響
ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ
冷たい雪の上を、お母さんと手を繋いだ大きな女の子が歩いている。
ぎゅっぎゅっぎゅっ
「おかあさん、あの日もこんな感じの雪だったかな?」
ぎゅっぎゅっぎゅっ
「そうね。こんな雪だったわね」
十一年前。当時四歳の響が、外国人三人組に拉致された日の話だ。
あの日の朝も、響はこうして母と手を繋いで歩いて保育園まで行った。
今朝は、母と近所のコンビニまで朝ごはんを買いに行くところだ。
もう長いこと使っていた炊飯器がとうとう壊れたらしく、朝起きたら電源が入らなくなっていたのだ。
「土曜日で良かったわ。こんな雪だと、車出すのも億劫だしね」
「まぁ、いざとなったらわたしが飛んでって買ってくるし」
いや、ポンポン飛びすぎでしょ。
十一年前、あんなに小さかった女の子は、今では身長170cmを越えようとしている。
「さーて、朝ごはん何食べよっかな……揚げた鶏さんはマストでしょ。それと、おにぎりにしようかサンドイッチにしようか……」
沢井の家の周りは、正直田舎だ。コンビニだってキロ単位で歩かないとたどり着かない。雪のせいで自転車にも乗れないため、お母さんととことこ歩く。
ふと、響が立ち止まった。
「響?」
「お母さん、ちょっと歩道の奥側に入ってもらえる?」
「え? ええ」
と、数秒後に後方の交差点から、黒いミニバンが盛大に滑りながら飛び出して来た。
響の母は、十一年前の嫌な記憶を思い出していた。
あの時も盛大に滑りながら飛び出して来た黒いミニバンに、響は攫われていた。
その黒いミニバンは、そのまま二人のいる場所に滑りながら停止し、スライドドアから人が飛び出して来て……前触れもなくいきなり昏倒する。
いや、正しくは響が昏倒させた。
怪しいミニバンからもう一人が飛び出そうとして、こちらも意識を失い路面に落ちる。
慌てて車を発進させようとしたドライバーも、そのままハンドルに突っ伏して動かなくなった。
「響、この人たち……」
「うーん、十一年前の再現かなぁ? とりあえず対策室に連絡入れちゃうね。護衛の人も直ぐ来るからお母さんはここで待ってて」
アイテムボックスからヘルメットを取り出して被ると、レーザー通信の受信できる高さまで飛び上がった。
「百里コントロール、響です。緊急通信。サワイチルドレンへの誘拐事例。リピート。百里コントロール、響です。緊急通信。サワイチルドレンへの誘拐事例」
「響、百里コントロール。位置情報オクレ」
「百里コントロール、場所は空港南、橘郵便局前。空港南、橘郵便局前。制圧済みです」
「響、了解。対策室へは直ぐに通達する」
「こちらは護衛さんがもう集まって来ましたので、問題なさそうです」
十一年前、響が誘拐されかけた時以来、沢井家の面々には警察の警備部から直接護衛がついていた。
しかし、響本人はあまりにも自由奔放過ぎて護衛が付いていけない、また、響の能力が上がり過ぎてこれをなんとかできる誘拐犯とかいるわけない……ということで、響の周辺人物たちの護衛へと切り替えられている。
今日は母と一緒だったが、母の護衛は響という扱いで、今日は二人に護衛は張り付いていなかった。
そして、実際に全く問題なかった……
「お疲れ様です! この車、しばらく周りうろうろしてたんですけど、人気がなくて見通しもちょっとよくないタイミングで出て来ました。とりあえず飛びかかって来そうだったんで倒しちゃったんですけど……」
響の超センスに、ずっと引っかかっていたらしい。
そして、襲い掛かろうとしてビリビリ食らったと……
「なんで誘拐とか出来るって思ったんでしょうねぇ」
こうして、第二回響誘拐未遂事件は、あっけなく終わった。
そう、響の認識としてはこの時点で事件終了である。
しかし、国としてはそうも言ってられない。沢井家及びその周辺への攻撃は、国家安全保障上の重大事態に相当する。
犯人は即座に拘束され、警察庁の奥深くへと連れ込まれた。
三人の会話から国を割り出し、当事国に照会をかける。
当然、そんな人物は知らないと突っぱねられるが、これでこの三人を保護する義務は無くなった。
このあと、警察庁の暗いところで、怖い人々が聞き取り調査をしてくれた。
分裂した隣の元大国で、軍閥同士の争いが発生。起死回生を狙った西部の軍が、世界一の魔法使いを手に入れようと動いたらしいが……
「いや、怖いもの知らずすぎだろ……いくらまだ響ちゃんの能力が秘匿されてると言っても、諜報に関わってるなら多少はヤバさがわかるだろうに……」
裏の世界では、響の火力の噂もそれなりに流れている。
そりゃ、原子力施設を破壊したり、あたり一面に放射線撒き散らしてたりすれば、噂が漏れない訳がないのだ。
「超センスのヤバさはまだ浸透してないんじゃないか?」
実は、火力以上に問題なのが、響の言うところの超センスだ。
これの簡易版と思われるステータスオープン魔法使いの能力だけでも、普通の人間では太刀打ち出来ない。
そう、理沙や美智子の感覚拡張は、その気になれば向かいのビルに立てこもっているスナイパーを見つけ出すレベルだ。
これが響になると、三キロ先から狙われても気がついてる世界になる。
なんなら今この瞬間に撃たれたら、弾がどこに着弾するのか、銃を構えてる本人よりも正確に把握してたりする。
撃たれてから回避することも、リフレクトマジックで防御することも、反撃して相手を無力化することも、自由自在。
どうしても倒したかったら、一個師団連れてこい。ただし、一個師団連れて来れば倒せるとは言っていない。
「むしろ、一個師団程度じゃ手も足も出ないよな……」
「だな。その程度じゃ不殺のまま制圧するな……」
「弾道ミサイルとかで狙ったらどうなるんだろうか」
「その場合はどう対処するのか、それは確認とっておいた方がいいな。今度対策室の二人に聞いてみるわ」
「いや、俺が直接聞いてみるよ」
「いやいや俺が」
実は理沙と美智子のファンがこのところ増えていた。
そりゃ熟女の色気とティーンのお肌とか、何そのCGで描いたみたいなオーパーツ。
ってか、響の周りこんな奴らばっかりになって来てない? お母さまを筆頭に、小波師匠や麻紀やめぐみもこんなだし……
いや、今は響のお話だった。
そんなわけで大量破壊兵器による超遠距離攻撃にどう対応するかの質問がされ……
「あー、ちょっと対応できるかわからないから、お姉ちゃんに聞いてみます」
響は直ぐに姉へと問い合わせをかけ、大量破壊兵器を無効化する対策を手に入れてしまった……
「理沙さん理沙さん、お姉ちゃんがICBM対策の魔法送ってくれたんです」
「何そのすごいのっ!」
「リフレクトマジックの派生みたいなんですけど、どうも説明読むと、四国沖の鏡の一種みたいで……」
「……え?」
「なんでも飲み込む、魔法の鏡ってアレですよね?」
さぁ、次は鏡の検証だな。
響の魔法は、基本的に危ないのばかりと思われてますが、ほとんどの魔法は普通に有用な魔法なんです。ほんとに。
それではまた、お会いしましょう。




