろ。さ、急いで」


 響の力なら、七人全員を乗せるのに大した時間はかからない。

「おっけーです。あげてください。みんなを」

 UH-2(ユーツー)が高度をあげていく。

『響ちゃん、美智子です。帝大病院の救急には連絡済みよ。あと、こちらからめぐみさんにも飛んでもらう。麻紀さんが行ってくれるって。もう迎えのヘリコプターが木更津から上がってるわ。響ちゃんは現場(げんじょう)の確認できるかしら。スライムどうなった?』


 スライムっ!

 そういえばスライム退治の最中である。

 しかし響は皆のことが心配で心配で……超センスによると、生き残りのスライムはおよそ八百。一匹ずつ倒していくなんてまどろっこしい事、今はやってられない。

「バリア……」

 範囲内に人がいないことを確認し、直径200mを超える大きさのバリアで覆う。

 水道管、ガス管、下水管の様なクリティカルな物も引きちぎったため、周辺施設の停電、断水、ガス回路閉鎖も発生した。

「真空引」

 バリアの内側の空気を抜いていく。風魔法の派生ではあるが、効率はかなり悪い。

 実は空気が無いとマイクロマシンの活動に制限が生まれるためだ。

「ホッワラッ」

 Hot Waterらしい。要するにさっきの熱湯魔法だろう。

 先ほどの水量とは桁違いの、235万トンものお湯を流し込んだ。

 減圧された空間へとばら撒かれた熱湯は突沸を起こし、水蒸気が空間の隅々まで広がる。

 その後、圧力の上昇と共に再び液化することで空間そのものにウォーターハンマーを起こし、全てを熱湯で埋め尽くす。


 ドーム内部では、全てのスライムが溶き卵の様に潰れた上で、茹で上がっていった。


「これで全部……わたし、わたしが……」

 失意の魔法少女はフラフラと浮かび上がり、通いなれた帝大病院に向けて飛び始めた。


        ♦︎


「はぁ、流石に今回のはちょっと酷かったけど、責任は大人が取りますからね。響ちゃんは悪くない。けど、次からは気をつけよ。ね」

 ベッドに起き上がった理沙さんが言った。


 今回の事件、これは教育を焦りすぎた大人達がもたらした災害ということで決着がついた。

 しかし大切な人々を危険に晒してしまったのが自分であることには違いがない。


 あの時倒れた七人は、全員急減圧による意識喪失程度で済んだ。体内のマイクロマシンさんが色々してくれたのと、めぐみさんの回復魔法のおかげなのか後遺症も無く、皆元気だ。


「でも、みんなを危険な目に……」

「ま、魔法使いなんてみんな最前線を駆け抜けてるんだからさ。気にしない気にしない。ほら、うしろ」


 いつもは周囲のことが手に取るようにわかっている響さん、気がついたらクラスメイトに囲まれていた。

「え? みんな? なんで?」

「響。らしくないよ」

 うさやが言った。

「あんま情けない顔してると、描くよ?」

 たぬきが酷い。

 尚子も、直美も、セトルリも、みんな笑いかけてくれてる。

 そして、矢田先生がぎゅって抱きしめてくれた……


 ただ、148cmの矢田先生が172cmを超えてきた響を抱きしめると、コアラがユーカリの木にしがみついてる様にしか見えない。


「うー、文香先生……」

「ごめんね、響ちゃん。ごめんね、ごめんね……」

 今まで、生徒に対しては常に強めの口調で語りかけてきていた矢田先生が、すごく丁寧な言葉使いで話しかけてくる。


 安全距離を確認せずに見学とか甘いことを言っていた大人達。

 響がいつも、本当に簡単に魔物を倒していくために、危機感が薄くなりこんな事態を発生させてしまった。

 幸いにも響に友人達を害させてしまう事は避けられたが、響の心に大きな傷を残したのは間違いない。


 理沙も、文香も、この後の処分を待ちながら、響やその友人達への罪悪感に苛まれていた。

 突沸とかウォーターハンマーとか、相変化系の物理攻撃って楽しいですよね?


 いやまぁ、ファイヤーボールも炎なんだからプラズマじゃんっ! とかは置いといてですね……


 それではまた、お会いいたしましょう。

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