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大晦日の出合い

 染谷聖一。消防士。独身。

 聖一が高校生になった頃、姉が出産した。

 生まれたのは小さな小さな女の子。体重2,000gに届かない低出生体重児だった。


 こんな小さな命でも、懸命に生きている。

 保育器の中で動く新生児を見つめ続けた。

 

 数日で体重が2,000gを超え、一週間後には保育器から出る事ができた。

 更に翌週、退院。

 それからしばらく、姉は実家に戻り、そこで半年ほど子育てをしていた。


 聖一は学校から帰ると一目散でシャワーを浴び、全身を清めてから初めての姪っ子……詠美の元へと通い詰めた。

 溺愛……他に表現のしようがない。

 両親である姉夫婦と違い、自分で子育てに責任を持つ必要がないため、ただただ甘やかし続けた。


 詠美が二歳になった頃、詠美に弟が生まれた。

 姉は生まれたばかりの弟と詠美を連れ、再び実家にやってきた。

 当然、母親である姉は赤ちゃんの世話で手一杯になり、高校三年生に進級したばかりの聖一が詠美の遊び相手になっていた。


 詠美は可愛かった。天使だった。

 この頃はまだ腐ってもおらず、イヤイヤ期も一番激しいところを抜けたあとであった。

 毎日一緒にお風呂に入り、毎日同じ布団で寝る。メロメロも良いところだ。

 半年後、姉と詠美と浩太が樽木の家に帰るとき、聖一がイヤイヤくんになるレベルで嘆き悲しんだ。


 大学も『自宅から通えること』を優先した。なぜならば樽木の家が割と近いからだ。姉と義兄は中学の同級生だったので、家はご近所さんレベルで近かった。

『自宅から通えて、学力的に行けるところ』として県南部の経済系のFラン大学に通い、小美玉市内で働くために小美玉市消防へと応募。地方公務員試験も潜り抜け、晴れて消防士として採用された。

 消防学校へ通っている間は詠美に会えなくてグレかかった。しかし、なんとかそこも乗り越え立派な消防署員になることができた。


        ♦︎


『火災出動指令。羽鳥地区において建物火災。美野里消防に第一出場。火災出動指令。羽鳥地区において建物火災。美野里消防に第一出場』


 大晦日、当番だった聖一は、出場の指令放送を受け取った。

 間も無く紅白歌合戦も終わろうという時間帯だ。そろそろ初詣客も動き始めるため、時間帯の割には交通量が多いかもしれない。


 指令が出たら二分以内には出動することが求められる。

 それまでのんびりと書類を片付けていた聖一も、飛び上がるように立ち上がり機材室へ飛び込んでゆく。

 そこでブーツと防火服を一瞬で着込み、ヘルメットとマスクとタンクを担ぎながら更に隣の車庫に駆け込む。

 先にポンプ車に取りついた機関員が輪止めを引き剥がし、エンジンを始動している。


 聖一は前席左側に乗り込み、後席にも二人のポンプ員が搭乗する。

「サイレン吹鳴、パトライト入れます」

 ウーーーー、ウーーーーー、ウーーーー

 パトライト社のコンソールを叩いて緊急走行用サイレンを鳴らし、ポンプ車が出動していく。

 先行には屋根の上にドローンを積んだ指揮車が行く。そこにポンプ車二台、タンク車二台が続き街中を走り始めた。


現場(げんじょう)は羽鳥✖️番地の✖️。一般家屋から炎が上がっている模様』

『美野里四、了解』

 火災はとにかく初期消火が肝心だ。一秒でも早く現場へ辿り着くため、再度地図を確認していく。

 電波障害のためにGPS式の地図は全く使えなくなっている。そのため、今消防車に載っているのは慣性航法式のナビシステムだ。

 目的地までの道順に大型車の侵入をはばむ経路が無いことを確認した。

 前方を走る指揮車から、レーザー通信中継用のドローンが上がって行くのが見える。

 一秒を惜しむ消防車は、いちいち止まったりせずに、走行中の車の屋根からドローンを上げていくのだ。

 前方に赤い炎に照らされた火災煙が見え始めた。

 

『本部、美野里一。現着今。展開して火点を探す』

『美野里一、了解』

 現場は、二十一世紀初期に分譲された元新興住宅地だ。

 周辺はほぼ農地なため、この一角だけ建物密度が高く、延焼の危険性も高い地域である。


 車両が停止すると、聖一は車から飛び降り、求められる役割を果たしていく。

 今はホースを繋ぎ、ポンプを立ち上げ、放水準備を済ませる事が求められる。

 燃えている建物は木造二階建て住宅。中に人がいるかどうかはこれから確認する。

 ポンプ員の聖一たちは、とにかく水を用いて消火と延焼防止を行い、突入するレスキューを熱と炎と煙から守り抜かなければならない。


 燃えている家屋に向けて中継ホースを転がし、継手を差し込みロックして行く。

 更に余裕ホースを繋いで放水ノズルを装着、ガンタイプのノズルを火点方向へ向け準備が整ったことを伝えた。


「放水、開始っ!」

 指揮からの命令により機関員がポンプを操作する。

 聖一は圧力上昇により暴れそうになるホースを抑え込みながら、バルブレバーを開いていった。

 ミスト状に吹き出した水の形を、手元のリングで纏めていきながら消火作業に取り掛かった。

 

 火災は物置小屋から勝手口、台所付近を中心に燃え広がっている様だ。

 本部側から到着したレスキュー部隊が玄関側から突入する準備をしているため、その周辺へも水をまいていく。


 建物の中はレーザー通信が届かないため、レスキュー隊は高出力の電波通信を行なっている。

 わずか数十メートルの距離であっても、電波通信するのは大変な時代になって来ていた。


『要救助者確認! 二階西側奥の部屋への放水を求める』

 どうも人が残っていた様だ。

 聖一は一度放水を止めると機関員へ圧力下げの指示を出し、余裕ホース分建物を回り込んだ。

 建物の南側は庭になっており、その向こう、西側は壁を挟んで隣の家の壁面が近づいている。


 そして、そのベランダにその人はいた。


 最初は、何が起きているのかわからなかった。

 室内の炎に照らされて、ベランダに人が立っているのが見えた。取り乱したような声をあげながらそこに立っている。

 背後の部屋の中は炎に包まれていた。

 そして、ベランダの女性の、反対側の端。

 そこにトカゲがいた。

 全長2mにもおよびそうな体躯。口元からはチロチロと炎が出入りしている。

 10m以上離れている聖一にもわかるほどにガクガクと震えている女性。

 近寄る二足歩行のトカゲ。


 聖一はポンプ車に張り付いている機関員に圧力上げのサインを送った。

 そのままノズルを直接消火モードにセットし、慎重に狙いを定め、トカゲの頭に向けて一気に放水をした。


 ポンプ車で高められた水圧は、ノズルの小さな穴を通ることでより圧力を高め、一直線にトカゲのあごの下を捉えた。

 頭を後ろに吹き飛ばされるような動きをしたのち、トカゲがベランダから落下していった。


 要救助者はっ……こちらを見た。

「今救助します。室内側から救助隊が向かいますっ!」

 女性に声をかけ、女性のいない側の窓に向けて放水を開始……

「って、なんでベランダの柵乗り越えるのっ!」


 飛び降りたとしてもせいぜい3m半ではあるが、訓練していない人間にとってはとても危険な高さである。

「ちっ!」

 聖一は反射的にバルブレバーを閉じ、ノズルをその場に残してベランダの下へ駆け込む。

 もう、女性はそのまま倒れるようにベランダから落下を初めている……


 地面が柔らかかったのが幸いした。また、女性が信じられないほど軽かったのも味方したのだろう。

 受け止めた衝撃で手足を色々痛めたが、なんとか無事に助けられた。

 彼女の下半身は失禁したのか濡れてしまっていたが、幸い怪我はなさそうである。


「な、なんてことするんですかっ! 万が一の事があったらっ!」

 そこまで言ったところで気がついた。女性の目が虚空を見つめている。

 これは、緊急事態におけるショック症状の一つかもしれない。

 とにかく救急搬送の準備を整えなければ。

 動かなくなった女性を抱き上げ、ポンプ車の方へと向かう。


 落ちてきた女性は五十代後半? 六十代に入ってる様にも見える。

 頬がこけ、目の下にはクマが存在感を主張していて少し痛々しい。

 先ほど住所照会をかけたところ、この家は年老いた夫婦と、その娘の三人家族となっている。

 となると、この女性はその娘なのか?


 要救助者を救出したことにより、即座に救急車が呼び出された。

 火災は鎮火に向かっている。突入したレスキューも戻ってきた。

 この家の年老いた両親も、別の部屋で無事に見つかった。


 到着した救急車からストレッチャーがおろされる。女性を三人がかりでストレッチャーに乗せたところ、両手で掴んだ聖一の腕を離してくれなくなっていた。

 意識はきちんとあるものの、意思の疎通が少し難しい状況になっている。


「魔物……魔物が……」

「大丈夫ですよ。もう魔物もいなくなりました。火災も治ってきてますから大丈夫です。さ、病院まで行きましょう」

 救急隊員が『もうお前も来いや』みたいなアイコンタクトを取ってくる。

 とりあえず隊長の指示だけ仰げれば同行するのはやぶさかではないのだが……


 こちらの女性がこの家の娘だとすると、お名前は三浦めぐみさん、四十七歳。実年齢よりもかなり老けて見える。

 パサついた肌、かなり白くなった髪。そして抜け落ちた表情。

 元々は相当美しい女性だったと思われるが、現在は見る影もない。

 

 三浦めぐみさんは十七年ほど前まで、大日テレビでアナウンサーをしていた。


 そう、四国沖で沢井琴、沢井奏、幸田詩琳の三名が魔物の残した鏡に飲み込まれた、その場に居合わせたアナウンサーだ。

 あの時、自らも鏡に飲み込まれる寸前になった恐怖で、精神に傷を負ってしまった被害者の一人である。


 その後テレビ局を休職し、二年後には退職することになった。

 また、結婚間近の婚約者ともお別れし、ひっそりと戻った実家があるのが、この小美玉市だった。

 以後十数年にわたり、PTSD(ストレス障害)に悩まされ続けた。


 そして今回、自宅が火を吹く魔物に襲われ、その魔物と直接対峙してしまったために強いフラッシュバックを起こし、これから入院する事になる。


 しかし、今日は更に一味違う結果となった。

 そう、彼女は正義のヒーローに命を救われたのだっ!


 そのヒーローは銀色の衣装に身を包み、彼女の前で敵を吹き飛ばし、更に墜落する彼女を救い上げてくれたスーパーなヒーローである。

 もうね、惚れるねっ!

 ヒーローの名は染谷聖一さま……ああ、わたしの守り神!


 年の差? 何それ美味しいの?


 この日を境に、めぐみ嬢の心と体の回復が始まった。

 消防士さんって、かっこいいですよね。

 えい、聖一おじさんがかっこいいかどうかは別の問題ですが……


 それではまた、お会いいたしましょう。

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